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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第二章
24/25

ある日の災難

 香ばしい肉の焼ける匂いが鼻孔をくすぐる。テーブルに出されたステーキは熱された鉄板プレートの上でジュワジュワと音を立て、油を躍らせている。


 セレスタとの生活を始めてからというもの、食事はもっぱらインスタント食品か、紗良さんの作る健康に気を使ったヘルシーな料理の2極だった。自分で料理するとしても朝食で目玉焼きを作るとかそんなもんだ。なので久しぶりの肉らしい肉を前にテンションが上がる。


 一方、対面に座るセレスタの前に置かれているのは一つのパンケーキ。その格差に少しだけ負い目を感じ、上がったテンションをあまり表に出さないように努める。

 

 今日まで家にあるもので生活してきたがそれもそこが尽きたため、今日は朝からエルエストの中心街へ出てセレスタと共に買い物をしに来ていた。


 洗剤やトイレットペーパーといった衛生用品とインスタント食品が主で、両手に大袋いっぱいといった具合だ。


 そのついでにせっかくならここで昼食を取ろうと適当なレストランに入って今に至る。ちなみにヴィオラさんから前払いで支払われた給料は、なかなかに多く、つい舞い上がってしまった。それもあって今日は値段を気にすることなく買い物をすることができた。


 だからここでもなんでも頼めるはずなのだが……。


「なあ、街に来ることはあんまりないんだろ? ほんとにパンケーキ一つでいいのか」


「いい」


 深くかぶったベースボールキャップで表情が隠れて、感情を読むことができない。甘いものが好きなのは別世界のセレスタと同じのようだが、彼女はさらに拍車がかかっている気がする。甘いもの以外に食というものにまったく興味関心がないようで、サラダにはドレッシングをかけないし(そもそも薦めないと食べない)、パンには何も塗らない。


 そういえば、セレスタは料理をしないのだろうか。アルブ村ではいろんな人が野菜や魚をおすそ分けしてくれるのだ。それはもう買い物なんてしなくていいほどに。それらは手をつけられることがなく、消費されるのはインスタント食品であって、時折訪れる紗良さんによって調理され、タッパーに詰められるといったサイクルが繰り返されていた。


「セレスタは自炊とかしないのか?」


「どうして?」


「どうしてって、そのほうが健康的だし食費も浮くだろ?」


「言われてみればそうかもしれない」


 セレスタはナイフとフォークを使ってパンケーキを丁寧に切り分け、真ん中に乗ったクリームを少し付けて口へと運んだ。特に関心はないみたいだった。そりゃそうか。食に関心がないのに料理にあるわけがない。俺もステーキを切り分けて、頬ばった。口の中で肉汁があふれ出て、濃厚な味わいに舌鼓を打つ。本当は白ご飯をかきこみたいところだが、メニューになかったので、代わりに付いてきたベイクドポテトを一緒に食べる。うん、これはこれでかなりいける。ふと俺のだらしなく膨らむ頬を凝視してくるセレスタの視線に気がづいた。

 

「料理は得意だった」


 セレスタの中ではこの話はまだ終わってなかったらしい。


「だったって今は違うのか?」


「ここ何年かはしてないから」


「そういうことか。まあ仕方ないよ。灰の王が現れてからはいろいろとありすぎたと思うし」


「和葉は料理得意?」


「いや、得意ではないかな」


 セレスタはなぜか一度うつむき、心を決めるように口を開く。


「私が料理できたら和葉は嬉しい?」

「うーん、嬉しい……かな」


 セレスタは何かを思索するような素振りを見せて、「わかった」とだけ言った。その言葉の意図するところは分からないが、セレスタに便乗してインスタント食品を主食にしている俺にどうこういう権利はないだろう。


 むしろ俺が作るべきなんだろうが、なんだかんだ紗良さんのおかげで手料理欲は満たされているので、どうもその気に慣れない。家にきた時にはついでに掃除もしてくれる紗良さんにかなり甘えているなと反省すると同時に心の中でその心遣いに深く感謝する。

 

ーーーーー



 昼食を食べ終え、幸福感に満たされながら、外へ出る。中心街なだけあって、往来は人で溢れていた。アジア系はもちろんラテン系からアフリカ系までさまざまでまさに人種のサラダボウルといった具合だ。それでも普通に日本語が通じるので少し頭が混乱する。


 別世界の文化とはかなり違うようで、例えるならアメリカに近いように思える。それでもちゃんとサブカル文化は根付いているようで、秋葉原のような街もあるらしい。いつか行ってみたいと思いながら歩いていると、


「ドロボー!」


 反対の歩道からぞっとする言葉が聞こえ、そこには地面に倒れる女性と、走り去っていく男性の姿があった。


 引ったくりだった。女性からカバンを盗った男は路地へと逃げ込んでいく。


 村にいたら分からないが、こんな白昼堂々と犯罪が起きるほど日本の治安はあまりよくない。


「セレスタこれ!」


 俺は荷物をセレスタに渡し、犯人を追いかける。路地に入り、男の姿を捉えた。そいつが左に曲がって路地を抜けるのを確認した瞬間、何かに足を押さえつけられ、上半身だけが前へと進み、盛大に体を地面へ叩きつけた。次に凍てつくような感覚が足に伝わり、何事かと足元をみる。そこには氷が張り詰めており、俺の足を地面に抜いつけている。


「な、なんだ!?」

「おとなしくしなさい!」


 その声の元へ目をやると、オウルガードの制服を着た赤毛の女性が仁王立ちをしてこちらに怒り顔を向けていた。しかし、可愛らしい童顔がその律した様相を台無しにしており、むしろその姿をまぬけにも映していた。


