悲痛の咆哮
明転したその先で目にしたのは、見知らぬ街の凄惨な光景だった。
視界に捉える景色はシュタットハイドに似た西欧風の街並みだが、どこを見ても半壊していて、あちこちで煙があがっている。
そして恐ろしいことにサーヴァスやオードス、その他にも様々な異形のニルゴートが眼前に群がっていた。
そこで自分の身に異常が起きていることに気づいた。体を動かせない。それに声もでない。いや、体は動いているのだが、自分の意思で動かせないというのが正解か。まるで誰かの体に乗り移り、視界を盗み見ているような感覚。そして不思議なことにその人物の感覚と感情がダイレクトに伝ってくる。
視界の主は魔装であろう洋刀を振りかざし次々とニルゴートを倒してく。視界の端に捉える服装や長い髪からオウルガードの一員であり女性ということが分かった。
そこに通りの奥から全長十メートルはある角を持った巨大な獅子のような一角獣が現れた。
こちらを睨み付け大気を揺らすような咆哮を上げると、角の先端が黒ずみ始め、徐々にその空間がひずんでいく。
一角獣が首を振ると同時、角から黒い光線が放たれた。それは破壊のエネルギー砲。辺りの建物を焼き消しながら高速でこちらへ向かってくる。
突然、目の前に六つの光の玉が現れ、視界の主を守るように六角形を作りそこへ電気の層を形成した。電気の盾はエネルギー砲をすべて受けきり、ゆらゆらとどこかへ飛んでいく。
「ヴィオラさん!」
その雷玉を操っていたのはヴィオラさんだった。
「マレッタ、油断するな。今はどんなニルゴートが出てきても不思議じゃない」
「す、すみません」
そこで視界の主の名前はマレッタということが分かった。俺は一体何を見ているんだ? ゴーストに憑依されてから俺の身に何が起きているというんだ。
突如轟音が響き渡り、数キロ先でかなりの広範囲で爆発するように上昇する光の柱が見えた。
「あの地点は死灰の王がいる場所!」
彼女は慌てた様子で近くに止めていたバイクにまたがり、
「ヴィオラさんここは任せました!」
「お、おい!」
そうしてマレッタさんは光柱が見えた地点に急いだ。女性の口元から白い息が上がる。季節が冬なのか、かなり気温が低い。そしてさっきの死灰の王という発現。もしかしてここは過去の世界なのか? そんな突拍子もないことを考えていると信じがたい光景が目に飛び込んだ。
「一体何が起きたというの……?」
光に覆われたと思われる地点の建物や木々がまるごと亜空間にでも消えたかのようになくなっており、数百メートルに渡って円状の更地が出来ていた。
しばらく走ると、彼女は何かに気づいたようにスピードを上げた。そこにいたのは地面に横たわる一人の少女だった。その姿に俺は目を疑った。
間違いない、少し幼く見えるがあれはセレスタだ。少し状況が分かってきた気がする。今までの情報を整理すると、恐らく死灰の王が現れた時点の、マレッタと言う女性の記憶を垣間見ているのだろう。
彼女はセレスタに駆け寄って肩をたたきながら声をかける。しかし、応答がなく息の有無と胸の動きを確認してすぐに心肺蘇生を始めた。これが過去の出来事だというならきっと助かるはずだ。そう思ったが、しばらく経ってもセレスタは一向に息を吹き返さない。
そんなはずは……。不安が募り、自分ではどうすることもできない歯がゆさにセレスタの名前を叫んでいた。
声帯が振るうことはなかったが、まるでそれに応えるようにセレスタは勢いよく息を吸いこんだ。
「よかった……」
何度か声をかけるとセレスタはゆっくりと瞼を上げた。その目は虚ろで、焦点が定まっていないように見える。そして徐々に呼吸が荒くなっていっているようだった。
「落ち着いてゆっくり息を吸って、もうすぐで救急隊がくるからそれまでの辛抱よ」
セレスタはただ空を見つめ、その目に映る何かに怯えている様子だった。それに耐えきれなくなったのか、「きゃあああああ!」と堰を切ったように悲鳴を上げ始めた。もはや発狂と言ってもいいほど体を暴れさせ、錯乱している姿は見ていられないほど痛々しかった。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
女性がセレスタの暴れる体を抱きしめるようにして抑える。
そこで視界がぼやけ始め、白い世界に包まれた。一体セレスタに何が起こったのか、誰がなんのためにこの景色を見せているのか。あふれる疑問と対峙していると、映画のシーンが切り替わるように突如、場面が転換していた。
どこかのビルの廊下に佇み外を眺めている。遠くに見える街の姿は凄惨だった。窓ガラスに映るその姿を見て、ようやくマレッタさんの姿を知ることができた。ロングヘアに優し気な顔立ちとその風貌。俺は驚愕した・間違いない、ゴースト本体が取っていた女性の姿にそっくりだ。でもどうして?
