見知らぬ天井
見知らぬ天井が目に入る。窓から光線が伸びるように日差しが射し込み、凍てついた感覚を優しく温める。
ぼんやりとした頭のまま、やけに重い体を起こし辺りを見渡すと、どこかの家の一室にいることが分かった。俺はベッドの上にいて、自分以外には誰もいない。部屋は机や椅子などの最低限の家具がポツンと置かれているだけの質素なものだった。
ひどく恐ろしい体験をしたような気がする。立ち上がろうとすると腹部に激痛が走り、喉をつぶしたような声を漏らしながら悶える。
服をまくり上げてみると包帯が巻かれていた。それを見て記憶が一気に蘇る。俺はゴーストとの戦いで腹を切られ、敗れたのだ。ここがあの世だと言われても納得するほどの致命傷を負ったはずだが、どうなっているのだろう。傷を刺激しないようにゆっくりとベッドから降りて、窓から外を覗いてみる。
「ここは……」
少し高い視点から見えたのは記憶に新しいアルブ村の景色。見覚えのある道と少し遠くにセレスタと会った時の学舎が見えた。
これからどうしようかと考えあぐねていると、ガチャリとドアが開いた。
「和葉さん!?」
驚嘆の声を上げたのは紗良さんだった。涙目になった紗良さんは手に持った包帯とタオルを落とし、俺に向かってくるや否や抱きしめてきた。
「よかった……、本当によかった。もう目覚めないかと思って本当に心配してたんですよ」
体のメリハリが分かってしまうほどの力の入った抱擁に狼狽え、気恥ずかしさと共に滲むような痛みがやってくる。
「い、いててて!」
「ご、ごめんなさい!」
意外と天然なところがあるのか、傷口を圧迫していることにようやく気付いて慌てて離れる。
「目が覚めたか」
ドアの方から声がして、部屋に入ってきたのは勇人だった。続いてセレスタが姿を見せ、思わず二人の名前を口に出す。
そしてセレスタがおもむろに目の前まで来て、唐突に頭を下げてきた。
「ごめんなさい、あなたを巻き込んでしまってこんなことに」
「そんな、謝らないでくれ」
いつまでも頭を下げ続けるセレスタに「自分が勝手にやったことなんだから」となだめてやめさせる。
「和葉といったか。セレスタと紗良さんからある程度の話は聞かせてもらってる。キミがいなきゃ村がどうなってたか分からなかった。オウルガードとして礼を言わせてくれ」
「あ、ああ」
勇人の言葉に空返事をしてしまう。その発言とよそよそしさに、きっと俺の知る勇人ではなのだろうと落胆してしまっていた。それでも聞かないではいられなかった。
「勇人は俺の事を知らないのか?」
「残念ながら、初対面だ。逆に聞くが、和葉は俺のことをしっているのか?」
「それは……」
「安心してくれ。ある程度の事情は紗良さんから聞いている。なんでもニルゴートのいない世界からきたとか」
「ああ。俺がいた世界にはそんな化け物は存在しなかった。いや、正確にはそいつが現れてから全てが変わってしまったんだ。生まれてこの方そんなものは見たことも聞いたこともなかった。なのに突然現れて俺たちを襲って……」
またあの恐怖の記憶が蘇り、俺はその続きを言えずに拳を握る。
「まあ落ち着け。話を聞けばなにか思い当たることがあるかもしれない。和葉の記憶では俺たちはどういう関係だったんだ?」
「セレスタと同じで俺と勇人は親友同士だった。学校も小学から高校までずっと同じで、俺たちは三人はいつも一緒だったんだ」
「和葉だけが俺たちのことを一方的に知っているというのは妙な話だな。一つ確認したいんだが、和葉は和音さんの弟だというのは本当か?」
「ああ」
「それじゃあ和葉の記憶では和音さんとセレスタや俺はどういう関係だったんだ?」
「二人とも姉さんとは仲が良かったよ。特にセレスタとは姉妹のような関係だった」
「ますます妙な話になってきたな。和葉が言うように俺とセレスタは親友同士で和音さんとも深い親交がある。和葉だけを除けばその記憶は正しいんだ。まるでニルゴートが存在しない似て非なる別世界からやってきたような……」
俺も勇人と全く同じ考えだった。ここは異世界というよりはニルゴートが存在し、俺が誕生しなかった歴史を辿った別世界という表現が一番しっくりくる。そこで友好関係が似ているなら、もしやとある可能性が頭を巡る。
「もしかして依茉を知ってるか?」
「依茉? 待ってくれ、その依茉っていうのはこいつのことか?」
勇人はポケットからスマホを取り出し、一枚の写真を見せてきた。くせっ毛の長髪にどこか凛々しさを感じる相貌。それは間違いなく俺の知る依茉だった。勇人とセレスタと依茉が肩を組んで映っている姿から仲の良い関係性が伺える。
「まさか和葉も依茉と仲が良かったのか?」
俺は頷き、勇人は驚きの表情を見せる。セレスタも紗良さんも顔を見合わせながら、深まる謎の答えを探ろうと考えこむが結局何も分からずじまいだった。
