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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
19/25

ゴーストを探して

 俺とセレスタはシュタットハイドのアルブ村に一番近い市街地である三番街にいた。


 ヴィオラさんと別れた後、セレスタが任されてるゴースト討伐任務に付いていくことになりここまで来たが、詳細はまだ何も聞かされていない。


 本来、討伐任務において支援室員だけでの行動は許されていないらしいが、セレスタはヴィオラさんから特別に許可を貰っているらしかった。セレスタはスマホに似た機械を持ち、画面を見ながらそれを頼りに歩き出す。


「その機械でゴーストの居場所が分かるのか?」


「これは魔晶を組み込んだ魔力を探知する機械」


「魔晶?」


「魔晶はあらゆる魔力に反応して独自のエネルギーを発散する鉱物。昔はただの水晶として知られていたけど、魔力が世界に認知された後その性質が判明してあらゆる用途で使われるようになった。そしてこれが発散の仕方を読み取って魔力の種類を解析する機械。これ見て」

 その機械の画面を見ると多数の線グラフが細かく上下を繰り返していた。


「この部分が上がっていれば周辺にニルゴートがいる証拠」


 指差すグラフが少しだけ他のものより高くなっている。


「ほら、あれ見て」


 セレスタが指差す方には黒い柱が立っていた。


「あの中にはこの機械と同じ役割をしていて、街の至る所に設置されている。出現の危険が高まればすぐに警報が出るようになってる。今持っているのは携帯用で移動しながら生の情報を見ることができるから探査機のように使える」


「でも、それがゴーストかっていうのは判断できるのか」


「そこまでは特定できない。でもある程度推測することはできる。光の爆発に巻き込まれてゴーストはかなり弱っていた。だから行動範囲はそこまで広くないはず。そして体を回復するために人に乗っ取ろうとしているはずだから、村に近いかつ人通りのあるこの周辺に潜んでいる可能性が高い」


 セレスタの言うことは理解できるがそれだといろいろと疑問が湧いてくる。


「ゴーストは村に潜んでるって話じゃなかったのか? だからスタンが来てあんな騒ぎになったんじゃ」


「多分ゴーストはもう村にはいない。スタンが来たのは街の人たちからの要望でそうせざるを得なかったのかもしれない。ニルゴートが発生する原因が私たちにあると思い込んでいる人たちは多いから。私たちを立ち退かせるための口実としてはちょうどよかったんだと思う」


「そんな……、でもゴーストが村にいないってどうして分かるんだよ」


「魔力の強いニルゴートは生体魔力を汚染する。それは動植物も同じこと。むしろ人間ほど強くないから、より影響を受けやすい。村の草木が街の方へ延びるように不自然に枯れていた跡があった。それがなによりの証拠」


「な、なるほど」

 まさかそんな追跡方法があったとは驚きだ。


「でもこれ以上はこの機械じゃ絞りきれない。魔力は至る所で存在し発散したものが干渉しあっているから正確な場所までは追いきれないの」


「それじゃあここからはどうするんだ?」

「聞き込み調査」


 セレスタは端的にそう答え、まさかの古典的方法に気を落してしまった。てっきり探索専用の譜術でもあると思ったが、今は適当な聞き込み場所を探しているだけらしい。


 そうして俺達は十字路の一角に立ち、早速聞き込みを開始した――のだが、上手くいくはずもなかった。皆セレスタを見るなり怪訝な表情で去っていくのだ。


 次もその次に話しかけた人も結果は同じだった。一瞬、紗良さんに出会った時みたいに癇癪を起こす人が出てくるかもしれないと危惧したが、セレスタの強さを思い出しその心配はすぐに消える。しかし、アルド人が抱える問題は思ったより深刻なようでこれではまともに捜査はできなさそうだ。ここは俺が頑張るしかないと意気込み、


「聞き込みは俺に任せてくれないか。戦闘じゃ役に立てるか分からないし、セレスタはゴーストが出た時のために休んでいてくれ」


「でも……」


「いいからいいから」


そうしてセレスタを説得し、人生初の聞き取り調査が始まったのだった。




「このニルゴートに見覚えはありませんか」


 中年の女性にそう尋ね、スマホに映ったゴーストの写真を見せるが、「知らない」と言われる。


 もう何回このセリフを言っただろうか。始めてから一時間弱、みんな首を振るばかりで、有益な情報はこれっぽっちも入って来ない。ニルゴートの捜索とはそう簡単なものではないらしい。


