セレスタの過去
家に着いた俺はまるで追い出された子供のようにセレスタの部屋の前で立ち尽くしてした。いざとなるとその一歩が踏み出せない。それほどまでに最後に目にしたセレスタの背中には近寄りがたい雰囲気があった。
ゴーストとの戦いでなにがあったのか。そもそもどうしてオウルガードになったのか。いくらか会話をシュミレーションしてみるも、無闇に過去を掘り返しているようで気が引けてしまう。
記憶の中にいるセレスタは家族同然のように近しい存在なのに、目の前にいるセレスタは途方もなく遠い存在に感じてしまう。そのギャップが、勇人のようにセレスタなら大丈夫だと言い切れるような信頼関係がないことが、心を苦しませていた。
俺はこんな調子じゃだめだと奮い立たせ、知らないことはこれから知るしかあるまいと心の中で一喝する。セレスタにとってはありがた迷惑かもしれないが、彼女の過去を知ることが問題解決への第一歩なのだ。
「セレスタ、入っていいか?」
そう言ってノックをすると、うんと小さな返事が返ってきた。
軋む手でドアを開けると、セレスタはこちらに背を向けて、ベッドに座り外を眺めていた。
隣まで歩いて行き、傷薬を差し出したところでようやくセレスタは視線をこちらへやった。
「それよく効くからって勇人が」
セレスタはそれを受け取り、お礼を言う。
「ったく、ひどいことするよな、あのスタンとかいうやつ」
彼女は何も答えることなく、早速薬を塗るためか服をたくし上げた。俺は素早く体を反対側へ向け、咄嗟に見てないアピールをかます。
「……」
「……」
早くも俺がいる意味がなくなってしまった。なんとか会話をしようと試みるが喉に何か詰まったように言葉が出ていかない。
ふと棚の上にある写真立てに納められた一枚の写真が目に入った。そこには姉さんとその隣ではにかんで笑うセレスタの姿があった。それを見た途端、喉に詰まっていたものがポロッと取れた気がした。
「この写真……、やっぱりセレスタと姉さんは仲が良かったんだな」
「和音さんのこと? そう……だと思う。和音さんは村以外の人で初めてよくしてくれた人。誰とでも仲が良くてみんなに尊敬されてた」
「そっか。こっちの姉さんは英雄とか呼ばれてて何だかすごい人だったみたいだけど、そういうところは変わらなそうで安心したよ」
少しの間がありベッドが軋む音が聞こえてセレスタを盗み見ると、薬を塗り終えたようで「何をしているの?」と言わんばかりに不思議そうにこちらを見ていた。そうして俺もセレスタの方へと向き直る。
「……ねえ、ゴーストと戦ったあの時約束したでしょ? 和葉のこと教えてくれるって。和葉のいた世界のことも」
「ああ、もちろん」
俺はなんだか嬉しくなって、元いた世界のことを事細かく話した。
ニルゴートがいない平和な日本のこと。学校では勉強が大変なこと。セレスタや勇人とは長い時間を共にしてきたこと。セレスタの天真爛漫ぶりや、その思い出。姉さんが亡くなった時のことまでいろいろ。
セレスタは小さく相槌を打ちながら、興味深そうに聞いていた。
「まるでおとぎ話みたい。ねえ、ニルゴートがいない世界ではみんなが幸せに暮らしてるんだよね?」
セレスタはまるでそうであってくれと願うように語尾を強めて言う。
「この世界よりは幸せだと思う。けど、でもやっぱりみんながってわけにはいかなくて、学校とか仕事とか人間関係でそれなりに苦労があって、自分で命を絶っちゃう人も結構いたりするんだ。それに戦争してる国もあってたくさん命を落としてるし満足に食べられていない人もいっぱいいる」
セレスタは「そう」と一言、とても悲しそうに呟いた。そして落胆したように肩を落とした。
