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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
15/25

譜術と魔法

 次の日の朝、目覚めると風邪が治った時のような身体の快適さを覚え、腹部の痛みもかなりマシになっていることに気づく。


 空気を入れ替えようと思い窓を開けると、すぐに新鮮な風がやってきて部屋を駆ける。周りが緑豊かなせいか、その風はとても爽やかで心地がいい。まるでグランピングにでも来たような気分になりながら、ひとまず一階に降りてみることにした。


 そこはシーンと静まりかえっていて、人の気配がない。セレスタの名前を呼んでみるが、応答はなかった。


 とりあえず渇いたのどを潤すために食器棚からコップをかりて蛇口から水を汲んで飲む。その時、テーブルの上に一枚の紙を見つけた。そこには大きく「見回りに行く」とだけ書かれており、セレスタは出かけていることを知る。


 どうしよう、何もすることがない。けれど何かしていないと落ち着かない。どうしたものかとしばらく思案した結果、少し散歩でもするかと思い立つ。しばらくこの村で暮らすかもしれないし、辺りを知っておくのも悪くないだろう。


 早速外に出てなんとなく学舎があった方面へと歩いていく。ゴーストが現れた場所やセレスタが戦っていた場所を通り、思い返すことでやっとあの日に起きた事の現実感が現れてくる。


 そうしてしばらくいくと、道でボール遊びをしている二人の男の子と一人の女の子の三人組が見えた。男の子が蹴り飛ばしたボールを女の子がキャッチし損ね、ボールが俺の元へと転がってくる。俺はそれを取って投げ返すと、「ありがとうございまーす」と元気な声が返ってきた。そして、その女の子が銀髪を揺らしながらこちらへと走ってきた。


「ねえねえ、お兄ちゃん。もしかしてゴーストを追い払ってくれた人?」

「追い払う? えっと……」


 もしかしてあの日の出来事が広まっているのか。というかあれは本当に俺が追い払ったのか? 


 答えられずに言い淀んでいると、男の子二人も来て、

「絶対そうだよ。サーヴァスをやっつけてゴーストを追い払ってくれた人だよ!」


「それじゃあ、すげー強いんだ!」


「もしかして譜術士なのか!?」


「ねえ、兄ちゃんどこから来た人? この村に住んでるの?」


 子供たちは勝手な盛り上がりを見せ、輝く瞳を向けてくるが、どれにも上手く答えられない俺は「うーん」「どうだろう」と曖昧な返事しかできない。


 そこへ一人のおじいさんが寄ってきて、

「君、和葉くんか。いやー、本当に助かったよ。君がいなかったらどうなっていたことか」

 そういって、唐突に大きな大根を渡してきた。

「あ、ありがとうございます」


「あらあなた、噂の和葉君じゃない」

 今度は愛想のいいおばあさんがやってきて、これ持っていってと今度はキャベツを渡してきた。


 どうやらかなり広まっているらしい。それもかなり良いように。まあ悪い気分ではないし、いいか。それにしても村というのはすぐに話が広まるものなんだなあ思いながら、一旦帰ろうと帰路に就く。そうしているうちにも通りすがる人々から果物や野菜をもらい続けてしまい、家に着く頃には持ちきれないほどの荷物になっていた。


「おー、ちょうどいいところに。ってなんだその荷物は」


 家の前にいたのは勇人だった。


「あ、あはは。ちょっとな」


「話したいことがあるんだが、ちょっといいか」


 俺は家の中に貰い物を置いて、勇人に案内され庭にでる。

「話って?」


「実は午後からセレスタと一緒に街へ行ってヴィオラって人に会ってきて欲しいんだ。俺が所属する保安部の部長なんだが、どうしても直接会ってみたいと言っていてな」


 紗良さんが頼んで俺のことを調べてくれている人か。まさか勇人の上司だとは思わなかったが……。


「一つ聞きたいんだけど、紗良さんとそのヴィオラさんってどういう関係なんだ?」


「んー、俺もよく知らないが古くからの友人らしい。昔からオウルガードの治療をよくやってくれているからその繋がりだと思うが」


「もしかして紗良さんって結構すごい人なのか?」


「ああ、譜術士界隈じゃ結構有名な人だ。紗良さんはケガ人を癒すためにいろんな被災地に行っていて顔が広いからな。で、さっきの話に戻るが、ヴィオラさんに会う前に予備知識を与えておこうと思ってな。特に吟遊詩人(バード)に関して」


