晩御飯
忙しい&遅筆で文字数少な目です。すみません(-_-)
「この物語の始まりは今よりずっとずっと昔、永遠の時の中で無数の思いのカケラたちが無秩序に駆け巡っていた時代。ある一つのカケラが、全てのカケラを自身に集め、調和させたことが全ての始まりでした」
暗がりの中、淡い光がベッドにいる二人をほのかに照らしている。俺は姉さんに優しく抱かれ、読み聞かせてくれている絵本を興味津々に見ている。
「集まった思いのカケラは創造の力となり、人へと姿を変えました。そして青と緑の星で人は創造を楽しみ、命を輝かせていました」
絵本には眩い太陽の下で緑を輝かせる木々とそれに囲まれた湖畔が描かれ、そこでは男女が楽しそうに踊っている様子があった。
「しかし、調和の時代は突如として、暴走したある一つのカケラによって崩壊することとなります」
その絵本の一面には人々が争う様子と炎が地球をのみ込んでいく様子が描かれている。
「いつしか人々は創造の力を失い、お互いを傷つけ合うようになりました」
俺はその残酷さに姉さんの胸にうずくまるように目を背けるも、なだめる柔らかい声に安心し、瞼を薄く上げる。
「おねえちゃん、みんな助かるよね?」
「ふふ、物語はまだ始まったばかりよ」
姉さんは絵本のページをめくる。
「長きにわたって混沌の時代は続きましたが、それでも人の中に眠る創造の力は完全に失われたわけではありませんでした。それは人々の強い願いによってたぐり寄せられ、世界の危機に立ち向かう力を得ました」
姉さんが次のページをめくると、なにも書かれていない白紙があった。俺はどうしてもその続きが知りたかった。
「お姉ちゃん続きは? みんなどうなっちゃったの?」
「それは、まだ誰にも分からない。これからみんなで決めることなの」
「みんなって、僕も?」
姉さんは慈愛の眼差しを向け、俺の体をぎゅうっと抱きしめる。
「大丈夫。創造の力はまだみんなの中に残ってる。これだけは覚えておいて。想いの力は世界を変える力だってこと。それさえ失くさなければどんな困難にだって立ち向かえるってことを」
そう言って姉さんはゆっくりと絵本を閉じた。
「私はいつでも和葉の傍にいる」
優しい音色のようなその声と同時に視界が開けた。
食欲をそそる匂いが鼻腔をくすぐり、溶けた意識を形作る。まだ慣れない天井を見て少しの緊張感を覚えながら自分の居場所を再確認する。
外はすでに暗くなっており、この匂いは晩御飯でも作っているのだろうかと考えながら、ベッドから降りて誘われるように部屋を出た。すると短い廊下の先に階段が見えた。
そういえば不思議な夢だったなと思い返そうとするが、すでに大半が現実に押し出され、上手く思い出せない。次第に興味も薄れ、思考は下の階へと向かう。
一階に降りると広めのダイニングキッチンが俺を迎え、紗良さんの後ろ姿を捉える。どうやら一人で料理をしているらしく、慣れた手つきでトントントントンと包丁を素早く動かして野菜を切っている。しかし、ここはセレスタの家だよな? どうして紗良さんが。
「紗良さん?」
「あら、和葉さん。もう起きても大丈夫なんですか?」
「はい、かなり良くなったみたいです。紗良さんの譜術ってすごいんですね」
紗良さんは「そんなことは」と謙遜して、
「実はこの治癒の譜術は私の家に代々伝わるもので、他の譜術みたいに一般化していないんです。まあ、誰でも使えるわけじゃないみたいなので一般化する意味もないんでしょうけど」
そう言いながらもテキパキと手を動かして夕食の準備を進めている。二階で感じた匂いはこの煮出された煮干しや昆布の匂いだろう。味噌汁か、もしかしたら煮物かもしれない。前回食べた紗良さんの料理は唸るほどおいしかったので、ぜひご相伴にあずかりたいところだがそれより……。
「あの、どうして紗良さんが料理を?」
「ああ、これはちょっとしたおせっかいみたいなものです。セレスタさんってば、いつもレトルト食品とかカップ麺のような簡易食ばかり食べているんですよ。それじゃ栄養が偏ってしまいますから、たまにこうやって料理を作りにきているんです。セレスタさんはこの村を守ってくれてますから、せめてそれくらいはさせて欲しいって私が頼んでいるんです。今日は和葉さんがいるっていうのもありますが」
