第五話:不協和音の第一歩
# 第五話:不協和音の第一歩
オークジェネラル討伐から数日。教室の空気は、奇妙な均衡の上にあった。
俺、相模 佑樹に向けられる視線は、以前の侮蔑から「畏怖」と「好奇」へ。そして、絶対的強者であったはずの神宮寺 亮へは、どこか「失望」や「同情」の念が向けられていた。力関係の逆転は、思春期の少年少女たちの人間関係を、いとも容易く変質させる。
そんな中、来週に迫ったダンジョン実習の班分けが、ホームルームの終わりに発表された。
「――パーティーは、四人一組。実力バランスを考慮し、私が事前に組んである」
佐藤 恵先生の凛とした声が、固唾をのむ生徒たちに響く。誰もが、神宮寺はクラスの上位メンバーと組むものだと信じて疑わなかった。
「――第8班。相模 佑樹、白石 遥、田中 健太」
俺たちの名前が呼ばれ、健太が小さくガッツポーズをする。遥もほっとしたように胸をなでおろした。だが、運命はそれを許さない。
「――そして、神宮寺 亮」
「…………は?」
健太の素っ頓狂な声が、静まり返った教室に響いた。俺も、遥も、そして神宮寺本人さえも、耳を疑った。
「先生! どういうことですか! なぜ俺が、こんな落ちこぼれ共と……この、化け物と組まなければならないんですか!」
神宮寺が椅子を蹴立てて叫ぶ。その敵意は、明確に俺に向けられていた。
だが、佐藤先生は表情一つ変えない。
「言ったはずだ、神宮寺。実力のバランスを考慮した、と。お前の『正道』の強さと、相模の『規格外』の力。それが交わった時、何が生まれるか。あるいは、何も生まれず破綻するか。それを見極めるのも教育だ」
「ふざけるな! 俺はこいつらと馴れ合うつもりは――」
「これは決定事項だ。異論は認めん」
有無を言わさぬ一言に、神宮寺は怒りに顔を歪ませ、殺意のこもった視線で俺を射抜きながら、乱暴に椅子に座った。
***
ダンジョン実習当日。
Eランクダンジョン『ゴブリンの洞窟』の前には、最悪の雰囲気をまとった第8班がいた。誰一人、言葉を発しない。重苦しい沈黙が、俺たちの間に横たわっていた。
「行くぞ。足手まといになるなよ」
神宮寺が忌々しげに吐き捨て、さっさと洞窟に入っていく。
「あいつ……!」
憤る健太を遥がなだめ、俺たちはその後を追った。
洞窟の中は、ひんやりと湿った空気が漂う。
神宮寺は、俺の力を借りずとも自分一人でやれると証明したいのか、指示を待たず先行し、ゴブリンを見つけては力任せに斬り伏せていく。その剣筋は、以前の洗練さを失い、焦りと苛立ちを叩きつけるような荒々しいものだった。
(……妙だ)
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間から、俺は奇妙な感覚に囚われていた。
壁の岩肌の質感、通路の曲がり角の角度、その全てが、まるで設計図でもあるかのように「整いすぎている」。
この違和感の正体はなんだ? 俺は思考の片隅で、自身のステータス画面を開き、そして気づいた。
以前は『???』だった特殊スキル欄に、**『真理の瞳 Lv.1』**という名前が刻まれている。
その瞬間、世界の見え方が変わった。
視界に、淡い光のラインがオーバーレイ表示される。それは、ダンジョンの「最適ルート」を示し、モンスターの「予測出現ポイント」を明示していた。
(これが、『真理の瞳』の力……。世界の法則性を、システムとして可視化するのか)
「健太、右に一歩ずれろ」
「え?」
「遥、その先の岩は脆い。踏むな」
俺の唐突な指示に二人は戸惑うが、直後、健太がいた場所に天井から岩が落下し、遥が避けようとした岩が音を立てて崩れた。
「うおっ、危ねぇ!」「……ありがとう、佑樹」
二人の視線に、驚きと新たな信頼の色が宿る。俺は、この力で仲間を守れるかもしれないと、静かに思った。
そんな俺たちの様子を、神宮寺は苛立たしげに一瞥するだけだった。
そして、先行していた彼が、広大な空間の前で立ち止まる。
そこには――今までの比ではない数のゴブリンがひしめき、群れの中心には一回り大きな「ゴブリンキング」が鎮座していた。
「……ハッ、大物じゃないか。手柄は、俺一人のものだ」
神宮寺の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「待て、神宮寺! 数が多すぎる! キングは群れを指揮している、単独での突撃は危険だ!」
俺の警告を無視し、神宮寺は一人でゴブリンの群れに突撃した。
彼はキングの強さを理解し、一撃離脱で取り巻きを削ろうとする。だが、ゴブリンキングは彼の動きに対応し、巧みな指揮でゴブリンたちを動かし、神宮寺を包囲網へと追い込んでいく。
「くっ……こいつら、動きが違う……!」
焦る神宮寺の肩を、ゴブリンの棍棒が打ち据える。体勢を崩した彼に、ゴブリンキングの巨大な剣が迫る。
「――今だ!」
俺の声が、洞窟に響いた。
「健太、3時の方向から陽動! 遥、詠唱開始、ターゲットはキングの足元! 神宮寺、ヤツの剣を弾き上げろ!」
『真理の瞳』は、敵の行動パターン、連携、そして弱点を、俺に示していた。
神宮寺は一瞬、屈辱に顔を歪ませる。だが、迫る死の気配に、プライドを飲み込んだ。
「チッ……指図するな!」
悪態をつきながらも、彼は俺の指示通りに剣を振るい、キングの攻撃を弾き上げる。
その隙に、健太が陽動をかけ、遥の放った『アースバインド』がキングの足元を拘束した。
「がら空きだ!」
俺は神宮寺に叫ぶ。
「うおおおおっ!」
神宮寺は雄叫びを上げ、がら空きになったキングの胴体に、渾身の一撃を叩き込んだ。
***
ゴブリンキングに深手を負わせ、俺たちは辛くも撤退に成功した。
ダンジョンの入り口に戻ると、神宮寺は何も言わずに俺に背を向け、立ち去ろうとした。
「……借りは、必ず返す」
それだけを吐き捨て、彼の姿はすぐに雑踏に消えた。その背中には、怒りや屈辱だけではない、初めて感じた「連携」への戸惑いが滲んでいた。
「すげえよユキ! まるで全部見えてるみたいだったぜ!」
「あなた、いつの間にあんなリーダーシップを……」
興奮気味に話す健太と、感心したように見つめる遥。
俺は、自分の二つの力に思いを馳せていた。
全てを原子レベルに分解する、絶対的な『破壊』の力――『事象解体』。
そして、世界の法則を読み解き、最適解を導き出す『構築』の力――『真理の瞳』。
この二つの力を使いこなし、俺は一体何を目指すのか。
謎はまだ多い。だが、確かな一歩を、俺は仲間と共に踏み出した。