「まあ、この件は依茉にも聞いておくとして一旦置いておこう。それより今聞きたいのはゴーストとの戦闘で和葉が何をしたのかだ」
勇人にそう言われ、意識が途切れる直前の光景を思い出した。
「そういえばゴーストはどうなったんだ!? 俺はどうやって助かったんだ」
「覚えてないの? 和葉がゴーストに切られた後にあなたを中心に村をのみこむほどの光が広がって、それに触れたサーヴァスたちを次々と消滅していった。ゴーストはサーヴァスとは違って消滅はしなかったけどかなりダメージを受けたみたいで、どこかへ逃げてしまった。あれは和葉がやったんじゃないの?」
セレスタにそう聞かれ、俺はよくよく思い返してみる。たしかに急激に光が溢れてきたのは覚えている。でも……、
「ごめんだけど、その時に気絶したみたいで何が起きたか分からないんだ。それに腹の傷はどうしてなおってるんだ?」
「それは紗良さんのおかげだ。治癒力を高める譜術で、ある程度の傷なら治すことができる。彼女の特別な魔力だからできる神業だ」
「そんな大したものじゃ、大量の魔力を使うので気軽には使えませんし」
すごく謙遜しているが、あれだけの傷をここまで直しているのだからかなりすごい譜術なんだろう。というか魔力とか譜術とか普通に使ってるが、いまだにファンタジーすぎて慣れないな。
「それよりも魔力欠乏症が酷かったみたいで、二日間も寝てたんですよ。もう少しで取り返しのつかないことになっていたかもしれません。しばらくは絶対安静にしないとダメですよ」
「二日間も寝てたんですか!? 魔力欠乏症がなんだかわからないですけど、そんなに危ない状態だったんですね……」
「魔力欠乏症は、簡単に言えば生命を維持する力そのものがなくなりかけている状態だ。っていうことは大量に魔力を消費していた証しだ。話をもどすが、やっぱりあの光は和葉の仕業じゃないのか?」
「私もそう思う。あれは確かに和葉を中心として現れていた」
「ちょっと待ってくれ。俺は魔力がなんなのかも知らないんだぞ。そんなことができるとは思えない」
「じゃあ、この短剣を使ってニルゴートを消滅させていたのは何だったの」
セレスタは例の青い水晶でできた短剣を見せながら、問い詰めてくる。
「あれはその場のノリっていうかなんというか……」
「の、ノリでそんなことができるものなんでしょうか……」
「とにかく問題は詠唱陣の発現がなかったことだ。もしかしたら和葉は吟遊詩人かもしれない。それも和音さんと同じ力の」
勇人の言葉にセレスタと紗良さんは難しい顔をして一斉に俺の顔を見つめ、場の雰囲気が張り詰める。俺はまるで話が分からず、知らない言語を聞いているかのような気さえして怯んでしまう。
「あの……、何の話をされているんでしょうか」
「そうか。知らないのも無理はないな。吟遊詩人とは譜術とは別の、魔法と呼ばれる強力な力を扱う者のことだ。奇しくも和音さんもニルゴートを消滅させる魔法を使う吟遊詩人だったんだ」
「厳密に言えば魔力と干渉する魔法。彼女はオウルガードの中でも特別な存在だった」
「同じ力を持つ吟遊詩人なんて聞いたことがありませんが、本当に姉弟だとしたらあり得なくもないのかもしれませんね」
彼らの困惑ぶりに何かいけないことをしてしまったかのような気分になる。
「ま、まあ詳しい話は身元が分かってからでもいいのではないでしょうか。今ヴィオラが調べてくれてますから、それまではここで療養していた方がいいと思います」
「そうですね。俺もこの件が落ち着くまでこの村にいます。ゴーストはまだこの周辺で潜んでいる可能性が高いですから。和葉、すまないが吟遊詩人の可能性がある以上、野放しにしておくことはできない。しばらくこの家で安静にしていてくれ」
「ええ、傷が完全に癒えるまでまだ時間がかかりますから。連絡があり次第すぐに伝えます」
「なにかあったら私に言って。ここは私の家だから基本的には好きなように使っていい」
セレスタの言葉を最後に三人とも部屋から出ていってしまった。
勝手に言いたいことを言われるだけ言われ、結局なにも分からなかった気がするが、とにかくゴーストとの戦いでみられた力はかなり異常だったようだ。
急にどっと疲れが押し寄せ、勢いにまかせてベッドに横たわる。一度に多くのことが起こりすぎて頭がパンクしそうだ。
本当にここで安静にしていていいのだろうか。考えを巡らせても答えは出ない。そうしていると体のだるさがだんだん浮き出てきて強烈な眠気が襲ってきた。これが魔力欠乏症とかいう症状なのか分からないが、やっぱり本調子じゃないみたいだ。まあ、分からなかったことはまた今度聞いてみることにしよう。だから今は……。
緊張が解けると急激に意識が沈み込み、俺は死にいるように眠りに落ちた。




