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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
20/25

再戦

 時刻は午前七時。天気は曇り、気温は十八度。スマホの画面を閉じて、再びベッドに体を預ける。


 昨日はなかなか寝付けず、遅くまでスマホで調べ物をしていたせいでまだ眠たい。しかし、おかげでいろいろと分かったことがあった。まずこの世界の文明の発展は記憶の世界と同等だということが分かった。スマホの普及やネットの類、インフラに至るまで調べた限り同じだ。


 そして世界に存在する国に関しても全く同じだった。ただ、その中の地名や辿ってきた歴史は全くといっていいほど違う。まあ、ニルゴートなんてものがいれば違ってもくるだろう。


 ざっくりとだが、ニルゴートについても調べてみた。初めて確認されたのがおよそ三百年前。やつらは亜空間(ボイド)という次元の歪みを作り、そこから湧いて出るように出現するらしい。


 定説では魔力の集合体として考えられており、叡智の泉から現れる、アルド人の魔力によって現れる、三百年前に何者かによって作られたなど様々な説があり未だにその所出は分かっていないとのこと。


 そして日本については驚くほどに異なる歴史を辿っていた。ニルゴートが出現した当時、譜術の広がりと共にオルセウスを神格化し、彼を信仰する宗教が全世界で瞬く間に広がった。


 問題はオルセウスの死後、初の吟遊詩人(バード)が日本で誕生したことだった。その名をメシダと言い彼をオルセウスの生まれ変わりだと信仰する人が大勢現れ、その流れは海外にも広まっていった。そして、異文化異邦人の多数流入によって日本は変わっていった。メシダは炎を操る吟遊詩人(アリア)であり、強大な力を持っていた。やがて信仰者によって権力を得て、それを誇示するようになった。彼は信者と共に日本を統治しようとし大規模な内乱がいくつも起きた。


 そこで最も大きな対抗勢力だったのがアルド人だった。彼らは魔力を行使することに長けており自分たちの地を守り続けてきた。しかし、その容姿と強力な魔力を持つことからニルゴートはアルド人によって生み出されるとされるようになった。市民の怒りは彼らへと向き、弾圧されるようになった。そうしてアルド人はその数を急激に減らしていくことになる。


 しばらくの間吟遊詩人(バード)は強固な権力をもっていたが、世界各地でその存在が確認され始め、一時期は日本にも百人以上の吟遊詩人がいたとか。そうしてその希少性が失われ、彼らの権力は弱まり、幾度もの政権交代によりアルド人は徐々に人権を取り戻していった。それでも差別意識は根強く残り、未だにニルゴートの元凶だと信じる者は多い。


 ここまで調べたことを整理して反芻してみると、さまざまな文化が入り混じった日本の有りようも大分納得することができた。


 ちなみに吟遊詩人や譜術士はここ百年で大幅に減少しているらしく、科学の発展により、叡智の泉と繋がる力が衰えている説が有力とされているが詳しいことは分かっていないそうだ。 


 そろそろ起きてセレスタにこれからの予定を聞こうと思い、部屋を出てリビングに降りる。セレスタは見当たらず、部屋をあたってみるもいない。ふと庭に出るガラスドアの方に目をやると外にセレスタの姿が見えた。


 何をするでもなく縁側に立ち、灰色の空を見上げる姿は、まるでこれから起こることを案じているようだった。俺がドアを開けて隣に立っても、セレスタは憂う表情でじっと空を見つめている。なにかあるのかと俺も真似て空を見てみるが、鉛を張ったような厚い雲が広がっているだけだった。


