碧色の魔装
気付けば光の中にいた。そして目の前にいるのは梼原和音。俺の大好きな自慢の姉さんだ。ここは天国なのか? だとしたらこの光景にもうなずける。俺は恐る恐る姉さんの手を取った。幻じゃない、確かにここにいる。
すると姉さんに思いっきり抱きしめられた。胸がいっぱいになり、抱きしめ返す。
「会いたかった。ずっと会いたかった」
「私もよ。ずっと和葉のことを思ってた」
「俺は死んでしまったんだよね? だから迎えにきたんでしょ?」
姉さんの優しい瞳が俺を見つめる。
「いいえ、ここは叡智の泉の片隅。すべての魂が始まり、そして繋がる場所」
「よく、分かんないよ」
「とにかくここに長居してはだめ。すぐに元の世界に帰らないと」
「帰るってどうやって」
「私の力は〝魔力への干渉〟なの。ニルゴートを消滅させられるのもその力の応用。ここはいわば魔力の海の中のようなもの。私の力で今ならまだ送り返せる」
「そんなことができるなら姉さんも一緒にいこうよ!」
「それは……、できない」
「どうして!」
姉さんは「ごめんなさい」とうつむく。謝られるだけじゃ納得がいかなかった。
「そもそも元の世界ってどこなんだよ! 突然知らない世界に放り出されて、みんな俺を知らなくて、ニルゴートとかいう化け物がいて訳が分からないんだ!」
「そうね。これだけはちゃんと話しておかないといけない」
突然世界が色付いて、よく知る東京の街が現れた。そして左を向けば通っていた学校に変わり、右を向けばアルブ村の景色に変わった。それはまるでシャボン玉の表面のように絶えず変化していく。また正面を見れば死灰の王によって凄惨な姿になった街が広がっていた。
「和葉はこのニルゴートが存在する世界で生まれ育った。譜術士を目指して勇人や依茉と同じ学校に通い、セレスタとも親友だった。ことの始まりは死灰の王が現れたあの日。やつを追い詰めた私はトドメをさそうとしていた。しかし、奴は狡猾にも自身の死と引き換えに大規模な魔力爆発を起こした。大勢の人が巻き込まれ、その中にはセレスタや和葉もいた。咄嗟に力を使って二人を守ろうとし、私の魔力とやつの魔力が干渉し合った。それが問題だった。あまりにも膨大な魔力の衝突によって次元の層に亀裂が入り、叡智の泉へと繋がる穴が開いてしまった。私と和葉は抵抗する間もなくそこへ幽閉されてしまった。生体魔力は叡智の泉を介して流れる意識と感情の源。そして記憶とはその二つの中に保管されるもの。死灰の王による魔力汚染に加え、叡智の泉へ入った衝撃によって和葉の記憶は欠片となり高次元空間に飛び散ってしまった。その影響は叡智の泉で繋がる全ての人にも影響を及ぼし、和葉に関する記憶をも消し去ってしまった」
「そんな……。でも、俺にはセレスタ達の記憶があった。まさか、マレウス病によって俺が勝手に作り上げた記憶なのか」
「いいえ、そうじゃない。幸いにも魔力に干渉する力はここでも健在だった。むしろここでなら私の力は世界に対してより直接的に扱うことができた。このままでは意識が永遠に叡智の泉を彷徨うことになると悟った私は和葉の微かな魔力を肉体に繋ぎ留め、集めた魔力を少しずつ還元することで回復を図った。それには膨大な時間が必要だった。そこで負担を軽減するために一時的に意識を別世界の和葉へと送りこんだ」
「別の世界の俺? まさかその記憶っていうのが俺の知るセレスタ達だってことなのか」
「そう。見て、この世界には大樹の枝のように無限ともいえる分岐した世界が存在する」
姉さんの言葉に応えるように周りの景色が入れ替わっていき、やがて別世界で最後にいた祭り会場の景色へと変わった。
「この世界はニルゴートが存在しない、かつ元の世界と限りなく近い歴史を辿った世界。ここは負担を和らげる場所として最適だった。そして都合がいいことにそこには魔晶が多く存在していた。魔晶を目印とし、介することで私の魔力をより強く反映させることができた」
