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砂漠の聖都  作者: 神代奈々
第1章 オアシスの街ワーフ
2/16

オアシスの街ワーフ

 

  

「すみません」

 

 また人にぶつかった。

 今朝から、何度目だろう。

 

 

 本から目を離したダールは、ふぅ、とため息をひとつついた。

 

 

 

 

 文書館へと向かういつもの慣れた道のはずなのに、今朝はやけに人通りが多い。



 それもそのはず、サラダ―ル国の北のはずれにあるこのオアシスの街ワーフは、朝から賑わっていた。

 

 というのも、昨夜、空の商人のキャラバンが到着し、夜のうちに積み荷が卸されたことが、町中に伝わっていたからだった。

 

 

 

 

 サラダールは砂漠の国。

 

 国土の大半は広大な砂漠の地で、その領土に大小の街が点在している。

 

 

 

 でありながら、北のはずれに離れ小島のようにポツンとあるワーフの街は、さらにその北に連なる山脈からの水脈を受け水源に恵まれていた。

 

 

 街のあちこちで泉が湧き出し、街には水路が張り巡らされ、水路に沿って街路樹が立ち並ぶ緑豊かな“砂漠の街”。

 

 

  

 水が豊かであることも然り、サラダール国内や隣国の都市などへの中継地点としても立地条件が良く、僻地ながらもあちこちから商人が多く立ち寄り、栄えている。

 

 

 当然、今を時めく「空の商人」が商売を行う重要な拠点のひとつにもなっている。

 


 

「やれやれ。空の商人サマサマだな」


 ダールは再び、読んでいた本に目を落とし、歩き始めた。

 

 

 

 本を読みながら歩くのは、白いものが混じった顎鬚を不精に生やし、優し気な眼差しをたたえたこの男の常である。

 

 頭にかぶっている紫の縁取りがある被り物は、彼が祭職についていて、しかも高位の地位にいることを示している。

  

 

 

 

 通り過ぎる人の多さを避けるために、ダールはいつも通らない道を曲がった。

 

 途端に、人の賑わう声や音が静まった。

 

 

 

 このあたりは古い市街地のクワディームと呼ばれる地区。

 

 

 かつてはワーフの中心街として、様々な店が軒を連ねて賑わっていたが、今は閑散として閉まったままの店もある。

 

 開いている店の軒先には、店員かただの住人かもわからぬ者が、つまらなそうに椅子に座って、通り過ぎるダールをなんとなく眺めている。

 

 

 

 

 空の商人が活躍するようになってから、サラダール国のいくつかの主な都市に、新しい市場が作られた。

 

 むろん、空の商人が出資して、自分たちの商品を中心に売り出すためだった。

 

 

 

 そのため、このクワディームのような旧市街は客をごっそりとられ、閑古鳥が鳴いている。

  

 

 しかし、どこからともなく漂うパンを焼く匂いや、スパイスの混じったティーの香りなどが、未だ息づくこの町の存在を感じさせている。

 

 


 

「おじさん。靴はいらないかい?」

 

 すぐそばで子どもの声が響き、ダールは驚いて本から目を離した。

 

  

 

 見ると、10歳くらいの男の子が、大きな袋を肩に担いで、ダールを見上げていた。

 

 

「安くしとくよ。一足でも二足でも、買ってくれよ。いい品だよ」

 

 

 

(こんな小さな子が…)

 


 

 もう何年も、子どもには無償で教育を受けさせ、労働への従事には制限をつけるように、行政省へ進言しているというのに…。

 

 

 

 貧しさゆえの、子どもへの無教育と、労働せざるを得ない状況。

 

 少しずつではあるが改善されていたのに、空の商人の台頭によって、再びそれが悪化してきている。

 

 

 

 ダールの心に怒りが湧き上がった。

 

 

 

「ほら、気に入った靴を選んでやろうか…」

 

 商売文句を口にしながらも、少年の目はそぞろだと気がついた。

 

 

  

 少年の視線の先をたどると、どうやらダールが持っている本が気になるらしい。

 

 ちらちらと、開かれた本のページを覗き込もうとしている。

 

 

 

「この本が気になるのか? 読んでみるかい?」

 

 

 

 ダールが開いたページを少年に向けてあげると、少年はくいつくように本に視線を落とした。

 

 が、少年の目はページの上をうろうろと泳いでいるだけで、読んでいる感じはしない。

 

 

 

 

 この本は、神の教義を寓話として読み解いた物語なので、子どもにも読める程度のはず。

 

 ダールの頭に、もしや、と沸いた疑念が、思わず言葉に出た。

 



「…君、字が、読めないのかい?」

 



 

 少年は、ハッとダールの顔を見ると表情を硬くした。

 

 そして、大きな袋を肩に担ぎ直すと、小走りに通りを走っていってしまった。

 

  



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