第一話:始まりの日に
# 第一話:始まりの日に
――ごぉ、と地鳴りのような咆哮が響き、アスファルトが裂ける。
悲鳴と怒号が入り乱れる中、幼い俺の目の前で、両親は炎に巻かれて崩れ落ちた。
助けようと伸ばした手は、無情にも誰かに掴まれ、引きずられる。
最後に見たのは、こちらに手を伸ばし、何かを伝えようとしていた母の姿と、それを飲み込む巨大な影。
「……き。……ユキ! 佑樹!」
はっとして意識が浮上する。
目の前には、心配そうに俺の顔を覗き込む、幼馴染の白石 遥がいた。
「大丈夫? また、あの時の夢……?」
「……ああ、少しな」
俺、相模 佑樹は、ごまかすように頭を掻いた。
桜の花びらが舞う四月。
俺たちは今、真新しい制服に身を包み、「国立第一探索者高等学校」の巨大な門の前に立っている。
約二十年前、突如として世界に「魔力」と「ダンジョン」が出現して以来、日本最高峰の探索者育成機関として知られる場所だ。
「いよいよ今日から、私たちも探索者の卵だね」
期待に胸を膨らませる遥とは対照的に、俺の心はどこまでも冷静だった。
十年前の悪夢。ダンジョンブレイクで両親を失って以来、俺にとってダンジョンは、憎むべき敵であり、同時に解き明かすべき謎だった。
なぜ、あれは起きたのか。両親は何をしようとしていたのか。
その答えに近づくため、俺はこの学校の門をくぐる。
***
講堂で行われた入学式は、退屈なものだった。
壇上に立つ校長の、ありきたりな祝辞。希望、未来、貢献。聞き馴染んだ単語が、空虚に響く。
(……言葉と、感情がズレている)
俺には、時折そう感じることがあった。
言葉の表面的な意味とは別に、その裏にある発信者の感情の揺れや、周囲の人々の思念のノイズが、微かな「色」として見えるのだ。
校長の言葉に、生徒たちの多くは期待や興奮といった暖色系の色を放っている。だが、校長自身や、壇上に並ぶ教師たちからは、どこか冷めた、事務的な青い色が感じられた。
まるで、決められた台本を読んでいるかのように。
この世界全体を覆う、何か大きなシステムの歯車として動いているような、奇妙な均一性。
その違和感が、俺の胸に小さな棘のように引っかかっていた。
式が終わり、1年A組の教室へ向かう。
ざわめきに満ちた教室で、俺は静かに周囲を観察する。様々な出自の生徒がいるのだろう。裕福な家の者、俺と同じように身寄りをなくした者。誰もが、これからの日々に期待と不安を入り混じらせた表情をしていた。
「よお! お前ら、よろしくな! 俺は田中 健太!」
前の席の生徒が、人懐っこい笑みを浮かべて振り返った。裏表のない、快活なオレンジ色のオーラを放っている。クラスのムードメーカーになりそうな男だ。
「俺は相模佑樹。こっちは白石遥」
「よろしくね、田中くん」
遥がにこやかに応じると、田中は少し照れたように頭を掻いた。
そんな和やかな雰囲気は、教室のドアが勢いよく開けられたことで一変する。
入ってきたのは、自信に満ちた鋭い目つきの男だった。冷たく研ぎ澄まされた、濃紺色のオーラ。クラス中の視線が彼に集まる。
「……神宮寺 亮だ。馴れ合うつもりはない。俺は、誰よりも早く高みへ行くだけだ」
探索者の名門、神宮寺家の嫡男。その名前は、入学前から有名だった。
彼は宣言通り、誰とも目を合わせずに自分の席に着く。
やがて、担任教師が入ってきた。
元Aランク探索者だという、佐藤 恵先生。
彼女は教壇に立つと、厳しい視線で俺たちを見渡した。
「新入生諸君、入学おめでとう。だが、浮かれている暇はない。ここは遊び場じゃない。探索者とは、常に死と隣り合わせの職業だということを、まず肝に銘じなさい」
シン、と教室が静まり返る。
「最初の授業を始める。全員、訓練場へ移動だ。君たちの『今』の実力を、正確に測らせてもらう」
***
訓練場には、最新鋭の魔力測定器が設置されていた。
これを使えば、個人のステータスやスキルが詳細に数値化される。
「呼ばれた者から前へ。まずは、白石遥!」
佐藤先生の声に、遥が少し緊張した面持ちで測定器の前に立つ。
彼女が台座に手を置くと、前方の大型モニターに情報が映し出された。
┌─‖ ステータス ‖───────────
│ 名前: 白石 遥
│ ランク: F
│