「和葉、ちょっと休憩して」


 セレスタにそう言われペットボトルを手渡される。それはスポーツドリンクで、ひんやりとした感触が手に伝わる。多分近くの自販機で買ってきたのだろう。


「ありがとう」


 俺たちは日陰に入って、しばしの休憩を取ることにした。


「オウルガードって大変なんだな。いつもこんなことやってるんだろ?」

「いや、初めてやった」

 俺は飲んでいたスポーツドリンクを思わず噴き出してしまった。

「初めてなのかよ!」

 通りでままなってないと思ったよ。


「うん。でもできるだけ早くゴーストを見つけないときっと大変な被害が出る」


 セレスタは語気を強めて真剣な表情を向ける。それほどまでにゴーストは危険な存在なのだ。それは実際に戦った俺が一番身に染みて感じている。きっとこれは彼女なりに考えての行動だったのだろう。


「そうだな。でも、やっぱりここ周辺にはいないんじゃ」

「そう……かもしれない。少し場所を変えたほうが――」


 その時突然、スマホにアラームがなった。画面には黄色と黒の注意マークにニルゴート発生の文字。そして位置情報が表示されている。


「かなり近い!」


 情報を見ると1キロほど離れた場所にニルゴートと思われる赤いマークが示されていた。


 セレスタの前に詠唱陣(アリア)の出現と共に例のバイクが顕現する。


「乗って!」

「お、おう!」


 急いでその地点へ向かうと、すぐに人々が何かから逃げるように走り去っていくのが見えた。道路を挟んだ建物の反対側に出ると、すぐにそれは姿を現した。


 巨大な人型の化け物。体長五メートル以上はあるだろうか。筋骨隆々の巨体に異様に発達した腕。その手には歪んだ斧が握られており、窪んだ眼窩の深淵からは不気味な黄光が漏れ出ている。


「ゴーストじゃない!?」


「あいつはオードス。危険度は中級だから問題ない」


 問題ないだって? 俺は遠目で見ているだけでも威圧感で押しつぶされそうなんだが!


 その時、オードスの近くに逃げ遅れた一人の男性の姿が見えた。


「セレスタ、あれ!」


 最悪なことにオードスは男性に狙いを定めおもむろに近づいていく。男性は腰が抜けているのか地面に尻を付いてただただ恐怖に体を震わしていた。そして巨大な斧が彼に向かって下ろされようとしていた。


「掴まってて!」


「う、うおッ!?」


 セレスタの駆る魔装のバイクは急激にスピードを上げ、あろうことか振られる斧へと向かって一直線に突き進んでいく。


「嘘だろおおおおお!」


 ウィリー状態になったバイクはフロントと前輪を翠色に輝かせ、魔力のエネルギーを纏う。そして、斧と正面衝突しそのまま力技で押しのけてみせた。オードスの腕は大きく後ろへと振られ、後退する。


 セレスタは華麗にドリフトを決めながら減速をして停止し、同時に魔装を解いてバイクを消滅させた。


「し、死ぬかと思った……」


 九死に一生を得て傍でへたり込んでいる男性は俺達を一瞥して、細い悲鳴を上げながら逃げていった。


「和葉も下がってて」


「ちょっと待て、あんな化け物相手に一人で戦おうっていうのか。っておい!」


 心配する余地もなく、セレスタは魔装の長剣を顕現させ、駆けだした。


「グオオオオ!」


 オードスは唸るような声を上げ、迫りくるセレスタめがけて豪風を纏わせた巨大な腕をたたきつける。それは彼女のステップによって軽々といなされ、大斧は舗装された石畳を派手に砕いた。


 地響きが起き、その威力の高さに啞然とする。あんな攻撃を一撃でも食らえば肉塊になること必至だ。しかし、セレスタは一つも臆することなくオードスの懐に飛び込んでいった。


 オードスは武器を持たない腕を乱暴に薙ぎ払い、セレスタを吹き飛ばそうとする。そして彼女の体を覆うほどの剛腕が裏拳のような形で直撃した。


 絶体絶命かと思われたが、セレスタはただ攻撃を受けた訳ではなかった。彼女は剣先をオードスの腕に突き立てて自身への衝撃を完全に殺していた。しかし、そのまま押し出され凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまう。


