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第十一話:綻び始めた世界の理

# 第十一話:綻び始めた世界の理


期末テストから一週間。凍てつくような冬の空気が校舎を包み、生徒たちの吐く息が白く染まる。そんな寒さとは裏腹に、校舎の中は結果発表を前にした独特の熱気に満ち、ざわめきが満ちていた。


「うわー、心臓に悪い……マジで悪い……」

掲示板へ向かう人の波に揉まれながら、田中 健太(たなか けんた)が腹を押さえて情けない声を上げる。その顔は期待と不安で面白いほど正直に歪んでいた。

「もう、大げさだなあ、健太は。大丈夫だって。みんなで夜遅くまでファミレスで粘ったじゃない。あの努力が裏切るわけないよ」

白石 遥(しらいし はるか)が、その背中を笑いながらも力強く叩いて励ます。彼女の快活な声は、不思議と場の緊張を和らげる力があった。

「ふん。結果がどうあれ、我々は全力を尽くした。それ以上でも以下でもない。第一、貴様は実技の心配などないだろう」

神宮寺 亮(じんぐうじ りょう)は腕を組み、いつも通りの冷静さを装っている。だが、その視線が僅かに掲示板の方へ鋭く向けられ、指先が微かに落ち着きなく動いているのを、俺は見逃さなかった。エリートである彼にとっても、結果は気になるらしい。


俺、相模 佑樹(さがみ ゆうき)は、仲間たちのそんなやり取りに口元を緩ませながらも、心の奥底では別のことを考えていた。テストの点数そのものではない。試験中に感じた、あの奇妙な『違和感』。世界の法則に、また一つ亀裂を見つけてしまったような、あの背筋が冷たくなる感覚が忘れられなかったのだ。


掲示板の前は、阿鼻叫喚の渦だった。自分の名前を見つけて抱き合って歓声を上げる者、スマホで結果を撮る者、そして、崩れ落ちるように肩を落としてため息をつく者。その人間模様の坩堝の中、遥が「あ、あった!」と一番に声を弾ませた。

「やった! 魔法理論、自己採点よりずっと良い点数! 佑樹に教えてもらったところが全部出たよ!」

「よっしゃ! 俺もだ! 見ろよ、遥! 特に実技の評価が爆上がりしてるぜ! これも神宮寺の特訓のおかげだな!」

健太も自分の名前を見つけ、満面の笑みでガッツポーズを決める。

「当然だ。俺の指導を受けたのだからな」

神宮寺はそう言って口の端を吊り上げるが、その声には満足感が滲んでいた。

「神宮寺は?」

俺が尋ねると、彼は軽く頷いた。

「問題ない。予想通り、首席だ」

その短い返事の裏で、彼が俺の結果を――首席を脅かす唯一の存在である俺の成績を、探しているのが雰囲気で伝わってきた。


最後に、俺は自分の名前を探す。

魔法理論、魔法実技、一般教養――全ての項目で、神宮寺と並んで学年トップの成績が記されていた。

「……思ったより、良かった」

俺がそう呟くと、三人は「おめでとう!」と心から祝福してくれた。だが、俺の内心は少しも晴れやかではなかった。この高得点は、俺がこの世界の『綻び』――非効率で、不格好な法則の穴を突いた結果に過ぎないのではないか。そんな、誰にも言えない罪悪感にも似た疑念が、黒い染みのように心に広がっていた。


***


昼休み、カフェテリアの喧騒の中、俺たちのテーブルはささやかな祝賀ムードに包まれていた。

「それにしても、佑樹の成績は圧巻だったな。特に魔法理論、どうやったらあんな点数が取れるんだ? 俺でさえ満点を逃したというのに」

神宮寺が、フォークを持つ手を止め、感心したように、しかし探るような鋭い目で俺に問いかける。彼のプライドが、首席タイという結果を看過できないでいた。

「……問題を解いている時、少し気になることがあったんだ」

俺は、意を決して切り出した。仲間たちになら、この感覚の入り口くらいは共有できるかもしれない。

「教科書に書かれている魔法の術式が、なぜか不完全に思えた。まるで、もっと効率的で、美しい『正解』が他にあるような……そんな感覚があったんだ」

俺の言葉に、三人の動きが止まる。

「それって、佑樹の理解力がどんどん深くなってるってことじゃないかな? もう先生たちを超えちゃってるのかも!」

遥が、純粋な尊敬の眼差しで言う。

「いや、そういう単純な話じゃない」俺は首を振る。「例えるなら、欠陥のある設計図を見ているような感じだ。誰かが意図的に、あるいは無知から、不格好な修正を上書きしたような……そんな『歪み』が見えたんだ」

