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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
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目覚め

「セレスタ!」


 気づけば勢いよく上半身を起こし、目の前に居たセレスタを追うように手を伸ばしていた。しかし、俺が掴んだのは暗闇だった。


 さっきまでの出来事が誰かに取り上げられたかのようにきれいさっぱり目の前から消失していた。悪い夢でも見ていたのか。そう思ったが、確かに手の中にはセレスタを抱えていた重みと血で濡れた嫌な温かさが残っていた。


 最後に見たセレスタの姿を思い出し、身震いした。想像してしまった結末は酷く悲惨なもので到底受け入れられるものではなかった。


 いや、そんなはずはない。きっとセレスタは無事だ。そうに違いないと自分に言い聞かせて、とにかく状況把握をしようと周りを必死に見渡した。


 暗くてよく分からないが、間違いなく元いた場所ではないことは確かだ。しかし、居慣れた家ではないことも確か。


 固い木の床から起き上がるとまるで何か月も体を動かしてなかったかのように体がこわばっており、足をふらつかせて壁にぶつかるように体を預けた。暗闇に目が慣れてきて、辺りをよく見てみると壁や床が剥げたりえぐれたりしており、そこは今にも崩れてしまうんじゃないかと思えるほどボロボロだった。


 ぎしぎしと床を鳴らしながら正面ドアから外へ出ると、俺がいた場所とは全く異なる世界が広がっていた。 


「ここはいったい……」


 そこは崩壊した建物がずらりとならぶ廃墟街だった。地震などで倒壊したものではなく、壁に大穴が開いていたり屋根などの一部が吹き飛んでいたりと争いでもあったのかと思わせる崩れ方をしている。

満ちた清月の明りがその無惨な建物たちを青白く照らし、ただでさえ気味の悪い姿をさらに不気味に映していた。


 とてもじゃないが人が暮らしているとは思えず、とりあえずスマホでここがどこか調べようと思い、ズボンのポケットを探るが何も入っていない。そこでようやく服装が違うことに気付いた。夏祭りで着ていた薄手ものとは違い、長袖、長ズボンにジャンパーを着ている。謎は深まるばかりだ。とにかく人がいる場所に行ってここがどこなのか聞こう。


 適当に道を選んで道沿いにしばらく進むと、生活感のある光が見えてきた。次第に車やバイクなどが通りはじめ、安堵感を覚えながら街へ入るとまたもや頭を悩ます光景が広がっていた。


 そこにはレンガ屋根の西欧風な家々が立ち並び、ランタン型の常夜灯が石畳でできた街を明るく照らしていた。遠くの方には石造りの尖塔も見える。そして街を行く人々は様々な人種で入り乱れている。どの景色を切り取っても元いた場所とはかけ離れすぎていた。さらには、あんなに蒸し暑い夏日だったはずなのに、今は春のような心地の良い気温になっている。そもそもここは日本ではないんじゃないか? はたまた異世界に迷い込んでしまった? そんな突飛な考えが浮かんでくる。


 それでも唯一セレスタの無事を知りたいという強い思いが混乱した頭を冷静に保っていた。何か情報を得ようと飲食店らしき建物に近づき、オレンジの照明に照らされた看板を見てみるとメニューが日本語で書かれていた。


 やはりここは日本なのか。というか日本じゃないことのほうがあり得ないだろ。少し違う風景だからといって取り乱し過ぎたようだ。


 とはいってもここがどこだか分からないのには変わりない。ならば誰かに尋ねてみるしかないと思った時、うねるような高音が街に響き渡った。不安を煽るようなサイレン音に身を縮こまらせ何事かと周りの様子を伺う。


「ニルゴートが発生しました。速やかに地下シェルター、または近くの非難所に非難してください。ニルゴートが発生しました。速やかに地下シェルター、または近くの非難所に非難してください」


 スピーカーからアナウンスが鳴ると、街は一瞬にして喧騒の渦にのまれた。 家々からは電気が消え、通りにいた人々はかなり逼迫した様子でどこかへ向かって駆けていく。アナウンスの内容はさっぱり分からないが、何かの危険を知らせるもので、それも命に関わるような緊急事態なのだと察した。