彼女は眉を落とし、無理やりエンジンをかけるかのように、一つ大きなため息をついて足早に歩き出した。そして廊下に並ぶ部屋の一室に入った。
「失礼します。先日言っていた報告書ができたので……、ヴィオラさん………?」
そこには椅子に座り背を向けたヴィオラさんがいた。窓から外を眺める姿からは哀愁が漏れ出ていて、近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
もう一度名前を呼んだところでようやくこちらの存在に気が付いたヴィオラさんは、驚いたように振り向いた。
「ああ、マレッタか。なんのようだ?」
「だから、報告書を……。あの、大丈夫ですか? なんだか顔色も悪いですし、ちゃんと寝られてないんじゃないですか?」
「ふっ、いくら私でもこの状況でスヤスヤと寝られる図太さはないさ」
「そういうことじゃなくてですね……」
「マレッタこそ疲れが顔に出てるよ。ここ数日ろくに寝てないだろ? ある程度落ち着いたら休暇を取ったほうがいい」
「休暇って、そりゃニルゴートが出ないんだったらいくらでも休んでやりますよ。それよりヴィオラさんに倒れられたら、そっちの方が一大事です。この街がなんとか保っているのはヴィオラさんのおかげなんですから」
「そうだな、少し休んだほうがいいかもしれん。ただ死灰の王が姿を消してからもう三日経つというのに、どうにも戦いが終わったような気がしなくてね。あの数日がまるで何年ものように長く感じたよ」
「なんからしくないですねえ。ヴィオラさんが感傷に浸ってるなんて」
「そうか? まあ……、そうだな。私たちはいつまでこんな惨劇を繰り返さなければならないのかと、ふと考えてしまってね」
「だからこそ私たちが頑張らないとですよ。ニルゴートの根絶はオウルガードの使命なんですから」
「ふっ、その通りだな。それで、報告書を届けにきたんだろ?」
「え、ええ。そうでした」
ヴィオラさんは報告書を受け取り、ざっと目を通すように一枚、また一枚と素早くめくっていく。そしてある所で目が留まったようで、ほうと息を漏らすようにつぶやいた。
「セレスタが死灰の王が消滅するところを見たと言うのは本当か?」
「はい。和音さんとの戦闘の末、あの光の爆発が起き、巻き込まれたすべてが消滅したそうです」
「そうか……。それでどうしてセレスタだけが無事だったんだ」
「それはまだ分かっておらず、調査中です。そういえばセレスタとはお知り合いだったようで」
「まあな。よく和音と一緒にいたから、私も顔を合わせる機会があったんだ。長い間彼女から譜術を習っていたようでね」
「そうだったんですね……。少し話しにくいのですが、この報告には少し問題がありまして、セレスタには精神疾患があると判断されています。それもただの精神疾患ではなく、魔力障害であると診断されています。ですので情報の正確さに欠けるところがありますが、例の光に巻き込まれた中での唯一の生存者ですので今はその言葉を信じるしかないといった状況です」
ヴィオラさんはワントーン声を低くして「うむ」と相槌をうち、
「マレウス病か。死灰の王の魔力を受けたとあれば当然か」
「はい。症状としてはよくある精神に影響を及ぼすタイプですが、かなり重度であれほどのものは見たことがありません。彼女はまるで死人のように何を言っても無反応で、自分の村が崩壊したことを知っても、眉ひとつ動かしませんでした。確認を取るのにも何時間もかけてやっと聞き出せたという感じで」
「そうか、ご苦労だったな。今はどこで治療を?」