「よ、よかったらセレスタのことも教えてくれないか。どうしてオウルガードになったかとか、姉さんの事とか。ほら、なにか俺のことが分かるヒントになるかもしれないし」
セレスタは頷いて思い耽るようにゆっくりと話し始めた。
「私がオウルガードになろうと思ったきっかけは和音さんに出会ったこと。私の生まれ故郷のこことは別の村で暮らしていた頃。村に大量のニルゴートが発生したことがあった。私はまだ幼くて、逃げ遅れてもう助からないと諦めかけた時、彼女が現れてあっという間にニルゴートを全滅させたの。それが初めての出会い。オウルガードが村にきたことなんてなかったからその時のことはとても強く印象に残ってる」
「そうだったんだ。それで、姉さんとの付き合いはそれから?」
「そう。私は、憧れていたんだと思う。和音さんの戦う姿を見てこんな風に強くなれたらって思った。私は彼女を追い駆けて衝動的に弟子にしてくださいってお願いしてたの。そしたら初対面のはずなのに、あなたには譜術の才能があるって言ってくれた。それから和音さんはわざわざ村に来て稽古をつけてくれた。無理を言ってニルゴートの討伐についていったこともあった。そして村から出たことがなかった私にいろんな景色をみせてくれた。勇人と依茉と仲良くなれたのも和音さんのおかげなの。二人はその頃から譜術士を目指していて、いい練習相手になるからって和音さんが村に連れてきてくれたのがきっかけ」
セレスタはじろりと俺を見て、次に面影を追うように遠い目を向けた。
「でも、少なくとも私は和音さんに弟がいたって話は聞いたことがない。だから、和葉のことはなにも分からない」
「い、いいんだ。本当にここが別世界で俺達は全くの他人だったっていう可能性も全然あるし」
自分でいいながら悲しくなり、言葉尻を萎ませる。
俺はふと姉さんの写真の奥に伏せられた写真立てがあることに気づき、好奇心からそれを見てみようと手に取った。
「勝手に障らないで!」
突然の鋭い制止に、俺は慌ててそれを元に戻す。
「ご、ごめん。勝手に見るなんて非常識だよな」
なにか気に障ってしまったようで、とてつもなく気まずい雰囲気になってしまう。
その時、助け舟を出すかのようにドアが開いて勇人が現れた。静まった状況をみて一瞬眉を上げ、すぐに真剣な表情に切り替える。
「こんな時ですまんが、和葉を連れてヴィオラさんに会いにいってきてくれ。場所はいつもの所だ」
セレスタは頷いて早々に外に出ていってしまった。勇人に目配せされ、まだ動揺の残る足を動かしてセレスタの後を追う。
そういえばまだ勇人の言っていたセレスタの「辛い過去」について聞けておらず、しまったと思いながら家の前出た途端、セレスタの前に大きな詠唱陣が現れ、驚くことに光の中から翠と黒の色をあしらった大型のバイクが顕現した。
「譜術ってこんなものまで出せちまうのかよ!」
「これは魔装を応用したもの。多分、私にしかできない」
どういうことか詳しく聞いてみると、魔装は理論上なんでも具現化することができるが、一般の魔力量では武器一本を顕現させるのがやっとで、具現化した魔力を付与するとなれば才能がいるそうだ。バイクほどの質量の魔装は魔力を伴っていないとしても一般的な魔力量では難しいらしい。それに加えて独自に動かすとなればその構造と仕組みを熟知し、詳細にイメージする必要があり、並の魔力操作では至難の業とのこと。
セレスタは小さい頃に和音さんたちオウルガードが駆るバイクに憧れて、この魔装を作り出したそうだ。白バイに憧れる子供みたいなことだろうか。
「乗って」と言われ、緊張しながらまたがる。そうしてセレスタの駆る厳ついバイクに乗るという想像もしていなかった光景に複雑な新鮮味を覚えながら、ヴィオラさんの元へ出発するのだった。