 突如人々が逃げる反対方面から爆発音がして、そこから火の手が上がっているのが見えた。


「あれは⁉」


 遠火に照らされて見えたのは見覚えのある灰色の四足獣だった。悪夢はまだ終わっていなかったのだ。


 先刻の光景を思い出し、憎悪の念が湧いてくる。しかし、無力な俺にはどうすることもできない。ここはひとまず逃げるしかないと思った時、炎の舞台に一つの人影が見えた。


 目を凝らし見えたのは黒を基調とした軍服のようなものを着た女性の姿。その人物は無謀にも獣と対峙し、その手には不可思議に翠色の光を放つ長剣が握られていた。


 そして、あろうことか飛び掛かってきた獣をその剣の一振りで一刀両断してみせたのだ。


 そんな非日常の光景に見慣れた何かを感じ、胸が大きくざわついた。残った獣が建物の向こう側へ逃げていき、それを追いかけるその女性の姿を見て確信した。


「セレスタ!?」


 一瞬の閃火に照らされ見えた銀色の髪とその横顔。それは紛れもなくセレスタだった。


「まってくれ!」


 一瞬にして危機感が吹っ飛び、人々が行く流れに逆らってセレスタが見えた場所へと走る。


 人混みをかき分け、何度も肩をぶつけながらようやくセレスタが見えた道へ出る。が、すでに彼女の姿はなかった。


「セレスター!」


 大声で叫んでみるが、返ってくるのは静寂のみで、人の気配すら感じられない。すでにみんな避難してしまったのだろう。


 どうしたものかと立往生していると、突然立ちくらみがして足がよろめいた。目が覚めたときから感じていたが、やけに体が重くて思うように動かせない。しかし、無理をしてでもセレスタに会って事情を確かめないといけない。そうすることがこのデタラメな世界での唯一の拠り所なのだ。


 ゆっくりと足を進めてセレスタが行ったであろう道を辿る。しばらく行くと小さな広場の公園のような場所に出た。そこにぽつんと立つ寂れた東屋が見え、一息つこうとそこにある木製のベンチに腰を掛けた。


 自分の家も分からなければ、どこかに泊まるお金もない。憂い事は尽きないが、春日に吹くような温風が優しく肌を撫で、錆びた思考を有耶無耶にしていく。季節の違いに違和感を覚えながらもそれは疲れた身を眠りを誘うには十分だった。


 意識の範囲が徐々に狭まる。ついに鉛のように重くなった瞼を上げることができなくなり、次第に意識が落ちていった。




 朝陽で目を覚ました俺は辺りを見回す。もしかしたら全ての出来事は夢だったんじゃないか、という淡い希望は打ち砕かれ、変わらぬ西欧風の街が広がっていた。


 人足はまばらで、通りかかった人はもれなく胡乱な眼差しでこちらを一瞥しては去っていく。こんなところで寝ていたのだから当然か。


 しかしそのおかげで頭はだいぶんクリアになっており、少しでも状況を整理するために昨日の出来事を整理してみる。恐らくアナウンスで言っていたニルゴートというのはあの四足獣のことで間違いないだろう。あの夏祭り会場で見た人型の化け物も同じ類のものではないかと思った。


 そこまで考え、ふと向こうに見えるあるものが目に留まった。まさかと思い近くまで行ってみると、

「こ、これは……」


 昨日は暗かったのとパニックだったこともあって分からなかったが、そこには意外すぎる、そしてよく知る人物の姿があった。


「どうして姉さんが……」


 正確に言えば姉さんの銅像がそこに堂々と建てられていた。


 近寄って彫られている字を読んでみると、梼原和音と姉さんの名前があり、

 『死灰の王を倒した英雄として称える』と書かれていた。


 間違いない。これは姉さんの銅像だ。それに死灰の王? いったいそれはなんだ。とりあえず誰でもいいからこの銅像について聞いてみようと思い、ちょうどそばを通りかかった中年の男性に声をかける。するとその男性は口角を歪ませ、