「どこにも受け入れ先がなく、特別に私たちが抱えている医療室にいます」
「彼女の家族は?」
マレッタさんは首を横に振る。
「マレッタ、すまないがしばらくセレスタの面倒を見てやってくれないか」
「な、なんで私が! さっきは休みを取った方がいいって言ってたのにまた仕事が増えちゃうじゃないですか」
「まあそういうな。これは和音の頼みでもあるんだ」
「か、和音さんの?」
「ああ、自分になにかあればセレスタを頼むとしつこく言われていてな」
「それじゃあヴィオラさんが面倒を見ればいいじゃないですか」
「私にできると思うか? 私と違ってマレッタには親しみやすさもあるし忍耐力も人一倍ある。アルド人はなにかと難儀だからな。この件に関しては一番の適任だと私は思っているんだ」
ヴィオラさんは立ち上がり、マレッタさんの肩を叩いた。
「じゃっ、頼んだよ」
「じゃっ、じゃなくて!」
「頼りにしてるよ」
そう言い残してヴィオラさんそのまま部屋を出ていってしまった。
「いいように言って結局押し付けられただけじゃ……」
マレッタさんの細い声は淋しく部屋に溶け、その場面を最後にまた景色が切り替わった。
病院の一室が見える。そこにはベットの上で腰を起こして座るセレスタの姿があった。
マレッタさんが窓際まで行き、カーテンを開けると刺すような光が飛び込み反射的に目を細める。外には冬らしい蕭条とした景色があった。
「調子はどう? 怪我はどんな感じ?」
「……」
「まーたご飯のこして、ちゃんと食べないと治るものも治らないよ」
「……」
「お姉さんがあーんしてあげようか?」
「……」
全てを無言で返すセレスタにマレッタさんは肩を落として、ベッドの脇にある丸椅子に座った。死人のように正面の壁をじっと見つめるだけのセレスタにマレッタさんは打つ手なしといった具合でしばらく無言の時間が流れた。
「ねえそれ、なんとなく見覚えがあるんだけど、もしかして和音さんが持ってた物?」
視線の先には例の魔晶の短剣があった。マレッタさんが近づくとセレスタはそれを守るかのように身を屈めて握りしめた。
「そう、とても大切なものなのね」
「大切……? よく、分からない」
セレスタの反応に糸口を見つけたようにマレッタさんは会話を繋ぐ。
「それは和音さんにもらったもの?」
セレスタは頷く。
「よかったらその時のこと教えてくれないかしら」
セレスタは答えることなく、頭を沈ませた。
「それじゃあ、なにか和音さんとの思い出とかあったら聞かせてくれないかしら」
「私は、私は……。分からない……、分からない分からない! 何も残ってない。何も、感じられない」
心の中を探るように両手を胸に押し当て、空っぽだったのに気づいたのか、その絶望を受け入れるようにだらりと力を抜いた。それを見たマレッタさんは慈悲深い表情を湛えてセレスタの隣に座り、そっと手を握った。
「今はそれでいい。焦らなくていい。あなたの中の大切なものは失われてない。私が保証するわ。だってそうじゃないとそんな顔できないもの」
セレスタは徐々に荒げた息を落ち着かせていった。そのとき、突然病室の扉が勢いよく開き、誰かが入ってきた。
「あなたたち……」
そこには依茉と勇人がいた。
「セレスタっ!」
依茉がセレスタの顔を見るなり駆けだしてセレスタを抱きしめた。
「よかった。無事だったのね。もう、ほんとに心配したんだから!」
「ああ、全然面会させてくれなかったから、すげえ心配してたんだぞ」