「昨日はありがとう」

「え?」

「ゴーストを探すの手伝ってくれて」

「いや、いいんだ。戦闘面はセレスタに任せっぱなしだし。俺もその魔装ってやつを使えたらいいんだけどな」

「練習すればきっとできる。和音さんの弟なら才能はあると思うから」

「そ、そうかな」

「うん。でもまずは魔力を体内で循環させて身体能力を上げる基本の魔力操作から覚えたほうがいい」

「初っ端からすげー難しそうだな……。まあ時間がある時に教えてくれ」

 セレスタは一つ頷いて、おもむろに腰にさげていた短剣を収めた剣帯を差し出してきた。


「これ、和葉に持っていてほしい」

「これって」

 それは最初にゴーストと戦った時に、偶然にも手にした短剣だ。


「これは魔晶で作られた短剣。昔、和音さんから貰ったもの。ここまで大きくて不純物が少ないものはなかなかない」


「そんな物もらっていいのかよ。姉さんから貰ったってことは大切なものなんだろ」


「うん、とても。でも、きっと和葉が持ってた方が役立たせられると思うから」


 セレスタは俺の手を取って、有無を言わさず渡してきた。短剣を抜いて見てみると、それは生きているかのように青くきらりと煌めいた。


「ありがとう、大事にするよ。それで、今日はどうするつもりなんだ?」


「今日は勇人が街の方へ行ってるから、村にいるつもり。ゴーストが戻ってきている可能性もあるから」


「そっか。まあ、なんとかなるさ。もしかしたら今頃オウルガードに倒されてるかもしれないしな」


 セレスタの憂鬱な表情を晴らすために強がってみるも、「うん」という乾いた返事が返ってきただけだった。


「そ、それじゃあ見回りにでも行くか」

 そう提案した時、俺とセレスタのスマホが一斉に鳴った。そこにはニルゴート発生の文字。そしてセレスタには電話がかかっている様子だった。

「うん、分かった。すぐ行く」

 短い会話を終え、

「ゴーストが出た。すぐそこの廃墟街。勇人もいる」

「ほ、ほんとか!」

 ゴーストが見つかった安堵と緊張感が一気に押し寄せる。すぐにセレスタの魔装のバイクの乗りゴーストの元へと急いだ。




 廃墟街を走っていると、異変はすぐに現れた。俺が最初に目を覚ました廃屋にかなり近い場所。当然元から損壊のある建物が並んでいるが、ところどころで色褪せていない生傷が増えている。それはニルゴートが現れたことを物語っていた。


「あれは⁉」


 廃街の中程まで行った丁字路を曲がったその先に現場は現れた。


 戦闘はすでに行われた後らしく、オウルガードと思われる四人の人物があちらこちらで地に伏し、苦悶の表情を浮かべている。そしてそこには勇人も見え、臨戦態勢といった具合に魔装のガントレットを着けていた。


 しかし様子がおかしい。勇人と対峙するようにスタンが立っており、彼の瞳はどこか虚ろで、正気を失なっているように見える。俺達に気付いた勇人は一瞬こちらを振り向き、警戒を解かないようにまたスタンに向き直った。


「和葉も一緒か。見ての通りかなりまずいことになっている」

「まさかスタンが」

「ああ、ゴーストに乗っ取られている上に他の部隊が応援に来るのにはまだ時間がかかる。状況は最悪だ」 

「私たちで倒せば問題ない」

「簡単に言うな。ゴーストの力は憑依者に依存する。かなり厄介な相手だ」

「力を合わせれば勝てる」

「ふっ、そうだな。いつか一発殴ってやりたいと思ってたんだ」


 セレスタは魔装の長剣を顕現させ、二人は同時に走り出して挟み込むようにスタンに迫っていく。左からは翠色の長剣が、右からは緋色のガントレットが空を裂きながらスタンに肉薄する。


 しかし驚くことに、スタンは軽々しくそれを片手ずつで受け止め、腕力だけで押し返した。セレスタと勇人は一旦引いて体勢を立て直す。よくみるとスタンの腕を覆うように勇人と同じような灰色のガントレットを身に着けていた。