「でもあの日、ニルゴートは現れた。そして俺とセレスタは襲われ、突然俺は元の世界へと戻された」
「それは全くの誤算だった。まさか別世界にニルゴートが発生するなんて私も予測していなかった。ここに来て分かったことだけど、ニルゴートはあらゆる世界にその存在を拡大させている。本来は記憶を修復するためにもっと時間を要するはずだった。でも、ニルゴートの魔力接触に加え、正体不明の魔力誘起によって不完全のまま元の世界へ戻ってしまったの」
俺は夏祭りの夜、最後に目にした光景を思い出す。
「まさか別世界のセレスタが?」
「可能性としてはある。彼女は本能レベルで魔力の存在を感じ取っていたのかもしれない。本来次元を超えるだけの魔力を具現化することはありえないことだけど、死を直前にして偶発的にそれを起こしたのかも」
姉さんは慈しむような眼差しを向け、おもむろに俺から離れた。
「もう時間がない。元の世界に帰るのよ」
徐々に世界が白んでいき、長くはこの場に留まれないことを悟った。俺はやっぱり納得できなかった。このまま姉さんを置いて自分だけ元の世界へ戻るなんて、できるはずがない。
「待って! 俺は元の世界に帰れたんだ。だから姉さんがここにいる理由もないだろ? だったら姉さんも一緒に帰ろうよ」
「今の私にその術はない。こうやって意識だけなら比較的簡単の次元の層を超えられるけど、肉体はそうじゃないの」
「そんな……。それなら意識だけでもいい。俺も姉さんとここに残るよ!」
「私も和葉がいてくれたら嬉しい。でもあなたにはやるべきことがあるはずよ。守らないといけない大切な人がいるはず」
「セレスタ……」
俺は叡智の泉に干渉したせいか元の世界でセレスタと過ごしていた記憶をはっきりと思い出していた。そしてずっとセレスタが好きだったことも。でも……。
「でも俺なんかじゃ到底守ることなんて。セレスタは俺よりよっぽど強くて勇敢なんだ。むしろ足手まといになる方が多いかもしれない」
「それでもいい。セレスタのそばにいて、守ってあげたいと思う気持ちは本物でしょ? だったら行きなさい。今、セレスタを助けられるのは和葉だけなのよ」
「姉さん……」
そうだ、弱音なんて吐いてる場合じゃない。俺はセレスタを守りたい。セレスタの元へ行かないといけない。このままここに残ればきっと一生後悔することになる。
「さあ、もう時間がないわ。短い間だったけど、会えて嬉しかった」
「待って! 最後にもう一つだけ、聞かせて欲しいんだ。別世界のセレスタはニルゴートに襲われた後どうなったの」
「それは私にも分からない。世界の運命は過去と未来を超えて重なり合い、常に変動し続けているから。全ては何を選び取るかなの。けれどきっと大丈夫。奇跡は想いの力によって必ず起こる。それは世界を変える力なの。それと忘れないで、私はいつでも和葉の傍にいる。私の魔力は泉を通して繋がっているから。和葉の魔力に応えて私の魔法は行使される」
重たい瞼を開くと灰色の空が見えた。雨粒が頬に触れ、垂れ落ちる。そして膨れ上がった雨雲を鋭いものでつついたように、溜まった雫が豪雨になって降ってきた。体を起こした時、誰かの声が後ろから聞こえた。
「大丈夫か!?」
そこには満身創痍で立っているのもやっとといったスタンがいた。
「俺は……」
周りを見渡して状況を確認する。倒れた勇人やオウルガードの人達はそのままに、セレスタとゴーストの姿が消えていた。
「あれからどうなったんです!? セレスタはどこに!」
「落ち着け。お前はゴーストに乗っ取られて意識を失っていたんだ。だが、なぜかゴーストが勝手に体から出てきて逃げ出した。セレスタはそれを追って行ってしまった。止めようとしたんだが俺もこのざまでな」
「そんな、俺はどれくらい意識を失ってたんですか」
「安心しろ、ほんの数分だ」
