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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第二章
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初出勤

「梼原和葉です。よろしくお願いします」


 できるだけ、元気よくこれからお世話になる人たちにあいさつをする。八番街にあるオウルガード・シュタットハイド本部の一室。保安部の面々と初めて顔を合わせる。と言ってもほぼ顔見知りだが。


「オゥ。ヴィオラさんから話は聞いてある。いろいろと訳ありボーイのようだな」

 褐色の肌にドレッドヘアのその男は大きな体躯を屈め、顕微鏡でも覗くかのように凝視してくる。


「俺はアニーだ。よろしくな」

 彼は俺の肩に手をのせ、ひときわ輝く歯を全開にして笑う。


「よ、よろしくお願いします」


「俺はこの保安部一課の課長兼支援室長になる。なにかあれば相談してくれ。そんで一課は俺を含め、ここにいる勇人、依茉(えま)、凪咲の四人だ」

 

 勇人は歓迎の笑みを見せ、依茉はオウルガードとして相応しいかはかるような目を向け、凪咲さんは不服そうに眉を下げるといった三者三葉の表情を見せる。


「んで支援室員は和葉とセレスタ、それに――」


「ユルクだ。よろしくな」

 ブロンドの髪に切り長の目が特徴的な少年に手を差し伸べられ、それに応える。


「よろしくお願いします」


「おっと、同じ支援室員同士、敬語は不要だ」


 なんとも陽な雰囲気を醸し出すユルクに再度よろしくと返す。


「まさかあなたが新人だったとは思いませんでした」


 そう言ったのは昨日の強盗事件で居合わせた凪咲さんだった。


「せ、先日はどうも。先輩だとはしらず失礼なことを……」


「いえ、全面的に私が悪かったの謝らないでください。それより、この間もセレスタさんと一緒にいましたが、お二人はどういうご関係なんですか」


「ええっと……」


「和葉は私と使命を共にするパートナー」


「パパパ、パートナー!?」

 凪咲さんは何度も俺とセレスタを交互に見合い、動揺を体現するかのようにおさげを左右に揺らす。


「うん。それに一緒に住んでる」


「なんですと!? これまでそんな素振り一つもなかったのに! 私、何だかショックです……」


 彼女は何が誤解しているようで、だらりと頭を下げた。使命というのはオウルガードを根絶し、共にアルド人の遺恨を払拭することなのだろうが、その言い方だと凪咲さんが勘違いするのも無理はない。しかし、説明すると長くなるので今は放っておこう。一方のアニーさんはまるで気にも留めてない様子で話を続ける。


「いいか、俺たちの任務はニルゴートの討伐はもちろん譜術が関与した犯罪を取り締まることだ。一課は特に脅威レベルの高いものを主に扱ういわゆる戦闘部隊だ」


「つまりぁ、俺たちはエリート部隊ってことだ。なあアネさん」


 アネさんというのは依茉のことらしく、彼女はじっとりとした目を向けて、

「なにがエリート部隊よ。あんたまともに譜術も使えないじゃない」


「伸びしろがあると言ってほしいっすよ。一課にいる時点で俺のことを評価してくれてるってことっすよね、アニーさん」


「ま、実際ユルクの言っていることは間違ってない。俺たちは戦闘に重きを置いた組織。常に危険と隣り合わせだ。故に他のどの組織よりも連携することが大切だ」


 アニーさんは豊かに表情筋を動かし、何かを企むように眉を上げる。


「俺たちは背中を、いや命を預け合う仲間だ。その絆は血よりも濃いもので繋がってなければならない。そのためにはお互いを深く理解する必要がある。そこでだ――」


 不穏な空気に勇人は何かに気づいた様子で、

「待ってください。和葉の力を知るのは重要なことかも知れませんが、まだ訓練の一つもしてないんですよ」


「勇人さん、恒例じゃないっすか。そういえば和葉は吟遊詩人(バード)だって聞いたぜ」


「それだけじゃないです。なんでも和音さんの弟で同じ魔法を使えるとか。ちょっと設定盛りすぎじゃないですか?」


 ユルクと凪咲さんが興味津々に見つめてくる。


「設定って……」


 ちなみに俺が記憶を失っていることや叡智の泉に囚われていたこと、それまでの経緯は保安部一課のみヴィオラさんからおおまかには伝わっている。あまりに現実味がないことなので外部にはこれまで姉さんと離れた田舎の方に住んでいたと説明している。