「おい! 泥棒が!」

「何を言ってるんですか。泥棒はあなたでしょう。観念しなさい!」


 薄々感づいていたが、俺のことを泥棒だと勘違いしているらしい。


「お前こそ何を言ってるんだ! 俺は泥棒を追いかけていただけで――」


「問答無用です。ちょうど女性の助けを呼ぶ声を聞いていたんです。状況的にあなたしかいないでしょう。さあ、盗ったものを返しなさい」


 女性は歩み寄り、俺の周辺を見回す。


「あれ、あれ? あれ!? ない……」


 二つのおさげをぴょこぴょこと跳ねさせ、琥珀色の瞳を忙しなく動かして動揺を見せる。


「なあ、分かっただろ。俺じゃないんだって」


「う、うう。ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 カナヅチが振られるかのように何度も頭を下げる女性を制止する。


「分かってくれればいいんだ。とりあえず自力じゃ立てないから起こしてくれないか」


 少女の手を取り、体を起こす。が思ったよりがっちり凍っていて、体が上がらずまた倒れてしまった。


「ちょ!? 何してるんですか!」


 俺は女性に抱きついていた。しかも顔を胸にうずめて。


「ちがっ、これは不可抗力だ」


「何が不可抗力ですか! あなたが変態行為をしていることになんら変わりはないです! 紛れもない事実なんです! 早く離れやがれですー!」


「待て! 今離されたらまた――うおっ!」


 今度は二人して地面に打たれる。今度は股に顔をうずめてだ。


「変態です! やっぱり逮捕ですぅ!」

 

「元はと言えばお前が勘違いしてこんなことしたからだろ!」


 女性は反論の言葉が見つからなかったのか、しょんぼりとしてそそくさとその場から離れる。そして俺はまた四つん這いの状態に戻ってしまう。


「この氷、お前の譜術なのか? もしそうなら早く解放してくれないか。凍傷になってしまいそうだ」


「そ、それは。この譜術は対象を凍らすだけのものでして溶かすとかはできなくて……」


「おい、ちょっとまて。何か方法はあるんだよな? ないはずないよな!?」


「お、落ち着いてください。助けを呼ぶにしても時間がかかります。いっそのこと全身を氷漬けにして痛覚をシャットダウンしてみてはいかがでしょうか!」


「お前が一番落ち着け!」

 

「そ、それじゃあ私は犯人を捕まえないといけないので」


 女性は目を回してパニックに陥っている。しかし、そうは問屋が卸さないと女性の足を捕まえる。


「だ、大丈夫ですよ。ほら、今日は天気もいいし、比較的あったかい気温ですからすぐ溶けますよ……」


「ポンコツか? さてはお前ポンコツなんだな!?」


「なんですと! これでもオウルガードの中ではかなり評価されてるんですよ! 確かに周りからはよく天然と言われますが……」


「そうか……、そうとう周りから気を使われているんだな。強がらなくてもいいぞ。この失態は誰にも言わないから元気出せよな」


「なんですか、その憐れみの目は! 勝手に気を使われていることにしないでくださいよ!」


 ついに逆ギレと来たか。というか話しが完全に逸れている気がするのだが。そういえばと、この氷が譜術の産物ならば魔晶の短剣でどうにかできるのではないかと思いつく。しかし、こんな場面に遭遇するとは思っておらず、持ってきていなかった。これからは常に常備しておこうと心に誓う。


「なにやってるの?」


 冷静な声がヒートアップした俺と女性の間に抜ける。

 

「セレスタ!」

「セレスタさん!?」


 路地の奥から出てきたのはひったくりを捕らえたセレスタだった。気を失っているのか犯人の男はセレスタに片手で抱えられ、盗まれたバッグもちゃんと回収していた。てかいつの間に先回りしたんだ。


「今日はお休みの日じゃ無かったんですか?」


「たまたま居合わせたから」


 女性はセレスタの元へと駆け寄る。どうやら知り合いみたいだ。


「この人譜術は使えないっぽいから首輪はいらないと思うけど、一応気をつけて」


 女性はかばんと男の身を預かり手錠をかける。ちなみに首輪とは譜術が使える者が犯罪を犯した時に着けるもので、魔晶と測定器が組み込まれており魔力が一定値に達すると電流が流れて失神させるという代物だ。


「ありがとうございます。それで、ゴーストの件とかいろいろと大変だったとお伺いしてますが、お元気そうでよかったです」


凪咲(なぎさ)こそちゃんとやってるみたいだね」


「えへへ、セレスタさんに言われると照れちゃいますねえ。それじゃあ私はこれで!」


「ちょっと待て。この凍りついた足はどうするつもりだ」


「そ、そうでした! どうしましょう!」


「いや、忘れてたのかよ!」


 セレスタは俺の足を見て、状況を察したようだった。そして魔装を顕現させ氷を豆腐のように切断する。


 「ふー、これで一件落着ですね。それじゃあこいつは私が連れて行くんで、後は任せてください。それでは!」


 女性は文句を言わせないとばかりに足早に立ち去ってしまった。


「あの子、セレスタの知り合いか?」


「うん。凪咲は私たちと同じ保安部一課。つまり和葉の先輩」


「ま、まじかよ……」


 そうとは知らずにため口で、しかもだいぶ失礼なことを言った気がするが大丈夫だろうか。


「少しおっちょこちょいなところはあるけど、とてもいい子」


 少しどころじゃない気がしたが、セレスタがそう言うなら悪い子ではないのだろう。そうして俺たちは嵐の跡を行くように帰路に就いたのだった。

お読みいただきありがとうございます。私事ですが初の評価が付き大変うれしく、ありがたく思っております。

また更新頻度が遅く、バラバラで申し訳ありません。かなりマイペースですが温かく見守っていただければ幸いです。

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