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第二話:片鱗と軋轢

# 第二話:片鱗と軋轢


スキル測定から数日が過ぎた。

探索者学校での生活は、座学と基礎訓練の繰り返し。地味で退屈な毎日に、多くの生徒が不満を漏らし始めていた。

教室では、スキル測定の結果を元にした、見えない序列が生まれつつあった。

トップに君臨するのは、もちろん神宮寺 亮(じんぐうじ りょう)。次いで、高い魔力を持つ白石 遥(しらいし はるか)や、実技で優れた成績を収める者たちが続く。

そして俺、相模 佑樹(さがみ ゆうき)は、最底辺に位置していた。


「それにしても、いつになったら実践的な訓練が始まるんだろうな」

昼休み、カフェテリアで田中 健太(たなか けんた)がぼやく。俺と遥、そしてすっかり打ち解けた田中の三人でテーブルを囲むのが日常になっていた。


「焦らないの。基礎が大事だって、佐藤先生も言ってたでしょ?」

遥が宥めるが、田中は納得いかない顔だ。


「そうは言うけどさ、ハルちゃんはいいよ。でも、俺みたいな凡人は、早くダンジョンに潜って経験値稼がないと、神宮寺みたいな天才との差が開く一方だって!」

その神宮寺は、少し離れた席で取り巻きたちに囲まれ、優雅にランチを摂っている。時折こちらに投げられる視線には、明確な侮蔑の色が混じっていた。


「ユキはどう思う? 退屈じゃないか?」

話を振られ、俺は口の中のサンドイッチを飲み込んでから答えた。

「いや、そうでもない。今のうちにやれることはある」


「やれること?」

「ああ。例えば――」

俺は視線だけで、神宮寺のテーブルを示す。

「神宮寺の水の飲み方。あいつは必ず一口飲む前に、カップを右手で小さく回す癖がある。それも、きっかり三回だ」


「え? ……ほんとだ!」

田中が驚きの声を上げる。


「他にも、廊下を歩く時、あいつは絶対にタイルの線を踏まない。授業中、集中が切れると左手の人差し指で机を叩く。一分間に平均十二回」


「こわっ!? ユキ、いつの間にそんなストーカーみたいな観察を……」


「観察は基本だ。相手の癖や行動パターンを知ることは、戦闘を有利に進めるための重要な情報になる」

俺が淡々と告げると、遥は呆れたように、でもどこか楽しそうに笑った。


「もー、ユキは昔からそうだもんね。すぐに人のこと、じーって見てる」


「……別に、そういうわけじゃない」

ただ、見えてしまうだけだ。

人の動きや癖が、なぜか詳細に頭に入ってくる。世界のあらゆる事象から、俺が「知りたい」と意識した情報が、断片的に拾い上げられるような感覚。相手の思考や行動に宿る「指向性」そのものが、未来の軌跡として淡い光の筋のように視覚化されるのだ。

それはまだ、自分でもよく分からない力だったが。


そんな会話をしていた日の午後、ついにその時が来た。


***


「――今日から、対人戦闘訓練を開始する」

訓練場に集められた俺たちに、佐藤 恵(さとう めぐみ)先生が言い放った。その言葉に、クラス中が活気づく。

「――相模佑樹、前へ。相手は、赤西(あかにし)だ」

赤西と呼ばれた生徒は、ニヤリと口角を吊り上げた。スキル測定では、俺より一回り高いステータスを記録していた男だ。

「おいおい、マジかよ。相手が『最弱』の相模だってさ。一瞬で終わらせてやるよ」


「始め!」

合図と共に、赤西が猛然と突っ込んできた。ステータスを過信した、単純で直線的な動き。

(――遅い)

俺の目には、彼の次の行動が、例の『光の筋』として見えていた。

俺は半歩だけ左に動く。それだけで、赤西の剣は空を切り、彼は勢い余って体勢を崩した。


「なっ!?」

驚く赤西に、俺は反撃しない。焦った赤西は、再び大振りな攻撃を仕掛けてくるが、それも最小限の動きで回避する。

「おい、どうなってるんだ?」「赤西の攻撃、全部避けられてるぞ……」

観客席の生徒たちがざわめき始める。


「……なるほど。相手の初動を徹底的に観察して、動きを先読みしてるんだ」

遥が、隣に立つ田中に解説しているのが聞こえた。

「でも、それだけであんなに正確に避けられるものなの?」

「佑樹だから、できるの。あの子は昔から、人が気づかないような、ほんの些細なことを見つけるのが得意だったから」

彼女の声には、心配と、そして確かな信頼が滲んでいた。


業を煮やした赤西が、スキルを発動させる。「くらいやがれっ! 『スラッシュ』!」

だが、俺には見えていた。スキル発動の直前、彼の左肩がわずかに下がる癖があることを。

(――ここだ)

斬撃を紙一重で潜り抜け、がら空きになった懐に踏み込む。そして、訓練用の剣の柄で、彼の鳩尾に正確で、重い一撃を叩き込んだ。


「ぐふっ……!」

短い悲鳴を上げ、赤西は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

訓練場が、水を打ったように静まり返る。その静寂を破ったのは、神宮寺だった。


「……くだらん。小手先の技でまぐれ勝ちしたに過ぎん」

彼は、腕を組んだまま、冷たく言い放った。「ステータスの絶対的な差は、真の戦場では覆せん。そんな曲芸、通用しないと知れ」

その言葉に、クラスの空気も「そうだよな」「神宮寺の言う通りだ」と同調していく。


俺は神宮寺に向き直り、静かに言い返した。

「力の差を覆すのが、技術だ。お前のように、ただ力に任せて振り回すだけの剣が、どこまで通用するかな」


「……何だと?」

神宮-寺の濃紺色のオーラが、怒りで揺らぐのが見えた。一触即発の空気を、佐藤先生の鋭い声が切り裂く。

「そこまでだ。神宮寺の言うことにも一理ある。だが相模、お前の戦い方は見事だった。次」


***


その日の放課後。

教師用のオフィスでは、佐藤恵が一人、モニターに映し出された相模佑樹の戦闘データに見入っていた。

「……反応速度、0.05秒。赤西のスキル発動を予見し、カウンター行動に移るまでの時間は、常人のそれを遥かに凌駕している。偶然か? いや……」

彼女は、佑樹のステータス情報を再度呼び出す。

「まるで未来が見えているような動き……。あの『???』と表示された特殊スキル。これが、彼の特異性の根源か」

彼女の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。

「相模佑樹。面白い逸材を見つけた。徹底的に観察させてもらうぞ」

彼女の視線は、原石を見つけた探鉱者のように、鋭く、そしてどこまでも貪欲だった。


こうして、俺の特異性は、周囲に波紋と軋轢を生みながら、少しずつその片鱗を現し始めていた。


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