表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創碧の吟遊詩人  作者: 奈取 葉
第一章
10/25

喪失

「誰って和葉だよ! 祭り会場で化け物に襲われただろ? それから気づいたら見覚えのない場所にいて、訳の分からない世界があって……。それでもセレスタのことが心配で、ずっと探してたんだ」


「ごめんなさい、何の話をしているのかわからない」


 よそよそしく、抑揚が乏しい口調に強烈な違和感を覚える。その姿は確かにセレスタだが、どこか雰囲気が違うというか、知っている陽気な感じとは逆に穏やかな印象を受ける。それにあれだけ大事にしていた髪留めもしていない。


「そんなはずないだろ……。俺たちずっと一緒だったじゃないか。同じ学校に通って、一緒に遊んで、喧嘩もいっぱいしたけどその度に仲直りして、お互いのことを知って。あの祭りの日だって俺に――」


 好きだって言ってくれたじゃないか……。それすらも覚えてないっていうのなら一体君は誰なんだ。


「人違いだと思う」


 その顔は至って真面目で冗談を言っているようには見えない。だがそこで、はいそうすでかと引き下がるわけにはいかなかった。今まで冷静さを保たせてくれていた頼みの綱を必死につかもうと躍起になっていた。


「とにかくここから出よう」


 セレスタの手を取って歩き出そうとした時、拒絶されるように手を振りほどかれた。行き場をなくした俺の手は惨めさを湛えて宙に浮き、かろうじて残っていた冷静さは完全に俺の中から消滅していた。


「なんだよ……。ここは俺たちがいるべき場所じゃない。この世界は狂ってるんだ!」


「ごめんなさい」


 セレスタは落ち着いた声で、子供をなだめるように、そして少しだけ申し訳なさそうに言った。世界に映る狂気は俺の方だったと思い知る。世界は正常であり、むしろイレギュラーは自分自身だったのだ。


その時、教室の扉が開き、子供たちが活発な声をあげながらなだれ込んできた。


「ねえセレスタ先生、このお兄さんだれ?」


「なんでもない。ちょっと勘違いしたみたい」


 遠慮がちな眼差しが向けられ、ここは俺がいていい場所ではないと悟った時、学校を飛び出していた。底知れぬ喪失感はやがてぞんざいな失望にも似た感情に変わり、紗良さんが呼び止める声も無視してがむしゃらに走った。そもそも俺はその手を取って、どこへ向かおうとしていたのだろうか。ここがどこだかも分からないというのに。


 息が切れ、冷静になるにつれて自分の情けなさが浮き彫りになってくる。俺の足を止めたのは緑で茂った低い坂の下に流れる小川だった。その川はとてもよく澄んでいて、光を反射する小魚が心地良さそうに泳いでいる。上流からはピンクの花びらがぽつぽつと流れてきていて、それを追って遠くの方に目をやるとと桜が咲いているのが見えた。


 季節は春だった。陽気な日差しが優しく肌を照らし、川から吹いた清風が熱くなった頭を冷やした。

「なにやってんだ、俺は」


 じわじわと諦念じみたものが湧き上がり、心が少し緩んだ気がした。最悪の事態は避けられた。セレスタは無事で生きていた。それだけで十分じゃないか。いや、今となっては彼女が俺の知るセレスタとは限らなくなった。仮にここが異世界で元の世界があるのだとしたら、帰る方法を探らなけらばならない。なにから手を付けたらいいのか分からないが、それまでの間この世界で生活していく必要がある。一応警察に行って身元を調べてもらうのが順当か。


「和葉さーん!」


 後ろからした声に振り返ると、紗良さんが手を振りながらこっちに走ってくるのが見えた。


「はぁはぁ……、和葉さん、速いですよ」


「紗良さん……、追ってきたんですか」


「だって、急に走っていってしまうんですもの。ふふっ、今日は朝から走ってばかりなきがしますね」


 明るく振る舞う紗良さんの優しさが身に染みると同時に少し申し訳なくなった。


「なにがあったか、話していただけませんか?」

「え?」

「あまり人の事情に立ち入るのは良くないと思いお聞きしませんでしたが、ただならぬ事情があるとお見受けします。話していただけたら何かのお役に立てるかもしれせん」

「でも突拍子もない話で信じてもらえるかどうか……」

「大丈夫です! 命の恩人の話を信じないほど私は薄情ではありません」


 そう自信満々に言う紗良さんを見て話してみてもいいと思えた。俺はここに来た経緯を簡単に話してみることにした。


「そんなことが……。ニルゴートがいない世界にいたというのはさすがに驚きました」


 紗良さんは少しの間考え込んで、

「申し訳ありませんが、和葉さんの身に何が起きたのかは分かりねます。ただ、あの英雄である和音さんがお姉さんというのは気になりますね。知り合いに和音さんと親交の深かった方がいるので、聞けば何か分かるかもしれません」


