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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
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再会

「こいつに味方するつもりか? なら何をされても文句はねえよなぁ!?」


 事態は予想以上に深刻なものなのだと、男に胸倉を掴まれてから思い知る。何がそこまでの激情を駆り立てているのだろうか。それを聞ける雰囲気でもなく、とりあえずこの場を収めることに努める。


「お、落ち着いてください。何に怒ってるか知りませんが、まずは話し合いを――」


「落ち着いてられるか! ニルゴートに家をめちゃくちゃされた挙句、家族も命の危機にさらされたんだぞ!」


 理不尽ないいように理不尽な境遇を抱えた俺は少しの怒りが芽生えた。


「それは気の毒ですけど、突然こんな訳の分からない世界に放り出された俺に比べたらまだましですよ!」


「何言ってんだてめえ!」


 怒号と共に俺は地面に突き飛ばされ、尻餅をつく。


「やめてください! あなたのやっていることはただの八つ当たりです!」


「うるせえ! おめえらをやればニルゴートを減らすことにつながる。そうだ、これは正当な行為だ」


 そう言って男はポケットから折り畳みのナイフを取りだし、こっちに向けてきた。


 あまりの状況に顔が引きつる。どうすればこの場を治められるのか見当もつかない。血が上っている彼が冷静に話を聞いてくれるとも思えないし、そもそもどうして言い合っているのかが分からないのだ。


 男がにじり寄ってくる。俺は咄嗟にそばにあった古ぼけた鉢植えに手を伸ばし、男の顔に向かって投げつけた。


「くそっ! 何しやがる!」


 男が顔を庇って視線が逸れた一瞬の隙に、女性の手を取り走り出した。


「早く!」


 路地脇にあるごみ収集ボックスや自転車を倒しながら、大通りまで駆け抜ける。土地勘がないので、どっちにいけばいいのかと足踏みしていると「こっちです!」と逆に女性に手を引かれた。


 日本では見ないようなカラフルな家々を縫うように走り抜け、街を彩る窓辺や店先に飾られた花々を横目に観光だったらどんなに良かっただろうと泣きたくなる気持ちを抑え、半ば自棄になりながら全力疾走をかます。


 そうして逃げる続けること数分、気づけば最初にいた廃墟街から近くの町にいた。


「ここまで来ればもう大丈夫です。助けていただいてありがとうございます」


 女性も俺も息を切らしながらその場で膝に手をつき、呼吸を整える。


 どうやらついていくことに必死になっている間に撒いていたらしく、もう男が追ってきている様子はなかった。


「挨拶が遅れました、私は()()といいます。あなたがいなかったらどうなっていたか……、本当にありがとうございます」


 そういって紗良さんは丁寧にお辞儀をする。


「俺は和葉です。それにしても災難でしたね。どうしてあんなに怒っていたかは知りませんが、ナイフまで出してくるなんて……」


「仕方のないことです。人は理不尽なことにはどうにか理由をつけて目を逸らさなければ生きていけないのです」


 その言葉の意味は分からなかったが、そう言った紗良さんの憤りと諦念を織り交ぜたような声色は俺の関心を引くには十分だった。


「あの、どうして襲われていたか聞いてもいいですか?」


「どうしてってそれは私がアルド人だからですよ」


「アルド人? それってどういうことなんですか?」


「えーっと、私を見ても分からないんですか?」


 確かに珍しい見た目をしていると思うが、それが襲われる理由と繋がって来ない。


「すみません、あまりそういう事情に詳しくなくて」


 それを聞いた紗良さんは信じられないといった様子で目を丸くして、

「ただ偏見がない方だと思っていましたが、アルド人を知らない人がいるだなんて……。そうなるとどこから話せばいいんでしょう」


 ちらりとこちらを伺う紗良さんの目は胡乱気で、俺は「あはは」と誤魔化すような苦笑いで返す。


「アルド人の特徴はこの銀色の髪に琥珀色の瞳。その特徴がニルゴートと似ているからという理由で奴らが現れて以来、私たちはずっと世界から疎まれてきたんです」


 そこまで聞いてまだピンとこなかった。


「まさかニルゴートを知らないとは言いませんよね?」


「えーっと、多分見たのは一昨日が初めてです」


 紗良さんの顔がひきつり、その目に一層と不信感を募らせる。


「に、にわかには信じられませんが一旦和葉さんの事情には目をつぶりましょう」

 そう前置きして、

「ニルゴートは天災のようなものです。突如として現れ、人に危害を加えるたちの悪い天災。ニルゴートにはさまざまな種類が存在しますが、一様に灰色の体と金色の目を持っています。ここまで言えばもう分かりますよね」


「まさか、ただ特徴が似ているから差別を受けているってことですか? そんなのただ当てつけじゃないですか!」


「そうですね……、そんなことはあってはならないことです。それでも日々多くの人がニルゴートに殺され、行き場のない悲しみと怒りは常にこの世界をさまよっています。その矛先が私たちアルド人に向けられても不思議なことではありません」


