第四話:波紋と亀裂
# 第四話:波紋と亀裂
オークジェネラル討伐という衝撃的な事件から数日。
ダンジョンでの一件は、学校側によって「予測不能な高ランクモンスターのイレギュラー出現」として処理された。負傷した佐藤 恵先生や生徒たちはすぐに治癒魔法で回復し、表向きは平穏が戻ったかのように見えた。
だが、水面下では大きな波紋が広がっていた。
特に、俺――相模 佑樹の存在が、その中心にあった。
俺の力は「極めて希少なユニークスキル『事象解体』の覚醒」として暫定的に結論付けられ、俺自身は学校の特別な監視対象となった。
教室での空気は、一変した。
以前の「侮蔑」や「嘲笑」は消え、今は「畏怖」と「好奇」が入り混じった視線が、常に俺の背中に突き刺さっている。
「おい、あれが相模だぜ……」「オークジェネラルを一人で……」「一体どんなスキルなんだ……」
遠巻きに交わされる噂話。時折、探るように話しかけてくる者もいれば、逆に目を合わせようとしない者もいる。
俺は、望まぬ形で『特別』になってしまった。
「フン、化け物が……」
そんな呟きが聞こえ、視線を向けると、以前俺を馬鹿にしていた生徒たちが、怯えたように目を逸らした。
力は、人を孤独にする。その言葉の意味を、俺は今、実感していた。
そんな中、変わらないものもあった。
「佑樹、これ、今日の分のノート。あんた、どうせ上の空だったでしょ」
放課後、ぶっきらぼうにノートを差し出してきたのは、白石 遥だ。
「……助かる」
「別に。……気に、してないからね。周りのこと」
「ああ」
「どんな力を持ってたって、佑樹は佑樹だよ。私の、大切な幼馴染」
そう言って微笑む彼女の笑顔に、俺は少しだけ救われた気がした。
「そうだぜ、ユキ! むしろ、すげーじゃんか! これで神宮寺のやつにもギャフンと言わせてやれるってもんだ!」
田中 健太も、変わらずに快活な笑顔を向けてくれる。
この二人の存在が、俺が俺でいられるための、最後の砦だった。
だが、最も大きな変化は、神宮寺 亮に訪れていた。
あの日以来、彼は誰ともつるまず、一人でいることが多くなった。
放課後の訓練場。俺が自主訓練のために訪れると、そこには鬼気迫る表情で、荒々しく木剣を振るう神宮寺の姿があった。
「はぁっ、はぁっ……くそっ!」
彼の剣は、以前のような洗練されたものではなく、ただ焦りと苛立ちを叩きつけるような、乱れたものだった。
俺の存在に気づくと、彼は憎々しげにこちらを睨みつけた。
「……相模。貴様のその力は、一体何だ」
「俺にも分からない」
「ふざけるな! 貴様のような男が、俺を……この俺を超えることなど、あってはならないんだ!」
彼のプライドが、あの日の出来事で深く傷つけられたことは明らかだった。
認められない。だが、無視することもできない。その葛藤が、彼を苦しめている。
俺たちは、まだライバルと呼べるような関係ですらなかった。ただ、互いの存在が、互いの心をかき乱す、歪な関係。
その夜、俺は寮の自室で、改めて自分のステータスを確認していた。
あの日以来、力の制御は依然として難しい。ふとした瞬間に、目の前のカップの分子構造が見えすぎて気分が悪くなったり、ドアノブに触れただけで分解してしまいそうになったり。強大な力には、相応の代償が伴う。
(この力は、一体……)
俺は、何気なく自分自身に『鑑定』スキルを使った。
すると、以前とは違う表示に、俺は息を呑んだ。
┌─‖ ステータス ‖───────────
│ 名前: 相模 佑樹
│ ランク: F
│
│ STR: 18 VIT: 15
│ DEX: 20 AGI: 18
│ INT: 25 MAG: 10
├─‖ スキル ‖─────────────
│【種族スキル】
│ ・基礎魔法 Lv.1
│【一般スキル】
│ ・鑑定 Lv.2
│【特殊スキル】
│ ・真理の瞳 Lv.1
│【ユニークスキル】
│ ・事象解体
└────────────────────
オークジェネラルを倒したことで、ステータスがわずかに上昇している。
だが、重要なのはそこではない。
以前は『???』と表示されていた特殊スキル欄に、**『真理の瞳 Lv.1』**という、新たな名前が刻まれていたのだ。
(これが、俺の予測能力の正体か……)
納得すると同時に、新たな疑問が浮かぶ。
ユニークスキルとして表示された『事象解体』。
(『真理の瞳』と『事象解体』……。この二つの力が、俺の力の根幹。だが、この『事象解体』は、本当にただの『スキル』という枠に収まるものなのか……? まるで、世界の理そのものを書き換えるような、あまりにも異質な力だ……)
謎は、解けるどころか、さらに深まっていく。
俺の戦いは、まだ始まったばかりだった。