「本当ですか!」


「ええ。ただ何かと忙しい人ですから、少し時間がかかるかもしれません。それと和音さんと親交が深いと言えばセレスタさんもそうだったらしいのですが……」


 俺は奇妙な感覚に陥る。このつかず離れずの気持ち悪い感じはなんなのだろう。記憶と異なることも多いが、全く違う訳でもない。妙に繋がっている部分があるのだ。


「一つ聞きたいんですが、セレスタはずっとこの村にいたんですか」


「いえ、こことは別の西の方にある村の生まれだと聞いています。ここに来たのはちょうど半年前くらいですね」


「ここに来る前はどうしていたか知ってますか?」


「セレスタさんはここに来る一年半くらい前からオウルガードとして活動していました。アルド人がオウルガードになるのは異例中の異例だったのですが、彼女の実力はそれほどまでに高く評価されていたんです」


「それで、どうしてこの村に?」


「残念なことセレスタさんの故郷は死灰の王の襲撃によって壊滅しました。彼女の村だけでなく、当時はいくつもの都市が破壊されたんです。そして家をなくした人や孤児が多く溢れ、アルド人に限らず生活が困難になった多くの人たちがこの村に流れ着いてきました。セレスタさんもその内の一人なんです」

「そうだったんですね……」


  セレスタはずっとニルゴートと戦ってきていたということか。きっとこの世界に住む人全員がその脅威に晒されているのだろう。日々のうのうと生きてきた自分にとってニルゴートという化け物が存在するこの世界はあまりにも過酷に映った。


 その時、ぎゅるるる!と横槍を刺すように腹の虫がなった。

「もしかして和葉さん、お腹空いてます?」


「あ、あはは。そういえば昨日からなにも食べてなくて」


「それはだめですよ。よかったら私の家でご飯食べていってください」


「そんな、悪いですよ。ここまででもとてもお世話になったのに」


「忘れたんですか。和葉さんは私の命の恩人なんですよ? それにお話を聞く限り、いくあてもないでしょうし、野垂れ死んじゃいますよ。そんなの見過ごせません。それに、〝ただで〟とは言っていませんよ?」


 そう言った紗良さんの表情は笑みを含んでいて、遠慮しないように気を使ってくれているのがひしひしと伝わってくる。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 そうして俺は紗良さんの家へと向かうこととなった。


「どうぞこちらへ」 

 紗良さんの家へ着いて案内されたのは家の中ではなく、裏にある庭だった。三坪はあろうその庭には黄緑の葉がいくつも生い茂っており、何かを栽培しているようだった。


「さあ始めますよ、ジャガイモの収穫!」


「え?」


「ただでご馳走するわけではないと言ったじゃないですか。今からこのジャガイモを収穫してそれを使って料理するんです」


 そういうことだったのか。ここに生えているのはジャガイモの葉らしい。


「そういえば、この村の家にはみんなこういう畑がついてますよね」


「ええ、私たちはできるだけ自給自足をしながら暮らしているんです。それでも生活に必要なものを得るために街へ行かなければならない時も多々ありますが」


 紗良さんがいうには芽をださせた種芋という繫殖用のイモを植えることで栽培しているらしい。


 彼女は早速軍手とスコップを持ってきて、収穫の仕方を教えてくれた。まずスコップで株元から少し離れた場所を土を浮かせるように堀り上げ、後は手で掘り出すらしい。


 紗良さんにならって実際にやってみるが、ぽこぽこと出てくるジャガイモを収穫していくのは意外と面白い。収穫したジャガイモはコンテナに入れ、倉庫で保存するらしく、冷暗所できちんと保管すれば3カ月以上は持つとのこと。


「それじゃあ私はご飯を作ってくるので、よかったら作業を続けてくれると助かります」


 そう言って紗良さんは家の中へ入っていった。久しぶりに触る土の感触とその匂いはとても懐かしい感じがした。張り詰めていた気が紛れて、今の自分にはちょうどいい作業だった。


