表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/100

第五話:不協和音の第一歩

# 第五話:不協和音の第一歩


オークジェネラル討伐から数日。教室の空気は、奇妙な均衡の上にあった。

俺、相模 佑樹(さがみ ゆうき)に向けられる視線は、以前の侮蔑から「畏怖」と「好奇」へ。そして、絶対的強者であったはずの神宮寺 亮(じんぐうじ りょう)へは、どこか「失望」や「同情」の念が向けられていた。力関係の逆転は、思春期の少年少女たちの人間関係を、いとも容易く変質させる。


そんな中、来週に迫ったダンジョン実習の班分けが、ホームルームの終わりに発表された。

「――パーティーは、四人一組。実力バランスを考慮し、私が事前に組んである」

佐藤 恵(さとう めぐみ)先生の凛とした声が、固唾をのむ生徒たちに響く。誰もが、神宮寺はクラスの上位メンバーと組むものだと信じて疑わなかった。


「――第8班。相模 佑樹、白石 遥(しらいし はるか)田中 健太(たなか けんた)

俺たちの名前が呼ばれ、健太が小さくガッツポーズをする。遥もほっとしたように胸をなでおろした。だが、運命はそれを許さない。


「――そして、神宮寺 亮」


「…………は?」

健太の素っ頓狂な声が、静まり返った教室に響いた。俺も、遥も、そして神宮寺本人さえも、耳を疑った。


「先生! どういうことですか! なぜ俺が、こんな落ちこぼれ共と……この、化け物と組まなければならないんですか!」

神宮寺が椅子を蹴立てて叫ぶ。その敵意は、明確に俺に向けられていた。

だが、佐藤先生は表情一つ変えない。

「言ったはずだ、神宮寺。実力のバランスを考慮した、と。お前の『正道』の強さと、相模の『規格外』の力。それが交わった時、何が生まれるか。あるいは、何も生まれず破綻するか。それを見極めるのも教育だ」

「ふざけるな! 俺はこいつらと馴れ合うつもりは――」

「これは決定事項だ。異論は認めん」

有無を言わさぬ一言に、神宮寺は怒りに顔を歪ませ、殺意のこもった視線で俺を射抜きながら、乱暴に椅子に座った。


***


ダンジョン実習当日。

Eランクダンジョン『ゴブリンの洞窟』の前には、最悪の雰囲気をまとった第8班がいた。誰一人、言葉を発しない。重苦しい沈黙が、俺たちの間に横たわっていた。


「行くぞ。足手まといになるなよ」

神宮寺が忌々しげに吐き捨て、さっさと洞窟に入っていく。

「あいつ……!」

憤る健太を遥がなだめ、俺たちはその後を追った。


洞窟の中は、ひんやりと湿った空気が漂う。

神宮寺は、俺の力を借りずとも自分一人でやれると証明したいのか、指示を待たず先行し、ゴブリンを見つけては力任せに斬り伏せていく。その剣筋は、以前の洗練さを失い、焦りと苛立ちを叩きつけるような荒々しいものだった。


(……妙だ)

ダンジョンに足を踏み入れた瞬間から、俺は奇妙な感覚に囚われていた。

壁の岩肌の質感、通路の曲がり角の角度、その全てが、まるで設計図でもあるかのように「整いすぎている」。

この違和感の正体はなんだ? 俺は思考の片隅で、自身のステータス画面を開き、そして気づいた。

以前は『???』だった特殊スキル欄に、**『真理の瞳(トゥルー・アイ) Lv.1』**という名前が刻まれている。


その瞬間、世界の見え方が変わった。

視界に、淡い光のラインがオーバーレイ表示される。それは、ダンジョンの「最適ルート」を示し、モンスターの「予測出現ポイント」を明示していた。

(これが、『真理の瞳』の力……。世界の法則性を、システムとして可視化するのか)


「健太、右に一歩ずれろ」

「え?」

「遥、その先の岩は脆い。踏むな」

俺の唐突な指示に二人は戸惑うが、直後、健太がいた場所に天井から岩が落下し、遥が避けようとした岩が音を立てて崩れた。

「うおっ、危ねぇ!」「……ありがとう、佑樹」

二人の視線に、驚きと新たな信頼の色が宿る。俺は、この力で仲間を守れるかもしれないと、静かに思った。


そんな俺たちの様子を、神宮寺は苛立たしげに一瞥するだけだった。

そして、先行していた彼が、広大な空間の前で立ち止まる。

そこには――今までの比ではない数のゴブリンがひしめき、群れの中心には一回り大きな「ゴブリンキング」が鎮座していた。


「……ハッ、大物じゃないか。手柄は、俺一人のものだ」

神宮寺の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。

「待て、神宮寺! 数が多すぎる! キングは群れを指揮している、単独での突撃は危険だ!」

俺の警告を無視し、神宮寺は一人でゴブリンの群れに突撃した。

彼はキングの強さを理解し、一撃離脱で取り巻きを削ろうとする。だが、ゴブリンキングは彼の動きに対応し、巧みな指揮でゴブリンたちを動かし、神宮寺を包囲網へと追い込んでいく。


「くっ……こいつら、動きが違う……!」

焦る神宮寺の肩を、ゴブリンの棍棒が打ち据える。体勢を崩した彼に、ゴブリンキングの巨大な剣が迫る。


「――今だ!」

俺の声が、洞窟に響いた。

「健太、3時の方向から陽動! 遥、詠唱開始、ターゲットはキングの足元! 神宮寺、ヤツの剣を弾き上げろ!」


『真理の瞳』は、敵の行動パターン、連携、そして弱点を、俺に示していた。

神宮寺は一瞬、屈辱に顔を歪ませる。だが、迫る死の気配に、プライドを飲み込んだ。

「チッ……指図するな!」

悪態をつきながらも、彼は俺の指示通りに剣を振るい、キングの攻撃を弾き上げる。

その隙に、健太が陽動をかけ、遥の放った『アースバインド』がキングの足元を拘束した。


「がら空きだ!」

俺は神宮寺に叫ぶ。

「うおおおおっ!」

神宮寺は雄叫びを上げ、がら空きになったキングの胴体に、渾身の一撃を叩き込んだ。


***


ゴブリンキングに深手を負わせ、俺たちは辛くも撤退に成功した。

ダンジョンの入り口に戻ると、神宮寺は何も言わずに俺に背を向け、立ち去ろうとした。

「……借りは、必ず返す」

それだけを吐き捨て、彼の姿はすぐに雑踏に消えた。その背中には、怒りや屈辱だけではない、初めて感じた「連携」への戸惑いが滲んでいた。


「すげえよユキ! まるで全部見えてるみたいだったぜ!」

「あなた、いつの間にあんなリーダーシップを……」

興奮気味に話す健太と、感心したように見つめる遥。

俺は、自分の二つの力に思いを馳せていた。

全てを原子レベルに分解する、絶対的な『破壊』の力――『事象解体』。

そして、世界の法則を読み解き、最適解を導き出す『構築』の力――『真理の瞳』。


この二つの力を使いこなし、俺は一体何を目指すのか。

謎はまだ多い。だが、確かな一歩を、俺は仲間と共に踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