「オオオオオ!」


 突如地鳴りのような雄叫びをあげ、オードスが怯んだ。


 次の瞬間、灰色の巨腕がボトリと地面に落ちた。


 吹き飛ばされる直前に僅かに捉えた翠色の一閃。あの一瞬の間に腕を切断していたのだ。


 セレスタは剣を地面に突き立てることで勢いを殺し、建物に当たるぎりぎりで静止する。そして追撃するようにオードスの元まで駆けた。オードスは躍起になって残った腕を振り回すが、セレスタは難なくかわしながら足元へと躍り込む。


 オードスは地団駄を踏むように足で潰そうとするが、彼女はまるで捕らえることのできない白煙のように銀髪をなびかせ、回避しながらそのまま突貫する。そして翠色の剣を両手に持ち、勢いをつけて横に大振りした。一刀両断。あまりに鋭い斬撃は切創すら残さずに、オードスの片足を切断し、一瞬遅れて膝下が足から分離する。


 当然バランスを崩したオードスはよろめき膝をついた。そして、翠色の剣は前に垂れた頭部を捉え豪快に断裁した。同時にオードスは灰塊となり、宙へ消えていった。俺は終始唖然としていたが我に返ってセレスタに駆けよる。


「セレスタ! 大丈夫か? けがは?」


「うん、平気。あいつとは何度もやり合ってるから」


「な、何度もね……」


 オウルガードっていうのはやっぱり人間離れしてるなと改めて実感する。


「何だ?」

 その時、周辺がざわめき立っているのに気付く。興奮していて気が付かなかったが、いつのまにか囲むように人々が集まっていた。

 

「ねえあれ、アルド人よ」

「お前知らないのかよ。ここら辺じゃ有名だろ」

「セレスタだっけ? あいつのせいで同僚が死んだとか」

「ああ、確か半年前の……」

「おい、近寄らないのほうがいいぞ」

「怖いわねえ」


 本来なら称賛されるべきであって非難されるいわれなどないはずなのに、セレスタには心無い言葉と冷ややかな視線が四方八方から降り注ぐ。彼女のおかげでニルゴートが倒されたというのに好き勝手な声を上げる人々はひどく不快だった。


 遠くの方でウーウーとサイレンの音が聞こえ、街に響かせながらこちらに近づいてくる。 


「ここはもう大丈夫だから行こう」


「うわっ!」


 セレスタは勢いよく俺の手を引いた。流石に、この場に留まるのは気が悪いらしい。悶々とした気持ちを抱えながらも、俺たちはいったん元いた場所まで引き返すことにした。


「なあ、これからどうする?」


「魔晶デバイスのニルゴート反応が消えた。一から探すのはかなり時間がかかる。今日はもう暗くなってるしまた明日出直す」


 心なしか丸くなっているセレスタの背を追いながら、さっきの光景を思い出し、腹立たしさが蘇る。


「いつもあんな風にニルゴートを倒してるのか?」


「そう」


 セレスタのつらっとした態度に納得がいかず、言いようのない憤りが込み上げる。きっとオウルガードになる時に、歓迎されることはないと分かっていたはずだ。


「どうしてそうまでしてニルゴートを倒すんだ? あんなに好き勝手言われてまで、オウルガードを続ける意味なんかあるのか?」


「私がそうしたいからしているだけ。何を言われようと関係ない。それに私がニルゴートを倒すことに意味があるの。真に平和な世界をつくることが私の使命だから」


「真に平和な世界?」


「いつかニルゴートをこの世から根絶することができたとしても、人々の争いが終わらない限り本当の平和は訪れない。それを手に入れるためには私たちへの遺恨を払拭する必要がある。私がニルゴートを倒す姿を見せ続ければ、いつかアルド人に対する見方が変わるかもしれない」


 セレスタがやろうとしていることの壮大さに驚きを隠せなかった。セレスタが抱えているものは想像以上に大きく、俺なんかが気軽に踏み入ってはいけないものだったと羞恥にも似た感情に襲われた。


 しかし、セレスタが落ち込んでいるように見えるのはどうしてだろう。いくら信念があろうと日々の重圧や負担が重なればいつかは壊れてしまう。それが年端もいかぬ少女だとすれば尚更だ。