「くそっ。人の真似ばっかりしやがって」


 ゴーストは人の体を乗っ取るだけじゃなく、見たものを真似て戦闘に応用することもできるのか。


 スタンは勇人に飛びかかり戦闘を仕掛けた。拳と拳の肉弾戦が目にも留まらぬ速さで繰り広げられ、弾丸のように伸びるガントレット同士の衝突に何度も空間が爆ぜる。


 その隙にもセレスタはスタンの背後に回り、一瞬でも気が許せない二人の戦いの狭間に長剣が振り下ろされた。しかし、本来回避できるはずのない意識外からの攻撃はスタンの凄まじい反射神経によって受け止められる。しかし、それによって勇人への対応がおろそかになるのは当然のこと。


「おらッ!」


 勇人の強烈な一撃が、スタンの腹部に直撃しコンクリート壁へと吹き飛ばした。


 白煙が立ち、その行方に固唾をのむ。やがて煙が晴れ、姿を現したスタンはあろうことか全くの無傷だった。


「確かに手ごたえはあったはず……」


 スタンの腹部からはスライムのような灰色の物体が湧き出しており、どうやらそれが攻撃を受け止めたようだった。彼はゾンビのように上体をだらんと下げ、突然魔装の両手剣を顕現させた。


「まずい。ゴーストの憑依が深刻化している。このままじゃ流石にスタンさんの体がもたない」


 スタンは機械仕掛けのように顔を上げ、猛スピードで勇人に襲いかかった。勇人は左のガントレットで剣撃を受け止め、右の拳で不可避のカウンターを入れようとする。勝機へ繋がる一撃のはずだったが、スタンの胸部から先のと同じ軟性の物体が湧いて現れ、勇人の拳を受け止めたそしてそのまま腕を覆うように侵食していった。


「ぐああああああ!」


 勇人が悲痛の声を上げる。


「和葉! 勇人を!」


 そう言ってセレスタがスタンに飛び込んだ。


 あまりに異次元の戦闘に足を石にしていた俺はその声によって呪縛が解けたかのように走り出した。 

 スタンはセレスタの一刀を避けるために勇人を放し、大剣で迎撃する。セレスタの吹っ切れたような大胆な剣技の連続にスタンは後ずさっていく。セレスタが時間を稼いでいる隙に俺は勇人を抱えてその場から離脱する。


「勇人! おい! 大丈夫か!」


 返事がない。しかし息はちゃんとあるようで命に別状はないみたいだ。俺は頭の中で必死に考えを巡らせる。この状況で俺ができることはなんだ? 俺のすべきことはなんだ?


 その間にもセレスタとスタンの攻防は続く。前回はセレスタの魔装がスタンの魔装を破壊していたが、今度はそうもいかないみたいだ。おそらくゴーストによって魔力が強化されているのだろう。それだけでなく明らかに俊敏さや力の強さもが上がっており、厄介なことにスタンの戦闘技術までも駆使している。しかし、セレスタはそれに引けを取らずくらいついていく。それどころかまるで研がれるたびに鋭さを増す刃のように、セレスタが剣を振るたびに剣筋が鋭く、速くなっていく。それは読み合いを超えた純粋な戦闘力をぶつけ合う闘いへと昇華され、極致に達したセレスタの一撃はスタンの大剣を吹き飛ばした。勝利は目前かと思われたその時、

「ッ!」

 唐突にセレスタの動きが制止した。


 スタンは糸を切られた傀儡のようにその場に倒れ、そこから灰色の物体が湧くように這い出てきた。それは徐々に形を成し、村で見たものと同じ女性の姿へと形を変える。


 それを目にしたセレスタの動揺は異常の思えた。完全に動きを止めたセレスタは魔装までも手放していたのだ。


 そこからは一瞬だった。ゴーストは体を伸ばしてセレスタを覆いこみ、吸い込まれるように体に入っていった。


 しばらくの間動きを止め、セレスタはゆっくりとこちらを向いて、魔装の長剣を顕現させる。

「そんな、まさか……」


 残ったのは俺一人、それに加え相手はセレスタ。考えうる最悪の状況だった。虚な目をしたセレスタは剣を構え、今にも戦闘を仕掛けようとしている。


「にげ……て」


 微かに彼女の声が聞こえた。その瞬間、俺は反射的に走り出していた。


 セレスタから譲り受けた魔晶の短剣を取り出し、感覚がなくなるほどに強く握りしめる。セレスタを救いたいその一心でただがむしゃらにセレスタへ元へ駆ける。突き出した短剣は当然のごとく空振り、セレスタの強烈な蹴りが横腹にクリーンヒットした。


