第十話:白に染まる決意
# 第十話:白に染まる決意
吐く息が白く染まる、冬の朝。
第一学期の終業式を終えた教室は、解放感と冬休みを前にした浮足立った空気で満ちていた。窓の外では、灰色の空から舞い落ちる淡雪が、校庭を静かに白く染め上げていく。その光景を眺めながら、俺、相模 佑樹は、この半年間の目まぐるしい変化を反芻していた。
「佑樹、お疲れ様。成績、すごかったね。筆記も実技も、文句なしのトップじゃない」
隣の席で、白石 遥が頬を緩ませながら声をかけてきた。彼女の笑顔は、まるで窓の外の寒さを溶かす陽だまりのように、俺の心を温かくする。
「遥もな。魔法制御の精度、見違えるほど上がった。特に、文化祭の時の子供たちに見せた光の魔法、綺麗だったぞ」
「えへへ、そうかな。でも、まだまだ佑樹には追いつけないよ。佑樹は、どんどん先に進んじゃうから……」
少しだけ寂しげに俯く遥。彼女は俺の力の奔流を間近で見ているからこそ、その孤独を感じ取っているのかもしれない。
「そんなことはない。俺たちは、四人で一つのチームだ。誰か一人が突出していても意味がない。そうだろ?」
俺がそう言って遥の頭に軽く手を置くと、彼女は驚いたように顔を上げ、そして嬉しそうに微笑んだ。
「――おいおい、学期末だってのにイチャついてんじゃねえよ!」
教室の後方から、田中 健太の野次が飛んでくる。その隣では、神宮寺 亮が腕を組んでそっぽを向いていた。
「だからな、神宮寺! お前のその石頭じゃ、繊細な乙女心は理解できねぇんだよ!」
「やかましい! 貴様のような能天気男に言われたくはない! そもそも、なぜ俺がそんなものを理解する必要がある!」
半年前、入学したての頃には想像もできなかった光景だ。常に他者を見下し、孤高を気取っていた神宮寺が、今では健太と軽口を叩き合い、俺を好敵手として認め、チームの一員として共に戦っている。定期試験の模擬戦での優勝は、俺たちに確かな自信と、揺るぎない絆を与えてくれた。それは、俺がこの世界で手に入れた、かけがえのない宝物だった。
だが、俺自身の内面では、仲間との絆が深まる一方で、世界に対する断絶感もまた、深く根を張り始めていた。
ユニークスキル『事象解体』の覚醒。
特殊スキル『真理の瞳』の深化。
これらの力は、俺に世界の「裏側」を垣間見せた。図書館で見つけた歴史書の記述に混じる、意味不明な文字列の『ノイズ』。完璧なはずの魔法理論に存在する、物理法則を無視した『矛盾』。まるで、後から無理やりパッチワークを当てたかのような、世界の歪み。
この世界は、俺たちが教えられてきたほど単純ではない。何者かの手によって作られ、管理されているのではないか? その疑念が、日増しに強くなっていた。
「冬休み、どうするんだ?」
いつの間にか俺たちのそばに来ていた神宮寺が、挑戦的な視線を向けてくる。
「俺は、少し集中的に訓練しようと思ってる。この力をもっと完全に制御したい。見えている『真実』に、手を伸ばすために」
俺がそう答えると、神宮寺はフッと口角を上げた。
「奇遇だな、俺もだ。お前という目標ができて、退屈せずに済む。次こそは、お前を上回ってみせる」
「望むところだ」
俺たちが火花を散らしていると、遥と健太も力強く会話に加わった。
「もちろん、あたしも付き合うよ! 佑樹だけに、重荷を背負わせない!」
「俺もだぜ! 神宮寺だけに良い格好はさせねぇ! 冬休みで、俺の新しい隠し玉を披露してやんよ!」
仲間たちの頼もしい言葉が、冷え切った教室の空気を温める。そうだ、俺は一人じゃない。この歪んだ世界の謎に、たった一人で立ち向かっているわけじゃないんだ。
この冬休みは、きっと大きな転機になる。
自らの力を磨き、世界の真実へと一歩でも近づくための、重要な期間だ。両親を奪ったダンジョンブレイクの真相、そして、この世界に隠された巨大な秘密。俺が解き明かさなければならない謎は、まだ山積みだ。
窓の外で、雪の勢いが少しだけ強くなった。
それは、これから始まる新たな試練を予感させるようでもあり、俺たちの熱い決意を祝福しているようでもあった。
俺は、仲間たちの顔を見渡し、静かに心に誓う。
必ず、強くなる。
大切なものを、今度こそ守り抜くために。そして、この世界の真実を、この手で掴むために。
こうして、俺たちの最初の学期は幕を閉じ、物語は白く染まる新たな季節へと、静かに歩みを進めるのだった。