「昨日も吟遊詩人(バード)がどうとか言ってたよな。なんなんだよ、それ」


「ニルゴートが存在しない世界にいたのなら知らなくて当然か。それじゃあまずは魔力とは何なのか、そこから説明しよう」


 そういって勇人が話した内容はこうだ。


 最初に魔力を行使し、世界にその力を広めたオルセウスという人物がいた。彼は魔力は存在の根源であり、創造のエネルギーの源であると言った。魔力とは意思であり、意識そのもの。それは叡智の泉から万物に流れ入り、この世界を構成しているものだと。


 つまり、魔力は全ての生命体の内で常に回流している生体を維持するエネルギーのようなもので、生体魔力とも呼ばれている。


 そして叡智の泉とは全てが始まった中心点、神の座、集合的無意識。人によって解釈は異なるがオルセウスが残した書物には人智を超えた高次の領域だと書かれている。


 叡智の泉は未知であり神秘の中にあるが、魔力という力は確かにそこあって、感じることができる。

そしてオルセウスは初めて〝魔法〟と言う超自然的現象を行使した人物で、その力は〝具現化〟だった。

譜術とはその魔法によって生み出されたもので、様々な具現化の超自然的現象を体系化し一般化したもの。武器や防具、四元素に至るまでいろいろなものを具現化することができる。


 人によって魔力の量や操作できる精度が違うため誰でも譜術を使えるわけではないが、譜術以前に人が存在を保っていること自体、無意識に魔力は使われているとのこと。


「ちょっと待ってくれ。その魔力っていう存在、ちょっと曖昧すぎやしないか? そんなので譜術とやらを使えるとは思えないんだけど」


「重要なのはその存在を知り、そうできることを認知することだ。例えばそうだな……、手を前に出してみろ」


 その意図が分からないまま、言われた通り手を前に出す。


「いまどうやって手を動かしたかその仕組みを説明できるか。仮に完璧に説明できたとしても、できない人とではその結果に違いはあるか?」


「それは……」

 そう言われると特にない気がする。


「つまり、事象を起こす過程なんてものはさほど重要ではなく、そうできると知ってさえいればあとは感覚的なもので十分ということだ。つまりオルセウスはその存在を世界に知らしめ、人の潜在的な力を呼び覚ましたとも言える」


「はあ」

 なんとなく分かったような分からないような……。


「とは言ってもそれなりの仕組みはある。譜術はあらゆる創造を可能とする高次元領域の事象を魔力と言葉を組み合わせることで行使できる」


「言葉と?」

「そう、言葉には高次元領域と三次元領域の両方に影響を与え結ぶ力がある」


 勇人がおもむろに右手を胸の前に出した途端、そこに環状の紋様が浮かぶように現れ、腕を覆う鎧が現れた。


「オルセウスは事象を発生させる言葉を記号という形に変換、つまり圧縮し、共有することでそれをイメージするだけで魔力を行使する術を生み出した。そして彼は様々な事象を生み出す譜術言語とその意味を記した数多くの創術譜(マギスコア)というものを後世に残した。譜術を使う際には必ず詠唱陣(アリア)と呼ばれる譜術言語の陣が現れる。それは魔力が記号というイメージを通って三次元領域に接触することで起こるエネルギーの残滓みたいなものだ」


「たしか、セレスタも同じ譜術を使ってたよな。魔装っていってたっけ」


「ああ、魔装はもっとも汎用性が高く戦闘に特化した譜術だ。その理由が魔力をそのまま固有のエネルギー体として具現化させることに特化している点だ。魔力が実体を持つとき、それは膨大な破壊のエネルギー体になる。この魔力のエネルギーがニルゴートに対してもっとも有効だと言われている。ちなみに、譜術とは関係なく魔力を体内で循環させることで、身体能力や自然治癒能力を劇的に強化させることもできる」