セレスタは無表情で二人の顔を凝視し、名前をゆっくりとなぞるように口にする。そして恐る恐る依茉の腕をとった。依茉は何かを察したように眉を震わせ、堰を切ったかのように泣き出した。
そこで景色が遠のき、マレッタさんの記憶が直接脳に投影されるかのように流れ込んできた。それはセレスタとの日々の記憶だった。
毎日のようにセレスタの元へ通い、その日にあったことを話す。セレスタはいつも黙ってそれを聞いていた。マレッタさんにとってその時間はとても穏やかでいて、不思議と心温まるものだった。
そしてマレッタさんとの時間はセレスタにも確かな変化をもたらしていた。
寒さが緩み、冬が終わりを見せ始めた頃、木々が色づいていくように、セレスタの表情にも色が見えるようになっていた。
「じゃーん! これなんだと思う?」
いつものように病院に訪れたマレッタさんは取っ手の付いた紙の箱をセレスタの前に差し出した。
セレスタは穴のあくほどじっと見つめた後、それを受け取った。
そして箱を開くと中にはショートケーキが入っていた。
「退院おめでとう祝いー! セレスタが甘いものが好きって聞いたからこれなら食べてくれると思って」
セレスタはケーキと一緒に入っていたプラスチックのフォークを取り出し、初めて見たかのようゆっくりと一口食べた。
「おいしい」
セレスタの表情にマレッタさんは柔らかな笑みを返す。
「それでね、退院した後の話なんだけど、どうしたいかっていうのを聞いておこうと思って」
「どうしたいか? 私は……、分からない」
「やりたいことはないの? なんでもいいのよ、例えばどこかの学校へ行くのもいいし、そうだケーキが好きならパティシエになるなんてどうかしら――」
「私はアルド人だから」
マレッタさんは自分の失言に気づき、どこまでも不条理な境遇を抱えてもそれを受け入れているセレスタを前に、心が押しつぶされそうになった。そしてマレッタさんの中である決意が芽生えた。
「それじゃあ、とりあえうちに来なさい。まだまだ人生長いんだからゆっくり休みながら決めればいい」
「……いいの?」
「もちろん。セレスタが嫌だって言っても家へ連れて帰るわよ」
「……ありがとう」
マレッタさんの中に驚きと歓喜の感情が沸き上がった。その言葉を言われたのは初めてだった。それはセレスタが感情を取り戻しつつある証拠だった。
それから二人の共同生活が始まった。出会った頃は一人で食事をするのもままならなかったセレスタが、家事をこなすようになり、時折、外へ散歩へ出て体を動かすまでになった。いつしかマレッタさんの中に親心のようなものが芽生え、それは変哲のない日常だったが、とても充実した生活だった。
そんなある日の晩、突然話があると呼び出された。覚悟を決めたように言われた言葉は、「自分の村に行きたい」だった。
セレスタに何かを頼まれたのは初めてだった。その意味を理解したマレッタさん噛み締めるようにただ頷いた。
春の麗らかな日の正午。村に着いた二人が目にしたのは、村の悲惨な姿だった。家々は破壊しつくされ、草木はニルゴート魔力によって根絶したかのように枯れつくしていた。
しばらく周りを歩いて、セレスタはふと足を止めた。
「ここには、大切なものがたくさんあった」
「セレスタ……」
「和音さんに譜術を教えてもらってたのはみんなを守りたかったから。でも、全部無駄だった。結局私はなにもできなかった」
変わり果てた村を前に立ち尽くすセレスタはどこまでも悲痛だった。マレッタさんは目を細めかける言葉を探すが、そのどれもが空虚なものだった。
彼女は覚悟を決めたように身を引き締めた。そしておもむろに距離を置き、魔装の洋刀を顕現させた。
