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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
2/22

夏の夢-2

「ねえ……、ねえってば……。和葉!」

 聞きなじみのある声に導かれ、我に返る。

「うわっ!」

 突然目前に現れた顔に驚いて、思わず声を上げてしまう。そこには銀色の髪に、琥珀色の目をした女の子が、不満と不安を織り交ぜた眼差しでこちらを見つめていた。


「そんなに驚かれると傷つくんだけど、まさか幼馴染の顔を忘れたわけじゃないでしょうね?」


 そう言いながら、肩上まで伸ばした髪を揺らしながらぐっと腰を曲げて顔を近づけてくる。彼女が前髪に着けている青白い小さな水晶が付いた髪留めが、俺を責めるようにキラリと光った。


「小さい頃から見飽きるほど見てきた顔を忘れるわけがないだろ」

「見飽きるとはなによ! ほんと失礼しちゃう」

 彼女はセレスタといい、小学生の時からの幼馴染だ。彼女の人懐っこさが縁を繋いでもう十年来の仲だ。いつも元気が良い彼女だが、最近さらに威勢が良くなってきている気がする。


「なあ、それより今、外に何かが……」

 再び窓から外を見てみるが、特別おかしな所はなく、普段通りの景色が広がっている。


 さっきのは一体なんだったんだ。最近の疲れもあってかやはり幻でも見ていたのだろうか。それにいつの間にか授業が終わっていて、束の間の自由を手に入れた生徒たちが教室や廊下などの思い思いの場所に仲間内で集まり、談笑する声で縦横無尽に校内を賑わせていた。


「ちょっと大丈夫? 何回声をかけても上の空で返事がないし、あと一回無視されたらビンタでもくらわせようかと思ってたところなんだから」


「ほ、本気じゃないよな?」

「さあ」と返すセレスタの顔は至って真面目で、こいつなら本当にやりかねないと思い、頬が若干ひきつる。


「それより私に渡すものがあるんじゃないの」

 渡すもの? はて、何か借りていただろうか。必死に頭を巡らせた結果、先週昼飯を忘れたときのことを思いだした。


「あー、前借りた昼飯代か。まだ返してなかったっけ」


「違う! いや、それもそうだけど。昨日貸した宿題、まだ返してもらってないんだけど」


 そうだった。今日提出の宿題を借りていたが、あまりに思考停止で写していたもんだから忘れていた。さっそく鞄の中を探してみるがそれらしきものが見当たらない。確かに家で宿題を終わらせた記憶はある。しかし、肝心のその後の記憶が曖昧だ。机の中もまさぐってみるがどこにもない。うむ、これはまずいことになった。


「和葉……? まさかとは思うけど、忘れてきてない?」

「えーと……、多分……、そのまさかです」

 セレスタは「あんたねぇ」と吐くように言いながら、拳をぎゅっと固めていた。


「お、落ち着けセレスタ。その拳はなにも問題を解決しないぞ!」

「本当にそうか今から確かめてあげる」

 俺はわざとらしく遠い目を向ける。


「セレスタ、俺は悲しいよ。昔はこんなに暴力的じゃなかったのに、どこで育ち方を間違えてしまったんだか」


「ちょっと、誰目線? それに安心して、暴力的なのは和葉に対してだけだから」

 どこか得意げな表情でそう言ったセレスタは、この借りは高いんだからと言って鼻を鳴らした。


「相変わらず仲いいなー、お前ら」

 そう言って横から入ってきたのは、小学校からの仲で幼馴染第二号である勇人だった。


 短髪が似合った端正な顔立ちをしている彼は、女子からの人気はもちろん、悠々としていて、かつ陽気な性格から男からも好かれるという俺とは似ても似つかないタイプの人間だ。それでもなぜか気は合うようで、勇人とは親友と呼べる間柄だ。


「親しき中にも礼儀ってものが必要だと思うんだけど」

 そういってむくれているセレスタを横目に勇人が神妙な顔で切り出した。

 

「それより聞いたか? 今日から全部の部活が休止だってよ。授業が終われば即帰宅らしいぞ」


「どうして急に? テスト期間でもないのに」

 全部活が休止なんてよっぽどのことがない限りはならないはずだ。原因は何かと最近あったことを頭の中で巡らせてみる。


 そういえばと口を開こうとした時、セレスタが割り込んできて、

「あれでしょ、このへんで行方不明者が多発してるってやつ。昨日も大々的にニュースでやってたし。ほんと最近の世の中は物騒だよね」


 俺はやっぱりその件かと納得した。ことの始まりは一ヶ月ほど前、近くの高校生3人グループが行方不明になる事件が起こり、数日は学校内でもかなり話題になった。


 そして昨日、近隣でまた行方不明者が出たのだ。警察は事件として扱い、同一犯の犯行として調べているらしいが、今のところ犯人の手掛かりは一切なく捜査は困難を極めているとか。拉致事件なんて自分には関係のないことだとたかを括っていたが、こうなると現実味を帯びてきた気がしてゾッとする。学校がこういった対応をするのも周りからの声が多くあったからなのだろう。まあ、部活に関してはどこにも所属していない俺には関係ないことだが。