 勇人の話を聞いて正直突拍子のない話だと思った。だが、この目で実際にニルゴートやら譜術やらを見ている手前、信じざるを得ない。そしてこの世界でそれが常識であるならば、ちゃんとのみ込んできちんと理解する必要があるだろう。


「そしてここからが大事な話だ。実は魔法を使えるものはオルセウス以外にも存在しており、今の日本にも数名いる。彼らはオルセウスが世界各地を旅して創術譜(マギスコア)を作り、譜術を広めた姿から吟遊詩人(バード)と呼ばれている。最初に言ったように譜術はオルセウスの具現化の魔法よって生み出された、いわば作られた魔法。そこには限界がある。魔法は譜術よりも直接的に高次元領域へ働きかけるために、より強力で固有の超自然的事象を生み出す。そしてオリジナルの魔力行使が故に、詠唱陣(アリア)が発現することはない」


 勇人は一通り説明し終わったというように魔装を解いて続ける。

「ゴーストの襲撃があった日、和葉が起こした現象がまさに魔法だったとセレスタは言っていた」

 前に詠唱陣(アリア)の発現がないと言っていたのはそういうことだったのか。


「何となくは分かったけど、仮に俺がその吟遊詩人(バード)だったとしてなにか問題があるのか?」


「彼らは良くも悪くもこの世界に多大な影響を及ぼしきた。だから、和葉を放って置くわけにはいかないんだ」


 勇人の真剣な眼差しにドキリとする。たしかにオルセウスという人物が世界にそれだけの影響を及ぼしたというのなら、勇人がそう言うのももっともな話だと納得する。


「あ! お二人ともここにいたのですね」


 そこへ、息を切らした紗良さんがやってきた。ここまで走ってきたようで、かなり慌てた様子だ。


「紗良さん、どうしたんですか」


「大変なんです。突然オウルガードの方が来て、村人全員この村から出て行けと……」


「どうしてそんなこと。オウルガードってニルゴートから人を守る組織じゃないんですか」


「それがゴーストの出現をうけて、ここを防衛拠点にすることが決まったとか」


「そんな……。とりあえずそこまで案内してください」


 二人は足早に去ってしまい、俺もここにいてもどうしようもないので後を追う。


 村の入り口まで行くと村人たちが集まっているのが見えた。そこへ分け入るとオウルガードの制服姿のセレスタと、対峙する一人の男が見えた。茶色の髪に背高のその男は勇人やセレスタとは対照的に白を基調とした制服を着ており、なにやらセレスタたちと口論をしているようだった。


「あなたは……警備部のスタン部長」


 スタンと言うらしいその男は高慢じみた目線を勇人に向け、

「お前は保安部の……、そうか流石にゴーストが出たとあればお前らが出てくるのも当然か」


「村を出て行けとはどういうことです」


「ここにゴーストが出たとの情報があった。これより街の方へ被害を出さないためにここに調査および防衛拠点を設ける」


「そんな話聞いていません。それにここから出ていく必要はないと思いますが」


「これは上からの命令だ。それに街の住民からこの村がニルゴートの発生源じゃないかと疑う声が多く出ている」


 スタンの言葉に我慢ならないといった表情で紗良さんが前へ出る。


「そんなのはデタラメです! あなたもそんなことは分かっているのではないですか? それにここには私たちが育てた作物や住んでいる家があるのです。簡単にのめる話ではありません」


「ふっ。例えあなたの反対でもこれは覆りません。人命を脅かす危険性を孕んでいる以上、仕方のないことです」


 その返答を聞いたセレスタは一歩前へ踏み出し、紗良さんの前に立った。


「ゴーストは私が必ず倒す。だから出ていって」


「ふん、お前が倒す? よく言えたものだ。へまをしてオウルガードをクビ寸前になったお前には任せられんな」


 セレスタの表情がひどく歪み、その感情を放つように詠唱陣(アリア)と共に魔装の剣を顕現させた。


 まさかオウルガード同士でやり合うっていうのか。スタンもまんざらではない様子で、セレスタに敵意の視線を向ける。どうやらオウルガードというのは一枚岩というわけではないらしい。


 二人の間には一触即発の雰囲気が漂い、今まさに火蓋が切られようとしていた。

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