「セレスタ、勝負よ」
「え?」
「来ないなら私からいくわよ」
困惑するセレスタにマレッタさんは問答無用で刀を叩き込む。セレスタは身を守るために咄嗟に翠色の長剣を顕現させ、迎撃した。
「マレッタさん!?」
それ以上の言葉を発する暇も与えないほど、マレッタさんは連撃を浴びせる。
セレスタは迷いのある剣ながらにも全てを的確に捌いていくが、いくら受けても攻撃は一向に止まない。やがてマレッタさんが本気なのを悟ったのか、その表情を覇気を込めたものに変えていった。
セレスタの一撃が重くなり、速くなる。そして交差した刀剣からの次撃が、マレッタさんの剣速を超え、切っ先が伸びるようにマレッタさんの首筋へと迫った。
そこで二人はピタリと動きを止めた。マレッタさんは魔装を解き、セレスタを抱きしめていた。
「あなたがしてきたことは決して無駄なんかじゃない。私も大切なものを守りたくてオウルガードになった。けど、いくら必死になっても守れなかった命がたくさんあった。でも、だからこそ強くなれたし、もっと多くの戦う理由ができた」
セレスタは唇を噛んでマレッタさんに体を預けた。
「ねえ、セレスタ。オウルガードを目指してみない?」
セレスタの双眸が大きく揺れた。
「でも私は……」
「大丈夫。セレスタには力がある。だから私がなんとかしてみせる」
青雲からのぞいた陽光が柔らかく二人を照らす。全てを平等に照らす太陽も今だけは二人のためだけに注がれているようだった。
「ねえ、お願い! そこをなんとか!」
マレッタさんの声が響いた。場面は変わり、喫茶店カトレアで対面しているのは困り顔のヴィオラさんとそれを見守るように隣に座る紗良さんだった。
「セレスタの実力は本物よ。それに才能もある」
「そう言われても局のお偉いさんがなんて言うか」
「セレスタの譜術士として素質を見せつければきっと大丈夫ですよ」
ヴィオラさんは変わらず渋い顔を続ける。そこへ助け舟を出すように紗良さんが、
「考えてあげてよ。私も境遇は彼女と変わらないけど、今となってはオウルガードに頼られているんだし」
「それは特別な譜術があるからであってのことだろう?」
「あら、話を聞く限りセレスタさんもかなり特殊だと思うけど。死灰の王が消滅した光の爆心地から唯一生き残り、重度のマレウス病からも驚異的な回復を見せている。相当な魔力量がないとそうはならないと思うけど」
「それにいつも言ってるじゃないですか。今のオウルガードは壊滅的なほどに人員不足だって」
「……はあ、分かったよ。そこまで言うならなんとか掛け合ってみよう」
「ヴィオラさん!」
マレッタさんは勢いよくヴィオラさんに抱きついた。
「お、おい、やめないか」
テーブルに置かれたコーヒーカップが大きく揺れる。ヴィオラさんはまんざらでもない様子で、紗良さんは二人を微笑ましく眺めていた。
「カンパーイ!」
「みんなよく頑張ったね。今日はお姉さんからのおごりよ!」
マレッタさんにそう言われて、依茉と勇人は歓喜の声を上げる。
今度の場面は焼肉屋のようで、なにやら祝杯をあげているようだった。
「それにしても全員合格でオウルガードになれるなんて思ってなかったな」
「私とセレスタは余裕だったのよ。心配だったのはあんただけ。ね、セレスタ」
隣に座るセレスタはコクリと頷いた。
「なっ! セレスタまで! さすが和音さんの一番弟子はわけが違うな」
「何言ってんのよ。同じくらい私たちも教えてもらってたでしょ。これはセレスタの実力なの」