たったの数分? 俺は叡智の泉で姉さんと会ったことを思い出す。きっと姉さんがゴーストから守ってくれたのだろう。そしてそこで見たものはきっとマレッタさんの記憶だろう。あれはゴーストの中に残る彼女の魔力の残滓であり、そこからあふれ出した記憶。
「お前、確かアルブ村にいたよな。一体何者なんだ? 自力でゴーストを追い出すなんて普通じゃありえない」
今まで散々聞かれ、何度も自問自答してきたその質問に今ならちゃんと答えることができる。
「俺は梼原和葉。英雄和音の弟であり、姉さんの力を受け継ぐ吟遊詩人です」
「なっ! それは本当なのか。いやしかし、それならゴーストを追い払ったのも納得がいくか。それに……」
スタンは確かめるように俺の顔を見つめ、驚きと疑いの表情を徐々に納得したものに変えていく。
「確かに似ている。本当に和音さんの弟なんだな」
「はい。あの、俺も聞きたいことがあるんですけどマレッタという方を知っていますか」
「もちろんだ。オウルガードなら誰でも知っているさ。彼女を慕う人は多かったからな。だが半年前にゴーストとの戦闘で命を落としてしまった」
「そうですか」
全てが繋がった。今、セレスタは過去と戦っているんだ。彼女はきっと助けを必要としているはずだ。
「俺、セレスタを助けに行きます」
「待て! 救援を待つんだ。今行っても殺されるだけだぞ」
「それでも、行かなくちゃならないんです。今セレスタを助けられるのは俺だけなんです!」
俺は訴えるようにスタンの目を真っ直ぐに見つめる。
「……そうか。いくら言っても無駄なようだな。ゴーストはお前を恐れているようだった。お前が本当に吟遊詩人なら勝算はあるかもしれない」
スタンはそう言って西の方角を指さした。
「ゴーストは向こうに逃げていった。この有様じゃお前の役に立つことはできないが、やられた連中は俺に任せておけ」
「ありがとうございます!」
「和葉、セレスタを頼んだぞ」
俺は目を見張った。それは確かに心から願っている表情だった。
「あの、どうして村でセレスタとあんな戦いをしたんですか」
「俺はただセレスタの力に期待しているだけだ。譜術士としての才能は本物だ。彼女は間違いなく次世代を担うオウルガードだと確信している」
てっきりスタンとセレスタは仲が悪いとばかり思っていたが、それは間違いだったようだ。
俺は頷き、セレスタの元へと走った。必ず君を助ける。それに伝えなくちゃいけないことがあるから。もはや恐怖心はなく、その思いが俺の体を前へと動かしていた。
大地を叩きつける雨の音だけが空虚な廃虚街に響いている。
注意深くセレスタの辿った痕跡を探しながら走っていると突如に爆音が轟いた。
七階ほどある大型ホテルのような建物の上階部分。何かの衝撃でコンクリートの粉塵が舞っているのが見える。間違いない。あそこにセレスタがいる。
急いで建物内まで行き、錆まみれの階段をかけていく。骨組みの鉄筋があちらこちらから飛び出しており、今にも崩れてしまいそうだ。
外から見えた階までたどり着き、音を頼りにセレスタを探す。そのフロアの一室でセレスタとゴーストが戦っている姿が見えた。ゴーストはマレッタさんの姿を取り、消滅したはずの片腕が復活している。恐らく勇人やスタンの魔力を吸収したからだろう。
セレスタは防戦一方でひたすらゴーストの斬撃を避けているように見えた。それもそのはず、よく見ればセレスタは得物を持たずに丸腰のままゴーストと相対しているのだ。
ゴーストは容赦なく灰の洋刀を構え、セレスタに切りかかる。それを見切り、体を振って回避したセレスタは体躯を捻って回し蹴りをお見舞いした。しかし顔面に直撃したそれもゴーストにはまったくきいておらず、ゴーストの前蹴りがセレスタの腹部に直撃し床を転がる。
「セレスタ!」
ゴーストは追撃をしようと走り出し、そして同時に俺も駆けだした。
