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第七話:世界の“歪み”と束の間の日常

# 第七話:世界の“歪み”と束の間の日常


ダンジョン実習から数日。第8班の雰囲気は、劇的に改善されていた。

昼休み、賑やかな食堂のテーブルでは、白石 遥(しらいし はるか)田中 健太(たなか けんた)が楽しげに談笑し、その輪の中に、まだ少しぎこちないながらも、時折相槌を打つ神宮寺 亮(じんぐうじ りょう)の姿があった。


俺、相模 佑樹(さがみ ゆうき)は、少し離れた席からその光景を眺めていた。仲間たちの笑い声が、まるで遠い世界の出来事のように聞こえる。自分のいる場所と、彼らのいる場所の間には、まるで分厚いガラスの壁があるかのようだ。

この平穏が、愛おしい。だが、俺の頭の中では、あのゴブリンキングが「デリート」された光景が、焼き付いて離れなかった。

(あいつらは、本当に生きていたのか? それとも、精巧なプログラムだったのか?)

そんな根源的な疑念が、仲間たちの屈託のない笑顔を見るたびに、心を黒く塗りつぶしていく。


放課後、俺は一人で学校の巨大な図書館へ向かった。埃っぽい古書の匂いと、自分の足音だけが響く静寂が、思考を巡らせるには好都合だった。

目的は、魔力やダンジョンが存在しなかった「旧時代」の物理法則や世界史を調べるためだ。俺はまず、物理学の書架で『量子力学概論』を手に取った。


席に着き、俺は意識を集中させ、『真理の瞳(トゥルー・アイ)』を起動する。

ページをめくっていくと、最初はほんの些細な違和感だった。インクの染みのような、一瞬の揺らぎ。だが、意識を集中させるほどに、その揺らぎは明確な形を取り始める。

ある数式が羅列されたページで、世界がぐにゃりと歪んだ。

数式や文章が、一瞬だけ、意味不明な英数字と記号の羅列――**プログラミングコードのようなもの**に「文字化け」し、すぐに元に戻る。


『`if (world.getPhysicsConstant("Planck") > definedValue) { override.forceApply(defaultValue); log.warning("Anomaly detected: UID " + user.ID); }`』


頭を殴られたような衝撃。軽い吐き気と頭痛が襲う。

一瞬見えたその文字列の意味は分からない。だが、それがこの世界の言語でないことだけは確かだった。これは単なるエラーではない。意図的な『介入』の痕跡だ。

俺は次に、歴史の書架へ向かい、『近代史:大災害の真実』という本を手に取った。約二十年前、魔力とダンジョンが突如として世界に出現した、あの時代の記録だ。

ページをめくり、大災害の発生を告げる項目に差し掛かった瞬間――再び、世界が歪んだ。


『`event.trigger("World_Change_Scenario_01"); system.log("History rewritten successfully.");`』


「……ッ!」

今度は、より明確な文字列。俺は思わず息を呑み、本を閉じた。

物理法則だけではない。歴史すらも、何者かによって『記述』されている?

(まるで、重大な真実を隠すために、後から情報を“パッチ”で上書きしているようだ……)

この世界は、巨大な『箱庭』で、俺たちはその中で生かされているに過ぎないのかもしれない。その確信が、俺の中で恐怖と共に膨れ上がっていく。


「佑樹、こんなところにいたんだ」

愕然とする俺の背後から、不意に声がかけられた。

振り返ると、遥が心配そうな顔で立っていた。その後ろには、健太と神宮寺もいる。

「一人で難しい顔して、どうしたんだよ?」

健太が、俺の読んでいた本を覗き込む。

「うわ、なんだよこの難しそうな本。お前、オークジェネラル倒してから、なんか雰囲気変わったよな。前はもっとこう、諦めてる感じだったのに」

健太の単純だが的を射た言葉に、俺は内心で動揺する。

「相模。お前のその顔色は、ただの悩み事ではないな」

神宮寺が、鋭い視線で俺を射抜く。「お前の抱えている問題は、俺たちの知らないところで、俺たち自身を危険に晒す可能性はないのか?」

核心を突く問いに、俺は言葉に詰まる。

「まあまあ、神宮寺くん! 佑樹にも色々あるんだよ、ね?」

ただならぬ雰囲気を察した遥が、慌てて間に入った。


仲間たちの真っ直ぐな視線が、痛い。

この世界は偽物かもしれない、なんて、どう説明すればいい? 信じてもらえるはずがない。それに、彼らを、この得体の知れない危険に巻き込みたくない。

「……いや、少し考え事をしていただけだ。お前たちを危険に巻き込むようなことじゃない」

必死に平静を装い、そう答えるのが精一杯だった。遥はまだ心配そうな顔をしていたが、それ以上は追及してこなかった。

「そう? でも、あまり根を詰めすぎちゃダメだよ。私たち、仲間なんだから。何かあったら、いつでも相談してね」

「ああ。ありがとう」

遥の言葉が、孤独という名の深い水底から、俺を少しだけ引き上げてくれるようだった。


「そうだ! せっかくみんな揃ったんだし、この後トレーニングでも行かねえか?」

健太の明るい声に、神宮寺も「それもいいな。連携をさらに高めておきたい」と頷く。

俺は、仲間たちの顔を見渡した。

そうだ。俺は一人じゃない。


図書館を出ると、夕日が校舎をオレンジ色に染めていた。窓ガラスに反射する光、生徒たちの笑い声、運動部の掛け声。当たり前の日常の風景。

だが、今の俺の目には、その全てが精巧な書き割りのように見えていた。


(この世界の謎は、俺が一人で解き明かす。彼らには、何も知らせず、この平穏な日常を、俺が守り抜く)

(守りたい。この偽物かもしれない世界でも、彼らの笑顔だけは、本物だと信じたいから)


「……ああ、行こうか」

俺は、世界の歪みを心の奥底にしまい込み、仲間たちと共に訓練場へ向かった。

今はまだ、この温かい時間を、失うわけにはいかないのだから。


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