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創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
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再来のニルゴート

「和葉さん、私たちも早く逃げましょう」


 さすがに慣れているのか、紗良さんは冷静に逃げる方向を見極め、俺の腕を引いた。


 二回目ともなると俺もいくらか頭を冷静に動かせられた。おそらく鐘の音を頼りに判断しているのだろう。恐らくニルゴートが現れたのは廃墟街とは反対方面の山側。その姿はまだ捉えられていないが、暗闇の奥から人の波に乗って脅威のうねりが迫りくるのを感じる。しかし、どうしても気がかりなことがあった。


「セレスタは大丈夫なんですか!?」


「セレスタさんなら心配無用です! 今は自分のことを考えてください」


 紗良さんにせかされるままに街の方へ走る。数百メートルも行かないうちに、前方にいた村人たちが足を止めはじめ、まるで見えない壁があるかのようにある地点で詰まっていた。


 どうしたのかとその先を覗き見ると、この数日で嫌というほど見た四足獣の化け物、サーヴァスが立ちはだかっていた。


奴らはどこからともなく闇夜から現れ、その数を五匹、七匹と増やしていく。


 そして、こちらの様子を伺うようにその場をぐるぐると回り、威嚇するように毛を逆立てて歯をむき出しにしている。引き返そうにも後方から迫っているニルゴートに挟み込まれる。どちらに行くこともできない膠着状態から火蓋を切ったのは一匹のサーヴァスだった。


先頭にいた村人に飛びかかり、皆がパニックに陥った瞬間、翠色の光がサーヴァスの胴体を縦一線に走った。


 それをなぞるように獣は真っ二つに切り裂かれ、地面に落ちる前に砂が吹かれるように跡形もなく消えていった。代わるようにそこに立っていたのはセレスタだった。その右手には輝く翠色の長剣が握られており、暗闇の中で異様な存在感を放っていた。


 突然の出来事に他のサーヴァスは一瞬動きを止めたが、今度は三匹が束になって一斉にセレスタに飛びかかる。


 それでも彼女は全く動じずに長剣を構え迎え撃つ。そして三匹をほぼ同時に、一太刀にも見えるほどの流れるような剣捌きで切り伏せてしまった。


「セレスタ……」


 恐れを知らないその眼光に俺は唖然とする。紗良さんがセレスタなら大丈夫と言った意味が分かった。どうやらこの世界のセレスタはとんでもなく強いらしい。


「あの光る剣は何なんですか」


「あれは魔装という譜術の一種です。あれほどの魔装はかなり高度な魔力操作と魔力量が必要ですが、さすがはセレスタさんですね」


 全く意味が分からないが、ニルゴートという化け物が存在するなら、人類側もそれに対抗する化け物じみた術を会得しているというわけか。


 そうしてまた一匹のサーヴァスがセレスタに襲いかかった時、鈍い音と同時にその牙を砕きながらぶっ飛ばされ、家の壁に衝突した。


「おっと、やりすぎたか」


 一人の男が現れ、ずかずかと最前線に歩み出る。


「勇人、家を壊さないで」


「分かってるって」


「分かってないから、言ってる」


 俺は驚きを隠せなかった。突如として現れサーヴァスを殴り飛ばしたのは、俺のよく知る親友の勇人だった。昨日見たセレスタが着ていたものと同じ軍服に、籠手のような緋色に輝くアーマーを両腕に着けている。察するにあの服はオウルガードの制服なのだろう。そしてまた彼も異質な力を扱うもの。


「後方は俺にまかせろ。セレスタはみんなを連れて安全な場所まで移動してくれ」


 セレスタは一つ頷き、皆を引き連れて前を先行する。勇人に話を聞きたい気持ちは山々だが、今は逃げる方が優先だ。


 俺もみんなについて避難する。ほぼ村の入り口まで着いた時、一人の男が俺たちの行く道を塞ぐかのように立っていた。何かあったのかその人物は生気がないように首をダラリと垂らしている。


「ここは危険です。あなたも一緒に来てください」


 セレスタが男の隣まで行って忠告し通り過ぎようとした瞬間、彼女の元で火花が散り、後ろに跳躍して距離をとった。


「あなたは……」


 見ると男の手には灰色の洋刀(サーベル)が握られており、あの一瞬で切り合いが行われたことを知る。しかし、どうしてそんなことを。


「紗良さん、あの人はいったい……」


「この村の住人ですが、譜術を使うような人ではなかったはずです。まさか、ゴースト!?」


 セレスタもその正体に気づいている様子で覚悟を決めるように表情を力ませた。


「こんな時に……。残念ですが一度憑依されてしまえば強硬手段を取るしかありません。どうか気を強く持っていてください」


 村人は変わらずこちらに対して刀を向け、攻撃のチャンスを伺うように彼女と戦意の眼差しを交差させる。


 この状況とセレスタの発言から行きつく考えは一つだった。


「紗良さん、まさか人に憑依するニルゴートが存在するんですか」


「ええ、ゴーストと呼ばれるかなり危険度の高いニルゴートです。乗っ取られたものは奴のあやつり人形となり、最悪は魔力を使い果たし死んでしまいます」


 突拍子のない内容に全身の筋肉がこわばるのを感じた。セレスタと憑依された男の間にある緊張感が一気に高まり、セレスタの踏み込みを合図に戦闘が開始された。


 セレスタの長剣はその男の頭上を捉え、そのまま両断してしまいそうな勢いで振り下ろされる。男はそれを灰の刀をもって迎撃し、その瞬間に空気を揺るがすような衝撃が走った。