セレスタの前に立ち、ゴーストの攻撃に合わせて魔晶の短剣を引きだした。そうとう警戒しているのか、振り下ろされた刀をピタリと止め、後ろに飛んで距離を取った。
「和葉……、どうして」
「助けるために決まってるだろ!」
俺は走り出し、短剣をゴーストへ向け振るう。しかし、一切こちらに付き合わずに、ひたすらかわされる。
俺は思わず顔を歪めた。この短剣に触れると消滅するなら、受け止めずにかわせばいいだけのこと。圧倒的な身体能力の差がある以上それは可能だ。俺の持つアドバンテージは無に等しかった。
案の定、俺の攻撃はかすりもせずに、短剣を持つ腕を掴まれ、投げ飛ばされた。背がコンクリートの壁に打ち付けられ、凄まじい衝撃が内臓を波打つ。口から吐物をまき散らしながら、無様に床に倒れ込んだ。
「はああああ!」
いつのまにか再起していたセレスタが跳躍していた。魔装の長剣を顕現させ、全体重を乗せるようにゴーストの頭上めがけて振りかぶった。決死の一撃は虚しくも簡単に受け止められ、セレスタの魔装が光の粒となって消える。
セレスタは反撃を食らう前に横に飛び退くが、追尾するようにゴーストの刀が迫る。セレスタは咄嗟に体勢を低く落とし、頭上を灰の一閃が薙いだ。そして真横にあった柱を粉砕し、コンクリートの粉塵が激しく舞う。
視界が眩んだ隙にセレスタは俺の体を肩で支え、走り出した。階段を一つ降りて最初に見えたエリアに入り、柱の陰に腰を落とす。
「私が時間を稼ぐ。その隙に和葉は逃げて」
口から血が滴り、肉体は悲鳴を上げ、目も霞んでいる。それでもそんなことできるはずがなかった。この期に及んで一人で戦おうとするセレスタに荒んだ声が出てしまう。
「セレスタこそ逃げろ! ゴースト相手じゃ、まともに魔装を扱えないんだろ? 偽りでもあれはマレッタさんの姿をしているから」
「どうしてその名前を!?」
「あいつに乗っ取られたときにマレッタさんの記憶が見えたんだ」
そのときに初めて感じた魔力という感覚。それはまるで人の感情に似ていた。無限のグラデーションのある深い海のようなもの。そしてしっかりとそこにはマレッタさんという個を感じられ、その記憶と感情も感じることができた。
「とにかくこの戦いは不利すぎる。今は逃げて救援を待とう」
セレスタは無言でうつむいて否定の意思を示した。そして静かに口を開いて、
「今までの戦いで分かったことがある。ゴーストは人を乗っ取った瞬間にその体に適応するために数秒動きが止まる。そこが最大のチャンス。隙をみせたらあいつは間違いなく私の体を乗っ取ろうとしてくるはず。そこを狙って私の心臓を貫いて欲しい」
「なに言ってるんだ……、そんなこと――」
「もうそれしか方法がない。安心して、憑依者のダメージはゴースト本体も受けることは分かってる。あいつには回復能力もあるけど、一撃で仕留めれば大丈夫なはずだから」
「そんなことは聞いてない! 絶対にだめだ。マレッタさんだってそんなこと望んでない!」
セレスタは眉を震わせ、初めて怒りの表情を見せた。
「どうして? そんなこと和葉には分かるはずない! マレッタさんのことも、私がどんな思いをしてきたのかも!」
「ああ。全部が分かるなんて言わない。だけど確かに分かることもあった。俺もセレスタと同じだったんだ。俺のせいで姉さんは死んだんだから」
「え……?」
「いや、これは別世界の話だ。でもそれもちゃんとした俺の大切な記憶なんだ。自分のせいで大事な人を失わせてしまった悲しみは、その罪は途方もなく重くのしかかってくる。自分を追い詰めて、犠牲にして楽になろうとしてしまう。でも違ったんだ! 本当にやらないといけないことはその人のためにも全力で生きて、幸せになることだって。セレスタが教えてくれたことなんだ。俺はその言葉で救われた。だから今度は俺が――!」
爆音が響き、隠れていた柱が粉々に砕ける。恐らく追ってきたゴーストの仕業だろう。