「君、そんなこともしらないなんて辺境の地にでも住んでるのかい?」


 この男性の驚きぶりから誰でも知っていることらしいのだが、そもそもここがどこだか分からないのでとりあえずそこから聞いてみようと思い、

「変な質問かもしれませんがここって日本ですよね?」


 男性はいぶかる声で「そうだ」と答える。


「それじゃあここは東京であってますよね?」


「東京? どこだそれは。ここはエルエストだよ」


「えっと、エルエストってどこですか? 日本にそんな地名ありましたっけ」


「何をいっているんだ君は。エルエストは日本の首都に決まってるだろ」


 聞いたことのない地名に頭が混乱する。日本にいて東京を知らないなんてあり得ないし、やはり何かがおかしい。


「じゃ、じゃあこの銅像はなんなんですか」


「さっきからおかしな子だな。 いいか、この方は日本を、いや世界を救った英雄だよ。史上最強のオウルガードであり、あの死灰の王を倒したお方だ。この場所があるのも私たちがこうやって生きているのも彼女のおかげというわけさ」


 ますます訳が分からず男に詳しい説明を求めると、怪訝な表情を見せながらも一通りの質問に答えてくれた。


 まずニルゴートというのは三百年程前に突如この世界に現れたは人間を襲う化け物の総称だそうだ。

そしてあの獣型のニルゴートはサーヴァスという名前らしい。そして死灰の王とは3年前にエルエストに現れ、もっとも多くの死者をだした史上最悪のニルゴートだとか。


 オウルガードとはそんな脅威から人々を守るために組織された治安維持の行政機関であり、姉さんはその一人だったらしい。そして死灰の王に挑み、


「どうなったかって? 当然亡くなってるよ。死灰の王と刺し違えてな」


 男性は自分の責任を果たし終わったと言わんばかりにそれじゃと言って足早に去ってしまった。

 乾いた笑いが漏れた。


 人を襲うニルゴートにオウルガード? 姉さんが世界を救った英雄? どっかのSF好きが即興で考えられそうな内容だ。いっそ天から女神様が降りてきて、あなたは異世界に転生しましたと言われる方がまだ納得できる。


 とりあえず、これからどうするかを考えなけらばならない。やはりセレスタを見つけることが一番問題解決に近づく気がする。


 俺はもう少し人通りが多い場所に出て情報収集をしようと思い、当てもなく歩を進めた。ここが日本であることは間違いないらしいし、曲がりなりにも姉さんの名前やセレスタの姿も確認できた。淡い希望を抱えながらレンガ造りの家々を抜けていく。しばらく行くと遠目にビル群が見え始め、中心街が近づいていると確信した時、

「きゃあ!!」


 すぐ側の路地裏から女性の悲鳴が聞こえてきた。何事かと思いそこへ向かうと戦慄するような状況が目に飛び込んできた。


「てめえらアルド人のせいで街がめちゃくちゃじゃねえか!」


 なかなかにガタイのいい短髪の男が怒った表情を見せ、その目線の先には地面に手をついて男を見上げる女性の後ろ姿。状況的に女性が襲われているようにしか見えない。


「私たちが何をしたというんです!」


「とぼけんじゃねえ、ニルゴートはお前らの魔力が生み出してるんだろ!」


 男が女性に迫り、今にも殴りかかろうとしている。


「ちょっと待ってください!」


 厄介ごとはごめんだが、流石にこの状況を見過ごすことはできなかった。俺は後先を考えることなく、彼らの間に入っていく。


「ああ? なんだお前」


 止めに入ったはいいものの、男の厳つい相貌に尻込みしてしまう。女性の方をちらりとみるとこんな事態にも関わらず目を引かれてしまった。


 ロングの髪は澄んだ銀色をしていて、優し気な顔立ちにあるのは琥珀色の瞳。その双眸が驚きを見せるように見開かれ、腰の引けた哀れな俺の姿を映していた。

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