「なんでも、ここまでの騒ぎになって犯人の足取りが全く掴めてないのは、犯人がこの世のものじゃないからだとか、宇宙人の仕業だからだとかいう噂が流れているらしいぜ」

 勇人がまるで怪談を話すかのように抑揚たっぷりに言う。


「あーいるいる、そういうなんでもオカルトと結びつけたがる人。そんなわけないし、勇人も面白がらないの」 


「ったく、セレスタは真面目だなー。なあ和葉」

 勇人にそう振られて、さっき見た灰色のなにかが脳裏をよぎった。

「この世の者じゃない……、案外的を得てたりしてな」

「もう、和葉までそんなこと言って……」

「いや、今回のは本当にそうかもって。一か月も経って見つからないなんて、そういう可能性があっても不思議じゃないレベルだろ?」


 これが予想外の返答だったのか勇人は「ま、まあな」と面食らった様子を見せた。少しの間の沈黙を蝉の声が繋いでいく。


「……そうだ! せっかく部活が休止なんだったら、ちょうど明日は土曜日だし、久しぶりにみんなで遊ばない?」

 そう切り出したのはセレスタだった。話の流れとは真逆の発言に俺と勇人は顔を見合わせる。


「あのなあセレスタ、部活が休止ってことはなるべく外出は控えろってことだろ」


「ああ、絶対先生にこう言われるね、みなさん、事件が解決するまでは不要不急の外出は控えるようにしてください」

 勇人が担任の先生の真似をしてるのか声を低くしてそういった。


「だって、勇人は高校に入ってから部活にのめりっきりで、和葉もバイトばっかりでノリ悪いし。……それにね」


 突然に真剣な表情を見せたセレスタは少し顔をうつむける。


「なんていうか、こうやってみんなで過ごせる時間がすごく遠く感じるというか、貴重な気がするというか。何て言ったらいいか分からないけど、とにかくみんなで遊びたいの!」


 たしかに高校生活は折り返し地点を迎えたと言っていいが、まだ17そこらの俺たちにとってその発言はかなりの違和感をまとっていた。冗談でも言っているのかと思ったが、それは駄々をこねる子供のようでいて、心からの願いを言っているような真剣さだった。


「セレスタ、なんか変なもんでも食ったか?」

 勇人が冗談交じりに返し、セレスタは「もう、違うって」と口元を曲げる。勇人も冗談事ではないと感じ取ったのか、「ま、俺は全然いいけどな」と機嫌をとるように賛同した。


 その時、俺の体に得体の知れない嫌な予感が駆け巡った。それは脳に達する前に形を失って消えていった。


 それが気持ち悪くて、どうしてセレスタがそんなことを言い出したのかを無理やりに導き出す。そして、昨日そういった映画でも見たのだろうという結論にたどり着いた。


 よくある友情をテーマにした青春ものか、もしくは定年退職した老人が回想を通しながら後悔していたことをやり直すヒューマンドラマか。そうだ、彼女が巨大な客船が沈没する映画を見た際には悲劇的なロマン溢れる恋に憧れ、人類の存亡を賭けて宇宙へ惑星探査に向かう映画を見た際には家族の大切さを説いてくるような非常に感化されやすいタイプの人間なのだ。


 いや、自由気ままで行動重視の彼女は実はこれといって深い考えはなく、この事件で少し感傷的になってしまっただけなのかもしれない。


「それで和葉はどうなの?」

 セレスタが少し声を小さくして催促してくる。


 正直あまり乗り気にはなれず、家でダラダラとしていたいのが本音だが、いつもは土曜日に入っているバイトもたまたま明日はないし、断る理由もない。


「そこまで言うなら、そうするか」

 言いだしっぺであるセレスタに何かやりたいことはあるのかと聞くと、「とにかく全力で遊ぶ」という大雑把な回答としか返ってこず、俺たちが苦笑いをきめると「じゃあ海に行きたい!」という百パーセント勢い任せな提案がさなれ俺たちを戸惑せた。


 しかし、セレスタの強く光る眼差しに押され、承諾する以外の選択はなかった。それに、ここから離れた場所で遊ぶ方が安全だという考えもあった。ひとしきり話がまとまったところで最後の授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。

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