でもなぜだろう。そんなことが気にならないくらい、自分の中に不思議な力強いなにかが溢れでてくるのを感じた。
俺とセレスタは引き合うように目と目を合わせる。
「俺を信じろ!」
手を伸ばし、セレスタはゆっくりと手を重ねた。
セレスタへの思いが、その激情が奔流となって体中を駆け巡る。これがきっと魔力と言われているものなのだろう。
それはまるで初めて外の世界へと踏み出し、光を感じ、空気を吸い、喜びのあまり駆け出したように溌剌とはじけだした。
青を帯びて生まれ落ちた魔力は手を伝ってセレスタに流れ出し、彼女の魔力干渉し合う。そして、眩い輝きが彼女を包んでいった。
煙の中から現れたゴーストは一つ雄たけびを放ち刀を大きく薙いだ。瞬間、巨大な碧色の光が沸き上がり発散したかと思うと、ゴーストの体が吹き飛んだ。そして辺りのコンクリートを蹴散らしながら、ついには壁を突き破り建物外へと落ちていった。
その輝きの方へ目をむけると、全身を澄んだ空の青にも、新緑の鮮やかな緑にも見える碧色のドレスアーマーに身を包んだセレスタが毅然と立っていた。
それは荒野に咲く一輪の花のように美しく、目を奪われた。
体が揺れだし、建物が崩れ出していることに気づく。セレスタはおもむろに俺の体を持ち上げ穴のあいた壁まで行き、二十メートル以上ある高さから飛び降りた。体が宙に浮き、俺は情けない声を上げるが、ほとんど衝撃もなく華麗に着地した。
「その姿は……」
「和葉、ありがとう。もう何も怖くない。なにも恐れない」
セレスタが手を前に出すと、巨大な詠唱陣が発現し、今までの魔装よりも一回り大きい碧色の長剣が顕現した。
セレスタの視線の先には地に伏し、立ち上がろうともがいているゴーストの姿があった。ゴーストは力を抜いたように動きを止めたかと思うと、沸騰したように体を膨らませ、触手が何本ものたうち回る、巨大な灰の化け物へと姿を変えた。そして体を委縮させ、地を這うような声をあげると、触手の先端を針のように鋭く変化させ、セレスタへと射出させた。
しかし、それがセレスタに届くことはなかった。セレスタを包むドレスアーマーに阻まれ、全てがはじき返される。
ゴーストは唸りながら地面を抉り、弾丸のようにセレスタへと跳躍した。今度は触手を巨大化させ、人の何倍もある巨腕がセレスタにたたきつけられる。
空気を揺らすほどの凄まじい衝撃に思わず目を伏せ、防御姿勢を取る。
恐る恐る顔をあげると、あろうことかセレスタは片手だけでその巨腕を軽々と受け止めていた。ゴーストは触手同士を束ねて槌のように体重を乗せて振り下ろした。轟音と共に土煙が舞い、セレスタの姿を見失う。わずかな静寂が訪れた時、衝撃音とともに土煙が爆ぜ、ゴーストの体が天高く打ちあがった。
セレスタは大地を蹴って碧色の光の帯を引きながらゴーストに迫っていく。
そして剣を一振り。その一閃はゴーストの体を真っ二つに両断し、空まで突き抜けた衝撃波は曇天をも切り裂いていた。灰となったゴーストは雲の切れ間から伸びた光に乗って天へ昇るように消えていった。
地面に着地したセレスタに駆け寄ると、力なく倒れ、俺の両腕の中に納まる。
「大丈夫か!?」
「大丈夫。魔力が切れただけだから」
俺はゆっくりと座ってセレスタの体を下ろし、頭を膝に乗せる。
「和葉の思い、魔力を通して伝わってきた。それとマレッタさんの思いも」
セレスタは言葉を慎重に大事に掬うように紡ぎ出す。
「マレッタさんは最後の最後まで私のことを思ってくれてた。自分の命がなくなった後でさえも。だからもう迷わない」
そう言ってセレスタはゆっくりと瞼を閉じた。暖かな光が一直線に俺たちを照らし、そこには大きな虹が架かっていた。
「報告は以上です」
「そうか、とにかくご苦労だったな。ゴーストが倒されたことでアルブ村の立ち退きの件もなくなったそうだ。スタンが礼を言っていたよ」
