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砂漠の聖都  作者: 神代奈々
第2章 大聖堂
24/27

聖香祭


 

 いつもの、朝の掃除やお勤めが終わった。

 

 大聖堂の祭壇の前に、大きな香炉が設えられた。

 

 気の早い人たちが、すでに香炉を持って、門の前で待っている。 

 ナギやナダが祝福を与えながら、香木の燃えさしを人々の香炉に移していく。


 聖堂から人々へ。

 人々から、通りへ、家へ。


 煙は、少しずつワーフの街へ広がっていった。

 

 

 

「おい、マシュア。もう店が並んでるぞ」


 アリフは落ち着かず、外を覗きこんだ。



「ほんとだ。でもまだ準備してるだけだ。店が開くのは昼過ぎからだから」


 落ち着いて答えながらも、マシュアも目を輝かせている。



 ほかの子どもたちも浮足立っている。

 今か今かと、その時を待った。




 カンッ、カンッ、カンッ、…


 合図の音だ。


 

 子どもたちが、わっと正門に押し寄せた。



「では、今から門を開けます」


 門の前に集まった子どもたちの前で、ナギが言った。


「夜を告げる9回の鐘が鳴ったら、大聖堂へ戻りましょう。

 皆が無事に戻ってくることを祈っています」

 


 門が開かれた。


 わぁ……。



 大聖堂前の広場には、すでに沢山の屋台が並んでいた。 

 


(どれから食べよう……! )

 

 

 ルガマットやナクラーブの香ばしい匂いと、糖蜜やミツヤシの甘い香り。

 アリフは、とりあえずバスブスを食べることにした。



「おじさん。バスブスひとつ」


「はいよ。せっかくの聖香祭だ。たくさん食いな」


 

  シロップが染み込んだバスブスを、紙にくるんで一切れくれた。




(……美味い!) 



 バスブスをぺろっと平らげた。

 次はマームルだ。

 中に入ったナッツとミツヤシペーストがたまらないんだよな。


 ああ、ルガマットを揚げるいい匂いもする!

 



 アリフは次々と食べ物を味わっていた。 

 

 

  

「アリフ!」 

 

「アリフー! 」



 人混みから誰かが呼んでる。

 

  

「ん? …あっ、サリーフ! ムクワブも…」

 

 アリフはふたりに駆け寄った。



「お前らも来てたのか。何食ってる? 」


 アリフは二人が手に持っているものに目をやった。


 

「ここにいれば会えると思って、待ってたんだ」


「そっか。久しぶりだな。とりあえず食おうぜ」


「あ、うん……。ちょっと、こっち来いよ」



「ん? どうした? 待てよ、ルガマットももらってから……。

 そうだ。サッドはどうしてる? サッドも来てるのか? 」

 


 アリフはまわりを見回した。

 

 

「いいから、ちょっとこっち来いって」


 サリーフとムクワブは、アリフをぐいぐいと押しながら、人が少ないほうへ連れて行った。


 

 

「おい、どうしたんだよ。俺はルガマットを…」

 

「サッドが…いなくなったんだ」

 

 

 サリーフの言葉に、アリフは固まった。

 

 

 

「は…? 何…? 」

 

「サッドが何日も宿に帰ってこないんだ。キャラバンの人たちも、探してる」

 



 アリフは立ちつくした。



 ——サッドがいない? 

 

 いない、って、何? 


 

 ……どういうことだ?


 



「ここに座ろう」

 

 サリーフとムクワブは、アリフを街路樹の根元に座らせ、代わる代わる話し始めた。

 


 

「サッドはここのところずっと、ワーフの近くで商売をしながら、あの質屋のことを探ってたんだ」


 

「あの店主、商売仲間や質屋同士のあいだでも、胡散臭いって言われてたらしい」

 


 

 店主。あの質屋の。


 ……サッド、調べててくれたのか。




「2,3日前に、サッドのキャラバンの人たちがクワディームに来たんだ。

 サッドが……宿に帰ってこないって……」


「……」



 サッド……! 

 

 アリフはすくっと立ち上がった。

 



「待て! アリフ! 」


 サリーフとムクワブが、アリフを押さえた。

 

 

「今、キャラバンの人たちがサッドを探してる。警吏にも知らせてある」

 

「俺たちが行っても役に立たない。

 ……それにサッドも言ってた。お前たちは関わるなって」

 

 

「でも……でもサッドが」

 

「お前が行ったところで、また大聖堂に放り込まれるだけだ」

 

 

 アリフは崩れるように、その場に座りこんだ。

 


 

 サッド、サッド……。

 ——ああ、俺のせいだ……。

 

「……まあ、食えよ。

 ルガマット、取ってきてやる」

 

 ムクワブはそう言って、屋台のほうへ走っていった。

 その背中を、アリフはぼんやりと見ていた。


 手の中に、まだ温かいままの甘い匂いが残っている。

 ——なのに、何も感じなかった。




……



 その夜。

 浄化の香に紛れて、異なる香が漂っていた。


 気づく者のないまま、いくつかの人影が、ワーフの文書館へと、静かに入りこんでいった。



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