 どうやら力の差はセレスタに軍配が上がるようで、男は押しつぶされるように体を縮こまらせ、耐えきれなくなった刀を滑らせて受け流す形で後ろに飛び退く。


 セレスタはほぼそれと同時に一瞬で距離を詰め、立て直す隙を与えず追撃の剣を斜め上から振った。


 辛うじてそれを刀で防いだ男は殺し切れない斬撃の威力に押し出され、地面を削るように押し出される。


 セレスタの攻撃は止まることを知らず翠色の剣閃が闇夜を舞った。優勢なのは明らかにセレスタのほうだ。上下左右からなる鋭い剣撃を受けるたびに男は体勢を崩し、よろめき、攻めに出ることを許さない鬼神のごとき猛攻をただ耐えている。


 そして当然、戦いの時間が伸びるごとに力の差は如実に現れ、ギリギリで耐えていた男の防御の手はついに次のセレスタの一撃の速度に間に合わなかった。セレスタの繰り出す刺突が相手の首筋へ目掛けて伸びる。まさかと思った、いくら憑依されているとはいえ相手は人間だ。俺は思わず叫んでいた。


「セレスタ!」


 剣先が当たる寸前にセレスタの握っていた長剣が光の粒子となって消えた。セレスタは勢いづいた手をそのまま止めることなく、相手の顎目掛けて強烈な掌底を放った。


 クリーンヒット。


 思わず目を細めてしまうほど豪快に決まった一撃は相手を昏倒させ、戦闘不能にした。最初から相手を切るつもりはなかったらしく胸をなでおろす。


 しかし、戦闘はそこで終了ではなかった。俺はセレスタの一撃が決まる直前に何かが男から這い出るのを目にしていた。恐らく憑依していた本体だろう。


 それは定形のない灰色の塊でみるみると何かの形を成していく。やがてそれは、ロングヘアにオウルガードの制服を纏った特定の『女性』らしき人物へと姿を変えた。


 女性の姿をとったゴーストは再び洋刀を顕現させ、金色の瞳を闇夜にきらめかせる。


 セレスタ皆を庇うように一歩前へ出て再び臨戦態勢を取った。彼女の手元に立体的な環状の文字列のようなものが現れ、まるでそこに透明な鞘があるかのように空間から長剣を引き抜いた。それはなんとも神秘的な光景だったが、見惚れている暇はなかった。


「みなさん、ゴーストに憑依される前にここから逃げてください。私が合図を出したら全力で駆け抜けてください!」


 セレスタはそう言って、機を伺うように寸刻の間を空け、


「今です!」


 その合図とともにセレスタは土が抉れるほどの力で地面を蹴り付け、身を弾丸にしてゴーストに先制の一太刀を振るった。その隙に村人たちは一斉に村の入り口へと駆け、俺もそれに混じって二人の戦闘圏から抜け出す。


 しかし、俺はセレスタとゴーストの戦いから目を離せないでいた。そこでは一瞬でも気を緩ませれば死が待ち受ける死闘の剣戟が繰り広げられていた。


 セレスタの強烈な真っ向切りはゴーストの最小限に体を反らす動きで避けられ、空を切る。回避不能の体勢になったセレスタに無造作に横振りされた鋭刃が肉迫する。


 セレスタは振り下ろした剣をそのまま胸に引き寄せ間一髪のところで受け止めた。二つの刃がせめぎ合い、唸りを上げる。さっきの戦いとは違い力の差はゴーストにあるようで、セレスタの長剣は徐々に押し退けられていく。しかしセレスタの戦闘技術は驚くべきものだった。ゴーストの力を逆に利用し、張り合った状態から一気に体を半歩引くことで相手の体勢を崩し、戦況の立て直しと攻撃のチャンスを同時につくり出した。


 セレスタは飛び出すように横振りの剣を放つ。が、ゴーストは並外れた反応を見せ、跳躍してその一撃を避けてみせた。


 固唾をのむ俺の肩を紗良さんが叩いた。


「私たちもいきましょう。ここに居ればゴーストの標的になるかもしれません。そうなればセレスタさんの足手まといになります」


 紗良さんの言うことはもっともだった。俺がここにいてもなにができるわけでもない。後ろ髪を引かれながらも力強い瞳に論されて、村の出口へと足を進めた。


 村をでて廃墟にたどり着いた頃、俺の頭の中は不穏な考えで支配されていた。それが体の動きを鈍くし、ついには足が止まってしまっていた。どうにもいやな予感がするのだ

 俺の目は確かに捉えていた。微かに、ほんの僅かにセレスタの剣を握る手が震えていたのを。


 今になって、紗良さんが言っていた言葉が俺の心を震わしていた。


『この世界は残酷なまでに容易く人の命が奪われます。今日には伝えられた言葉が明日にはもう二度と届かなくなる覚悟をしながら生きていかなければなりません』


 あんな化け物の元へ引き返すのは馬鹿げた行為だが、それでも……。 理性を超えた衝動に、俺は踵を返してセレスタの元へと走っていた。

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