ゴーストを倒してから、一夜明けた朝。セレスタの家のリビングでヴィオラさんに事の顛末を報告していた。
「今回は本当に運が良かった。ゴーストに乗っ取られた者も奇跡的に全員無事だったそうだ。いや、これは和葉の力のおかげかな?」
「いえ、姉さんが力を貸してくれたんです。ゴーストを倒したのも結局はセレスタですし」
「そう謙遜するな。それにしても叡智の泉で和音に会ったという話には驚いたよ。和葉の記憶に関する件にも得心がいった。事情は複雑だが、和音の魔法を使えることは確かなようだ。どうだ、保安部で私の専属として働く気はないか。その力があれば大いに活躍できることだろう」
ヴィオラさんの真剣な眼差しに応えるようにその深淵のような瞳をしっかりと見据える。
「すみませんが断らせてもらいます。俺はセレスタの助けになりたいからオウルガードに入るんです」
ヴィオラさんはふふふと静かに笑った。
「そう答えると思っていたよ。和葉が傍にいてくれるなら安心だ。それじゃあ、このまま支援室で雇用続行ということでいいかな」
「はい、よろしくお願いします!」
「君には期待しているよ」
ヴィオラさんはどこか満足げな表情で立ち上がり、去ろうとした。
「あの、セレスタには会っていかないんですか?」
「ああ、いいんだ。看病はまかせたよ」
ヴィオラさんはそう言って出ていった。
俺はセレスタの様子を見るために部屋の前まで行き、ドアをノックする。少したっても返事がないので、そっとドアを開けるとセレスタは安らかな顔でぐっすりと眠っていた。
開いた窓から、陽気に光る風が太陽の匂いを乗せて吹き抜ける。すると、セレスタが目を覚まして寝ぼけ眼で辺りを見回してから俺に視線を落ち着かせた。
「ごめん、起こしちゃったかな」
「ううん。……私、夢を見てた」
「夢?」
「まだ小さい頃、私と和葉が楽しそうに遊んでる夢」
「それって……」
「和葉の魔力に触れた時、少しだけど一緒にいた時の記憶を思い出せたの」
「本当か!?」
「うん。とっても温かくて大事な大事な記憶」
俺がこの世界で暮らしていたことを証明できる証人がいる。そのことがとても嬉しく、ほっとした気持ちになった。
「あの、これからのことなんだけど」
俺はずっと伝えようと思っていたことを言おうと思い、少し緊張して居直る。
「前に言ってた真に平和な世界をつくるっていう使命を俺にも手伝わせて欲しいんだ」
セレスタは驚いた顔をしてなぜだか申し訳なさそうに俯いた。
「本当はね、そんな世界は存在しないのかもって思い始めてたの。いくら頑張っても私の力じゃ無理だって、夢物語なんだって」
「そんなことない! 姉さんが教えてくれたんだ。想いの力は世界を変える力なんだって。それにマレッタさんとだって約束しただろ? だから諦めるのだけは絶対だめだ!」
「うん、分かってる。和葉のおかげでもう一度頑張ろうって思えたの。ねえ、どうしてそんなに私のことを気にかけてくれるの」
「そ、それは」
俺はその答えに頭を沸騰させ、もうどにでもなれと吹っ切れる。
「それはセレスタが好きだからだ!」
きらめく雫が、セレスタの頬を伝った。あまりに予想外の反応に狼狽えてしまう。
セレスタは自分でも分かっていない様子で雫をそっと拭った。
「こんな気持ちすごく久しぶり。和葉、ありがとう!」
心を射抜かれるとはこのことなんだと知った。そこには世界一笑顔の似合う少女がいた。彼女の笑顔はそれほどまでに美しかった。
翌日、薄明の陽が淡く照らす部屋の中でセレスタは自分と和音が写った写真を眺めていた。そして、今まで隣に伏せられていた写真に手を伸ばし、優しく立てた。それはマレッタとセレスタが幸せそうに肩を並べているものだった。
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