 そうして二十分ほど経った頃、紗良さんに呼ばれて作業を中断し、家へお邪魔する。家は木造の平屋で一般的な日本の一軒家という印象を受けた。


 奥のダイニングへと案内され、用意されていたのは白ご飯に鮭と肉じゃがというなんとも日本風な料理だった。ここに来てから見てきた街の景色はどこも異国風で、知っている日本らしさはなくなっているんじゃないかと思っていたが、ちゃんと残っているようで安心した。


「どうぞ召し上がってください」


「それじゃあいただきます」


 箸を取り一口目を食べた瞬間、衝撃が走った。


「お、おいしい!」


 俺は次々とそれらを口に運び、空になった胃に放り込む。粒が立った甘みのある米に、脂の乗った鮭、全ての素材が新鮮で、出汁の味が効いた肉じゃが。俺は一瞬の間に全てを平らげてしまった。


「誰も取らないんですからそんなに急いで食べなくても」


「すみません。あんまりにもおいしくて、つい」


「ふふっ、それはよかったです。そうだ、今日泊まる場所がないのでしたら、泊まっていきませんか?」

「えっ、いいんですか?」


「ええ、もちろん。今は私一人しか住んでいないので部屋も空いてますし」


 紗良さんと出会えたのはまさに不幸中の幸いだった。俺は好意に甘えることにし、お礼と言ってはなんだがジャガイモの収穫を最後まで手伝わせてもらうことになった。

 



 俺は暗い部屋の中でベッドに横たわり、もう何度繰り返したか分からない寝返りをまた打って、眠れない夜を過ごしていた。体は疲れ切っているのに、今後どうしていくべきかを考えると、頭が冴えてきてしまう。


 あの後もお風呂を借りたり、晩御飯をご馳走になったりと至れり尽くせりだった。それと、姉さんと仲が良かったという紗良さんの知り合い、ヴィオラさんという方に連絡が取れ、俺のことを聞いてもらったが、やはり分からないと言われたそうだ。その人はセレスタや姉さんと同じオウルガードの人で立場も上の人らしく、ありがたいことに俺のことを調べてくれるそうだ。


 俺は気分転換のために外の空気を吸おうと思い、音を立てないようにそろりと外へ出て、玄関そばの木の段に腰をかけた。見上げると綺麗な満月がでており、その変わらない姿に元いた世界を恋しく思った。

 その時、ガチャリと音がして振り返ると紗良さんがいた。


「玄関の開く音がしたので何かと思ったら、こんなところにいたんですね」


「少し外の空気を吸おうと思って」


 紗良さんは微笑んで俺の隣に腰掛けた。


「あの、考えたんですけどもう一度セレスタさんと会ってみてはいかがでしょうか」


「え?」

「もしかしたらきちんとお話すれば何か分かるかもしれませんし」


 紗良さんの言うことは最もだった。それでももう一度セレスタに会うことに臆している自分がいた。慣れ親しんだ姿で冷たい目を向けるセレスタを恐れていた。


「……いいんです。セレスタは俺のことを知らないって言ったんです。これ以上変なことを言っても困らせるだけですし」


「そうですか。ただ一つ覚えていて欲しいんです。この世界は残酷なまでに容易く人の命が奪われます。今日には伝えられた言葉が明日にはもう二度と届かなくなることも覚悟しながら生きていかなければなりません。私自身も数えきれないほどの後悔をしてきました。大切な人なら、尚更です」


 俺の心が見透かされているようだった。紗良さんの言葉には俺なんかでは計り知れないほどの重みが感じられた。


 確かにあの時は冷静じゃなかった。例え彼女が俺の知るセレスタじゃなくても、もう会わなくていいなんていうのは自分の心を守るための言い訳だ。聞くべきことは山ほどあるはずなのだ。


「紗良さん、ありがとうございます。明日もう一度会ってみようと思います」


「是非、そうしてください」


 紗良さんが満足そうにして立ち上がろうとした時、突如、カーンカーンと家を揺らすほどのけたたましい鐘の音が響き渡り、周囲が一斉に騒がしくなる。


「ニルゴートが出たぞー!」


 外から野太い男の声で何度もそう繰り返され、村人が家から血相を変えて次々と飛び出してきた。


 激動の一日はさらに激しく、困難を極めようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