「うがぁァ!!」


 受け身も取れずに何度も地面に殴打される。これまでに感じたことのない肉が潰れるような痛みが襲い、呼吸すら困難になる。


 それでも、俺はもう一度短剣を握りしめた。ニルゴートが魔力からなる存在だとすれば、セレスタの譜術にも俺の力は有効であるはずだ。しかし、攻撃が当たらなければ意味がない。ならば。


 再びセレスタの懐へと飛び込み、あえて攻撃が仕掛けられる空白の間をつくる。当然、俺を仕留めるためにセレスタは長剣を振ってきた。


 イチかバチかの賭け、セレスタの剣を受け止められなければ終わりの作戦。しかし、攻撃ではなく防御でないとセレスタに触れられる可能性はゼロだ。


「うおおおおおおおお!」


 それを可能にしたのはセレスタを助けたいと思う執念。俺はセレスタの攻撃を受け止めることに成功し、得物同士が衝突した瞬間、長剣が跡形もなく消滅した。先に動き出したのは俺の方だった。動揺からできた一瞬の隙を捉え、体を射出する。


 鮮やかな青の輝きを放った魔晶の短剣がセレスタの胸の中心へと触れた。その瞬間、セレスタは動きを停止し、煙が吐き出されるようにゴーストの本体が姿を現した。


「なっ!」


 気づいた時にはもう遅かった。そのまま灰色の物体は吸い込まれるように俺の体に這い入った。その途端に自分ではない感情が外から注入されたかのように体の中へ溶けだし、急速に浸食していくように広がっていった。そこにあったのは恐怖、不安、憎悪、そして欲望。抗う術はどこにもなく、どうしようもなく黒い感情が俺の全てを支配していく。


「ぐっ、あぁ……!」


 すでに体はいうことは聞かず、熱に浮かされたように漏れ出る息を出すことしかできない。

 微かに聞こえてくる俺の名を呼ぶセレスタの声も完全に消え失せ、意識は突然足元に奈落の穴が開いたかのように急速に落ちていった。




 どこまでも続く闇は底なし沼のように終わりがなく、際限なく暗黒をさらに暗く染めていく。その先にあったのは己の認識すら曖昧にするような虚無の世界だった。


 無が重なる何もない世界。そこにやつはいた。ゴーストと呼ばれる化け物が何かを探し求めるようにじっとこちらを見つめている。


「お前は一体何者なんだ。 お前だけじゃない、お前らニルゴートの目的はなんなんだ! どうして人を襲う!」


 分かっていたが、俺の質問に答える気はないらしい。ゆっくりと近づいてくるニルゴートに俺は後退りをする。


「ッ!?」


 突如ゴーストの体から灰色の手が何本も伸び、体に絡みついてきた。そのうちの一本の手が俺の首を鷲掴みにして喉を締め付ける。


「ぐっ! ぐがっ!」


 息ができなくなり、体もがんじ絡めにされて身動きが取れない。意識が遠のき、これ以上はもう持たないと死を悟ったとき、後方から眩い光が差した。


「っぎぃがぁ!?」


 ゴーストは悲鳴を上げるとともに身悶えし、その腕をのたうち回らせる。開放された俺の体はそのまま地面に落ち、必死に空気を取り入れる。何が起こったのかと振り返ると、そこには直視できないほどの輝きを放つ光の塊があった。


 それはとても温かくて優しく、どこか懐かしさを覚える光だった。それは一気に大きさを増して闇を包み込み、この世界を白く染め上げていった。

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