「いーや、もし一番弟子だったら俺の実力はこんなもんじゃなかったね」
「なーに調子乗ってんの。額に風穴あけるわよ」
「ふっ、ふふふ」
マレッタさんと依茉、勇人が驚いたように一斉にセレスタの方を見る。それはセレスタがマレウス病を患ってから初めて見せた笑顔だった。
「細かいことはいいのよ。今はみんなで祝いしましょ!」
依茉と勇人が馬鹿話をし、時に言い合いを始める傍らで、セレスタは小さく笑みを浮かべていた。
冷ややかな雨が肌に触れるたび、ほんの少し自我が残っていることに気づく。目の前には歯をきしませて、長剣を構えるセレスタが立っている。
雨の激しさが増し、大地が黒く染まっていく。一方で頭の中は灰色に染まり、浮き出した破壊衝動だけがそこに残っていた。
もはやその感情に逆らうことはできない。こちらも魔装の洋刀を握り締め、憎たらしいほどに輝いて見える魔力の塊へと向かって得物を振るった。しかし、相手は簡単には壊れてくれない。光輝くものの中にあるものはいったいなんなのだろう。どうしてそんなに震える魔力で戦っているのだろう。剣を交えど交えどその答えにはたどり着かない。
破壊衝動が膨れ上がり、自分の刀が相手の心臓を捉え、欲望の先へ差し迫った時、突然体が動かなくなった。意識が押しのけられていく。
「マレッタさん!」
「来ちゃだめ! 私を……切りなさい……、私の意思がまだあるうちに……!」
セレスタは今にも泣きだしそうな顔で首を横に振った。
「おね……がい。分かるの、こいつは……私が死ぬまで離れるつもりはないって。被害が大きくならないうちに……!」
「そんなのできない!」
「セレスタ……、これはオウルガードとしてやらなければいけないこと」
その言葉を最後にマレッタさんはガクリと頭を垂れ、刀を大きく横に振るった。
セレスタは潤んだ瞳をはっとを見開き、自分を奮い立たせるために大きく喉を震わせた。
鮮血が辺りを赤く染める。セレスタが切り上げた剣はマレッタさんの腕を切断していた。甲高い声が上がり、灰の塊がマレッタさんから這い出て素早く逃げだした。
ぐったりと力なく倒れるマレッタさんをセレスタは抱き留める。止血しようと自分の服を切り裂き、腕に巻いていく。溢れ出した鮮血は溢れ出る度に雨に洗い落とされ、何もなかったかのように地面に消えていく。まるでその罪を、流れる涙を隠すように。
「そんな顔もできるんだね……。最期にもう少し近くで顔を見せて」
「最期なんかじゃない! あきらめちゃだめ、救護がくればまだ――」
マレッタさんはそっと優しくセレスタの顔を撫でた。
「長い間あいつに体を乗っ取られすぎた。私はもう助からない」
「そんなの……そんなのないよ! まだ何も恩返しできてないのに……、マレッタさんのおかげで大切な気持ちを思い出せたの。忘れちゃいけないことたくさん。だから……、だから!」
「その気持ちだけで十分。ほんとはね、セレスタがオウルガードになったとき、少し後悔したの。だってこんな危険な世界に身を置かせることになるんだもの。でも間違いじゃなかった。目指すものがある限り、私がいなくてもきっと平気」
肩を震わして涙をためるセレスタにマレッタさんは淡々と続ける。
「だからみんなを守って。私が保証するわ。セレスタなら絶対に平和な世界を実現できる。いやそれはセレスタだからこそできること」
全身から力が抜け、マレッタさんは静かに目を閉じた。だんだんと感覚が鈍くなり、次第に何も感じられなくなった。
意識が落ちる直前に耳を震わせたのは、天高く昇るセレスタの悲痛の咆哮だった。