「落ち着けお前ら。いくら口で言っても分からないだろう。百聞は一見に如かずだ」

 皆が一斉に顔を見合わせ、不適な笑みを浮かべた。とても嫌な予感がした。それを確信させるように、これまで人形のように状況を見守っていたセレスタの目に憂いの色が見えたのを俺は見逃さなかった。


ーーーーー 



 そこは本部の地下にある訓練所だった。かなり広い空間で、多くのトレーニング器具が置かれている。そして奥はいくつもの部屋に分かれており、全面が鉄で造られていた。オウルガードは日々ここで訓練を行なっているらしいが、なぜか俺はセレスタと対面させられていた。


 どうやら今の実力を測っておきたいらしい。しかし、男性陣から「いけ和葉!」だとか「負けるなー!」だとか声援が飛んでくるのは何故だろう。そんなにはやし立ててくる理由は分からないが、空気にのまれ、魔晶の短剣を構える。


「安心して。訓練だから魔力は纏わせないし、ちゃんと手加減するから」

 

 セレスタの言葉に闘志の炎が揺らめく。いいさ、やってやろうじゃないか。郷に入っては郷に従えだ。俺だってこの数日間、何もせずに過ごしてきた訳じゃない。アルブ村でセレスタと剣の修行をしてきたのだ。俺はセレスタに教えてもらった魔力の基本を思い返す。

 

 一口に魔力と言っているが、それには人によって異なる三つの要素がある。


 一つは魔力総量。これは自身の中に蓄えられる最大の生体魔力量で、これが多いほど短期間で多くの譜術を扱える。


 次に魔力放出量。生体魔力を一度に出力できる量で単に魔力と略して言われることが多い。同じ譜術同士がぶつかった時にはこれで優劣が決まることが多く、いくら魔力総量が多くてもこれが少ないとそもそも譜術を扱うことができない。


 最後に魔力操作。その名の通り生体魔力を操作する力で、高度な譜術になればなるほどこれが重要になる。


 どれも譜術を使う上では重要な要素で生まれ持った才能が大きいものの、鍛錬によって伸ばすことができる。そして基礎中の基礎であり、最も重要なことが魔力操作による身体強化だ。


「エネルギーの源である生体魔力を捉え、体中に巡回させること。まずは呼吸を整えて自分の内に集中するところからしないといけない」


 何度も言われたセレスタの教えを思い出し、何度か深呼吸をして、魔力の存在を探る。瞼を閉じて集中を高めると心臓の鼓動が次第に大きくなるのを感じた。いや、違う。今まで意識していなかっただけで常に鼓動は体を揺らしていたことに気づく。


 無意識下で起きている事象が表層に浮かび上がってくるのを感じる。魔力は創造を具現化する力。そしてそれは自分の存在を具現化させる力。存在そのものを感じるんだ。


 急に体が軽くなるのを感じた。いまだ! 俺は走り出す。体が急加速し、一瞬にして距離を詰めることに成功する。それが予想外だったのかセレスタは動揺を見せるように瞳を揺らした。


 行ける! 俺は勢いのまま渾身の突きを放とうとした瞬間、


 「へぶっ!!!」


 力みすぎた足が絡まり、盛大に転倒した。きっとその姿はどうしようもなく無様だっただろう。


 ユルクは「あちゃー」と手を額に当て、勇人はガックリと頭を下げる。アニーさんも肩をすくめて手を広げ首を振った。


 反対に依茉と凪沙さんは「やったー」と声をあげ、ハイタッチなんかして喜び合っていた。


「それじゃあ男子たちは私と凪沙、セレスタに向こう1週間の昼飯おごりね」


 そこでようやく彼らの思惑に気づく。

「どっちが勝つか賭けてたんですね!? ひどいですよ!」

 

 アニーさんが近寄ってきて俺の肩に手を置く。

「一種のオリエンテーションみたいなもんだ。あんまり気を落とすな」


 どうみてもオリエンテーションじゃなくてエンターテイメントにされてる気がする。アニーさんは背を向け、「悪くなかったぞ」というように片手を上げ行ってしまった。それに続いて皆も健闘をたたえるように人一人俺の肩を叩いて部屋を出ていった。


 そして一人残された部屋で俺は声を上げる。


「なんなんだよこれえええええ!」


 それが新人の緊張をほぐすために恒例として行われているのを知ったのは少し後のことだった。

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