│ STR: 25 VIT: 28
│ DEX: 30 AGI: 25
│ INT: 35 MAG: 40
├─‖ スキル ‖─────────────
│【種族スキル】
│ ・基礎魔法 Lv.2
│【職業スキル】
│ ・水魔法 Lv.3
│【一般スキル】
│ ・魔力感知 Lv.1
└────────────────────
「おお……!」「魔力量がすごいな」「一年で水魔法レベル3はエリート級だぞ」
教室がどよめく。遥ははにかみながら、こちらに小さくピースサインを送った。
「次、神宮寺亮」
次に呼ばれた神宮寺は、当然だと言わんばかりに胸を張って前に進む。
モニターに表示されたステータスは、遥をさらに上回っていた。
┌─‖ ステータス ‖───────────
│ 名前: 神宮寺 亮
│ ランク: F
│
│ STR: 55 VIT: 50
│ DEX: 50 AGI: 40
│ INT: 45 MAG: 45
├─‖ スキル ‖─────────────
│【種族スキル】
│ ・基礎魔法 Lv.3
│【職業スキル】
│ ・剣術 Lv.4
│ ・火魔法 Lv.4
│【一般スキル】
│ ・高速詠唱 Lv.1
└────────────────────
「桁違いだ……!」「ステータス合計値、Bランクに届くんじゃないか?」「これが神宮寺……」
先ほど以上の驚きの声が上がる。神宮寺は満足げに口の端を吊り上げ、俺を一瞥した。見下すような、挑発的な視線だった。
そして、俺の番が来た。
「次、相模佑樹」
俺は静かに測定器の前に立つ。周囲の視線が突き刺さるのを感じながら、台座に手を置いた。
┌─‖ ステータス ‖───────────
│ 名前: 相模 佑樹
│ ランク: F
│
│ STR: 15 VIT: 12
│ DEX: 18 AGI: 15
│ INT: 20 MAG: 8
├─‖ スキル ‖─────────────
│【種族スキル】
│ ・基礎魔法 Lv.1
│【一般スキル】
│ ・鑑定 Lv.1
│【特殊スキル】
│ ・???
│【ユニークスキル】
│ ・???
└────────────────────
俺のステータスが表示された瞬間、訓練場は先ほどまでとは違う意味で静まり返った。
そして、すぐに嘲笑が聞こえ始める。
「なんだあれ、魔力8って……」「特殊スキルとユニークスキル欄があるけど、エラーだろ」「期待して損したな」
だが、俺は動じなかった。重要なのは、この結果が示す「事実」だ。
そして、その事実の中に隠された「真実」を見つけ出すこと。
測定結果のリストを眺めていた佐藤先生が、ふと顔を上げて俺を見た。
その目に、一瞬だけ鋭い光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。
他の生徒たちの嘲笑とは裏腹に、彼女の視線は俺のステータス欄の「???」と表示された部分に釘付けになっているようだった。
まるで、未知の鉱石を見つけた探鉱者のような、探るような視線。
解散後、遥が心配そうに駆け寄ってくる。
「ユキ、気にすることないよ! あの機械がユキの本当のすごさを分かってないだけなんだから!」
「分かってる。……それより、最初の授業、どうだった?」
俺は、教室で配られたばかりの教科書を開く。
そこには、ダンジョンや魔力の起源について、もっともらしい「公式見解」が記されていた。
「え? えっと、佐藤先生、厳しかったけど……」
「そうじゃない。この教科書の内容だ」
俺は、ある一文を指さす。
『魔力は、世界の物理法則が自然に変容した結果、発生したものである』
「これが、どうかしたの?」
「……なぜ、そうであると誰もが疑わないんだろうな」
俺の呟きに、遥はきょとんとしている。
だが、俺の中の「違和感」は、また一つ、確かな輪郭を持ち始めていた。
自然に? 本当にそうだろうか。
まるで、後から付け足されたパッチワークのような、不自然な継ぎ目。
俺の目には、世界の法則が、そう見えていた。
こうして、世界の真実を探す、俺の本当の戦いが始まった。
平凡なステータスと、誰にも理解されない「違和感」だけを武器に。
俺の探索者学校での生活は、静かに、そして確かな意志を持って幕を開けたのだった。