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饗の器   作者: 鳳龍麒亀
第六章

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風の声

ある日、神谷はふと、美咲にこんなことを尋ねた。 「“料理の音”って、意識したことありますか?」

美咲は頷く。 「あります。“風のように届く”ものが、音にはあるんです」

その日の「饗」は、音と香りをテーマにした一夜だった。


料理が供されるたび、鷹野はまるで空気の流れを読むように立ち位置を変える。

「風は見えない。でも、“気”を運ぶんです」

鷹野は 「湯気の立ち方、香りの残り方、器を置く音。それら全部が、“食の風景”をつくる」と説明した。

神谷は気づく。

──この店には、「静けさに満ちた演出」があったのだ。 そしてその中心には、風のように目に見えぬ“配慮”が流れている。


「今日は、“盛りつけ”を体験してみませんか?」 美咲に誘われ、神谷は器と対峙する。

「力まず、呼吸で決めてください」

香り立つ茗荷の和え物を、彼はそっと盛る。

そのとき、窓から風が通り抜け、 一枚の木の葉が、皿のそばに落ちた。

「それも、添えてみましょう」 美咲が微笑む。


供された料理には、ガラスの器が用いられていた。

「“風通しのいい器”を選びました」

美咲が説明する。 「これは、宙吹きガラス。中に空気を封じ込めながら、職人が“息”で形をつくるんです」

ガラスの泡一つ一つが、 職人の呼吸の痕跡だった。

「音も香りも風も、人の“気”が通ることで生まれる」 神谷はそれを、今ようやく理解し始めていた。


その後、神谷はオフィスで、部下の何気ない言葉に耳を傾けるようになった。

──言葉は“風”のようだ。 強く吹けば人を傷つけ、 優しく通れば、誰かを動かす。

「聞こうとしてこなかった声を、感じられるようになったかもしれない」

神谷はそう思いながら、静かに次の一歩を踏み出した。


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