 そんな理不尽なことがあるかと、言葉を失う。そして嫌な予感と共にふとセレスタの姿が脳裏をよぎった。まさか……、いやでも、あまりに特徴が似すぎている。不当な扱いを受けている彼女を想像し、その十分にあり得る可能性を自分勝手に否定する。しかし、その考えが合っていれば紗良さんはセレスタのことを知っている可能性が高い。


「あの、もしかしてセレスタという人を知っていますか?」


「ええ、一人私の知り合いにいますよ。同じ村に住んでいるアルド人の女性の方です」


 ビンゴだ。十中八九俺の知るセレスタで合っているだろう。複雑な感情だが、すべてはセレスタと会って話を聞いてからだ。


「実は今、彼女を探しているんです。よかったら会わせてもらえないでしょうか」


「もちろん構いませんよ。なにかお礼をしないとと思っていましたからそれくらいお安い御用です」


 聞くとここから近くにアルド人が住んでいるアルブ村と呼ばれる村があるらしく、廃墟街から街と反対の方にあるという。


 ちなみに紗良さんが街まで来ていたのは昨日ニルゴートが発生したことを受けての「ボランティア」をするため、とのこと。


 彼女は人の車に乗ってここまで来たそうだが、今は足がないということだった。歩きだとそこそこかかるそうだが、それでも構わないと伝えると、さっそく村まで案内してくれることになった。


 廃墟街を行く間、多くの崩れた建物が左右に見え、廃墟になる前はそれなりに大きい街だったことが伺える。


 紗良さんにこの廃墟街について聞いてみると、例の死灰の王によって破壊された結果だと教えてくれた。

 今は誰も住んでいないらしく、どうして俺がここで目覚めたのか、謎は深まるばかりだった。


 三十分ほど経っただろうか、景色は一転して、緑豊かな場所が見えてきた。その変わりようは、まるでこの廃墟街を隔てることで意図的に隠されているかのようだった。


 アルブ村に入ると多くの家が立ち並んでいた。それらは基本的に木造りで古風な印象を受ける。そして一軒一軒の敷地が広く、どの家にも畑が付いているようでそこで作業をする人たちがちらほらと見えた。


 村に入ってから数分と立たないうちに目的地に着いたようで、そこには周りの家と変わらない二階建ての家があった。


「ちょっと待っててください」

 紗良さんは玄関まで行きドアのノックする。


「セレスタさんいますかー?」

 応答がない。何度か呼んでみるが返事もなく、留守のようだった。


「もしかしたら今日は学校に行ってるかもしれません」


「学校? やっぱりセレスタは高校に行っているんですか」


「いえいえ、セレスタさんは普段オウルガードの下部組織で働いているのですが、お休みの日には先生としてたまに学校で授業をしてもらっているんです」


 俺の知るセレスタは当然そんな組織には入っていないし、先生もしていない。俺が混乱した様子を見せていると、

「一応この村にも学校があるんです。そこでニルゴートや譜術について学ぶの授業もあって、セレスタさんはその道のスペシャリストですからたまに子供たちに教えてもらっているんです」


「あの、譜術って何なんでしょうか?」


「ふふ、もう何を知らなくても驚きませんよ? 譜術というのは魔力を行使して発現させる超自然的現象のことです。ちなみに魔力とは人に内在するエネルギーの源のことですね」


「は、はあ」


 これじゃあほんとにファンタジーの世界じゃないか。山のようにある疑問を一旦のみ込んで、とりあえず学校を目指す。ここから近いようで徒歩でその場所を目指す。するとすぐに子どものはしゃぐ声が聞こえてきて、そこには運動場のような場所で遊ぶ子どもたちが見えた。


 そしてそのすぐ隣に小さめだが、確かに学舎と呼べる建物が立っていた。木造の素朴な雰囲気がどこか懐かしさを感じさせ、イメージする田舎そのものという感じだ。


 勝手に入っていいのか聞くと、「私がいれば大丈夫です」と言うので遠慮なくお邪魔させてもらう。

 中は静けさが漂っており、子どもたちは全員外に出ているようだった。廊下を通って教室の前まで行くと、中にぽつんと一人、窓辺で運動場を眺める女性の姿が見えた。


 一気に緊張の糸がほぐれると同時に、喉元がグッと熱くなる。ショートパンツに薄手のアウターと前に見た時とは雰囲気が違うがその人物は間違いなくセレスタだった。


 俺は思わずその名を呼び、ドアを開けて彼女の元へ駆け寄る。やっぱり無事だったんだ。そりゃそうだ、あんなデタラメなこと起きるはずがないんだ。きっとなにかの悪い夢だったんだ。


 それでも分からないことは多々あるが、セレスタに聞けばきっとすべてが解決するに違いない。


「良かった。ほんとに良かった。無事だったんだね」


 感極まって思わずセレスタの手を握り、再会の喜びを顔に表す。


「無事って? あなたは誰?」


 静かに放たれたその言葉に思考が凍りつく。それも無理はない。セレスタの見せた反応の全てが、期待していたものとはあまりにもかけ離れすぎていたのだから。

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