「そうだったんですね。そういえばセレスタと勇人はどこにいるんですか?」
「勇人さんは外の見回りに行ってます。セレスタさんは多分部屋にいると思いますけど。あ、料理はまだ時間がかかりそうなのでゆっくりしててください」
「いいんですか? 手伝えることがあれば手伝わせてください」
「いえ、けが人に手伝わせるわけには。そうだ、お風呂に入ってきてはいかがでしょうか。ずっと寝ていて汗も結構かいてますでしょうし」
そう言われ、たしかに汗で体がべたべたになっていることに気づく。セレスタにも好きに使っていいと言われていたのを思い出し、それならお言葉に甘えようと決める。
紗良さんに風呂場の場所を聞いて、こんなに優しくて料理が上手できれいな人と結婚する相手はきっと幸せに違いない、とその姿を空想しながらダイニングの奥へと向かう。
それらしき場所を見つけドアを開けると脱衣所があり、清潔にされた洗面台や洗濯機、服を入れて置く籠があった。風呂場のガラスドアがやけに曇っている気がするが気にすることなく服を脱いで、腹の包帯を外してみる。痕は残っているものの、本来なら治るのに何カ月もかかりそうな傷がふさがっている。譜術というものに再び深く感心しながらパンツを脱ごうとした時、風呂場の中から音がした。
ははっ、まさかな。そんなラブコメ漫画のテンプレみたいなこと起こるわけがない。きっと聞き間違いだ。そんな考えを真っ向から否定するように開くはずのない風呂場のドアが開いた。湧き出す湯気とともに現れたのは真っ裸のセレスタだった。
「うわあッ!」
驚きとともに後退りして浴室のドアを背で開け、そのまま足を滑らせてしまい、尻餅をつく。
「いってー!」
腹部の傷が疼き、痛みを抑えようと体を丸めて患部を手で押さえる。一通り悶え終わり、前を向くと目と鼻のさきにセレスタの顔があった。
ひぃ!と情けない声が漏れ、這いずるように後ろに後退する。それに合わせてセレスタは大丈夫?と真顔で迫ってくる。
少しの羞恥も見せることなく、あらわになった裸体を全く隠そうとしない。その状況にとてつもない違和感と驚きを覚えながら顔を手で覆って壁に背中をこすりつける。
「見えてる! 見えてるから!」
「から、何?」
「だから……、えっと……?」
そんなに堂々と聞き返されると、俺の方がおかしいのか?と一瞬混乱してしまうが、普通は恥ずかしがるだろ!と心の中でツッコミを入れる。
手の隙間からセレスタの表情を窺ってみるが、ポーカーフェイスでこれといった感情を読み取れない。
「どうしてたんですか? ってセレスタさん⁉」
様子を見にきた紗良さんは驚きの声を上げ、伏し目がちに俺とセレスタを交互に見る。
「違うんですっ!」
パニックに陥った俺の行動は浴室に飛び込んでドアを閉める、だった。
「ほら、ちゃんと服を着てください」
しばらくドタドタと音を立て、足音が遠ざかるのを聞いて嘆息を漏らした。
いつものセレスタなら叫びながらビンタの一つや二つでもお見舞いしてくるはずだ。やはり俺の知っているセレスタとは違うことを実感してしまう。割り切ったつもりだったが、どうしても喪失感を拭えない自分がいた。
「和葉さんいますか? ごめんなさい。セレスタさんが入っているとは知らなくて」
「いえ、よく確認しなかった俺が悪いんです」
声色からドア越しでも紗良さんの眉を下げた表情が容易に想像できた。
「セレスタさんはそのまま上がる予定だったみたいなので、よかったらそのまま入っちゃってください」
そう言われ、これからの前途多難さを憂いながらも一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、風呂場に入る。
久しぶりのシャワーは別格の気持ちよさだった。体に溜まった疲れが滲みだして流れていくような感覚だ。以前にお風呂に入ったのが遠い昔のように感じられ、そのありがたみを改めて知った。
お風呂から上がったタイミングでちょうどご飯が出来ていて、せっかくだからと勇人も呼んで四人で食卓を囲った。晩御飯は生姜焼きに煮物と味噌汁でこれまたとても美味だった。のだが、風呂場の件で紗良さんの手を煩わせてしまったようで、肉から少し焦げの味がしたのを申し訳なく思いながら頂いたのであった。