「歪み……?」

健太がミートソースパスタを口に運びながら首を傾げる。

「悪い、変な話をした。俺の気のせいかもしれない」

これ以上は踏み込めない。俺が見ている世界と、仲間たちが見ている世界。その間に存在する、見えない壁。その壁の存在を再認識させられ、俺は胸の奥にチリリとした孤独を感じた。俺は、この感覚を誰にも共有できないまま、一人で世界の謎と向き合わなければならないのだろうか。


***


午後の実技授業。冷え切った空気が満ちる訓練場は、生徒たちの放つ熱気で揺らめいていた。テーマは魔法の精度向上訓練だった。

遥の水魔法は、しなやかな軌道を描いて的の中心を射抜く。健太の火魔法も、以前とは比べ物にならないほど安定し、連続で的を燃やし尽くす。神宮寺のそれは、もはや芸術の域だった。圧倒的な威力でありながら、寸分の狂いもなく制御された炎が、的だけを正確に消し炭に変えていく。

「では、相模。やってみろ」

佐藤先生に促され、俺は的の前に立つ。

光魔法の詠唱を始めると、午前中に感じた『違和感』が、より鮮明なイメージとなって俺の意識に流れ込んできた。『真理の瞳』が、魔法陣を構成する魔力の流れを、無数の光の線として描き出す。

(――違う。この術式は、あまりにも冗長で、無駄が多い。エネルギーの伝達効率が悪すぎる)

本来あるべき、シンプルで洗練された光の構造。それが、複雑怪奇な結び目のような線で上書きされ、本来の輝きを阻害している。俺は『違和感』――いや、『確信』に従って、魔力の流れを本来あるべき姿へと『修正』した。それは、絡まった糸を解き、あるべき場所へと繋ぎ直すような、繊細で、しかし根源的な作業だった。


次の瞬間、俺の手のひらから放たれた光の球は、これまでのものとは明らかに異質だった。凝縮された純粋なエネルギーの塊。それは音もなく空間を滑り、的の中心を貫いた。そして、その余波だけで、背後に設置された分厚い防護壁に、深い亀裂を刻み込んだのだ。

訓練場が、水を打ったように静まり返る。

「……相模。今のは、一体……」

佐藤先生が、ベテラン探索者としての冷静さを失い、驚愕に目を見開いている。

「ユキ、すごい……! 光が、まるで生きているみたいだった……! 空気が震えるのが分かったよ……!」

遥が、興奮と少しの畏怖が混じった声で感嘆の声を上げる。

「おいおい、冗談だろ……。威力が神宮寺の全力と変わんねえじゃねえか……。詠唱、ほとんどしてなかったぞ……」

健太が、呆然と呟く。

そして、神宮寺が、厳しい表情で俺に詰め寄った。その瞳には、驚き、焦り、そして何よりも強い探求の色が浮かんでいた。

「相模……貴様、一体何をした? あれは、ただ魔力の流れを変えたなどというレベルの話ではない。まるで、光魔法という現象の『ことわり』そのものを書き換えたかのようだったぞ」

「……うまく説明できない。ただ、こうあるべきだ、と直感で思っただけだ」

俺は、そう答えるしかなかった。俺自身、自分の身に何が起きているのか、完全には理解できていなかったのだから。


***


その夜、俺は自室のベッドの上で、今日の出来事を反芻していた。

魔法の『理』を書き換える感覚。それは、俺のユニークスキル『事象解体』の本質に近いのかもしれない。世界のあらゆる事象を分解し、再構築する力。その片鱗が、魔法という形で現れ始めているのではないか。

だとしたら、俺は、この世界の創造主が定めた『ルール』そのものに、干渉し始めていることになる。


それは、計り知れない可能性であると同時に、底知れない危険を意味していた。


窓の外では、星々が静かに輝いている。

あの無数の星々のように、この世界にも無数の法則が存在する。そして、その多くが、何者かの手によって歪められている。

俺は、その真実を暴きたい。そして、両親を奪ったような悲劇が二度と起きない、本当の意味で平和な日常を、この手で掴み取りたい。


恐れはない。あるのは、真実への渇望と、仲間と共に未来へ進むという、揺るぎない決意だけだ。

俺は、静かに目を閉じ、意識を内なる力の源へと沈めていった。

明日もまた、一歩、真実へと近づくために。


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