 空を見ればいつのまにか陽が傾いていた。少し色のついた陽の光がセレスタを照らし、目元にできた濃い影が普段は乏しい表情を浮き上がらせた。それがまた、俺の心を震わせた。


 踵を返そうとしたセレスタの手を反射的に掴んだ。


「もう少し聞き込み調査をしよう」


「え?」


「もう少しだけ続けよう。俺にできることはそれぐらいしかないから」


 セレスタは一瞬戸惑いを見せたが、最終的に熱意に押されて承諾してくれた。俺たちは少しだけ都心の方へ移動してまた調査を再開することにした。 




 いたずらに時間だけが過ぎていく。完全に日が暮れているのに、収穫は未だゼロのままだった。それでもなんとか、少しでも役に立ちたいと思い、やれることはやれるだけやろうと気合を入れ直す。


 そこへ聞き覚えのある声が飛んできた。


「やっぱりセレスタじゃない!」


 一瞬心臓が飛び跳ねる。活気のある声を発したその女性は依茉だった。姿も印象も記憶とそっくりそのままだ。セレスタや勇人と同じ制服を着ており、同じ部のオウルガードということが分かった。


「こんなところで何してるの?」


「ゴーストを探すために聞き取り調査をしてる」


「聞き取り調査!? あんたが!?」


 セレスタはこくりと頷く。


「そっか……、相変わらずがんばってんのね。そうだ! 私も手伝おうか? 絶対大変でしょ」


「いい。依茉は自分のやるべきことをして。それに和葉が手伝ってくれてるから」


「和葉? ってあんた誰よ」


 ようやく俺に気づいたかと思ったら、眉間にシワを寄せて俺の顔を覗き込んできた。


「あっ! あんたもしかしてヴィオラさんが言ってた、和音さんの弟!? えっと、たしか和葉とか言ったっけ」


「さっきからそう言ってるだろ」


「ふーん。和音さんの弟にしては冴えない顔ね」


「誰が冴えない顔だ。なあ、俺たち一応初対面なんだよな? 相変わらず距離感がおかしいというか、良く言えば社交的というか」


 依茉は再び俺の顔をなめるように見つめてきた。


「そう? なんとなくあんたとは仲良くなれそうな気がしたからかな。うーん、でもやっぱり会ったことはないわね。ねえ、噂によると和葉は私のこと知ってるみたいじゃない」


「ま、まあな。俺の記憶では俺たちは幼馴染だったんだ」


「へえ……。分かったわ。それじゃあ、なにか証拠を出してみなさいよ」


 依茉はまあ無理でしょうけどね、といった顔を向ける。


「証拠っていったって……、えーっと、好き食べ物は果物全般で特にみかんが好き」


 依茉は少しだけ驚いた表情をした。


「ふ、ふーん。やるじゃない。でもそんなの当てはまる人なんてそこら中にいるでしょ? もっと具体的に何かないの」


「んー。あっ、小学生の時に担任の先生が好きだった話とか? それでラブレターを渡したんだけど結婚しているのをしらなくて――」


 突然、依茉は銃を構えるような仕草を見せると、手元に詠唱陣(アリア)が発現し、ちょうどその手に収まるように一丁の拳銃が顕現した。瞬く間にそれが俺のこめかみに向けて突き付けられた。


「ど、どうしてあんたがそれを知ってんのよ!!」


 依茉は顔を真っ赤に染めて、声を荒げた。まさかの記憶と合っていたらしい。


「うお!? 俺は知っていることを言っただけで――」


「そんなわけないでしょ!」


「依茉、落ちついて」


 セレスタは銃を構える依茉の手を抑え、制止する。


「今度変なこと言ったら手加減しないからね。額に風穴が開くと思いなさい」


「依茉がなにか証拠を出せって言ったんだろ!」


「ふんっ。あんたにはたくさん聞きたいことがあるけどまだ任務が残ってるからもう行くわ。それじゃあまたね、セレスタ」


 依茉はそう言ってどこかへ行ってしまった。


「何だったんだよ……」


 嵐のように荒らすだけ荒らして去っていくその姿は、まさに依茉らしいなと思った。


 気づけば、街は闇の中にあり、街灯が輝き出していた。結局この日の努力は報われることなく、なんの収穫もなく一日が終わってしまったのだった。

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