決断
ナギに案内されて面会室へ行った。
——いた。
サッドだ!
サリーフとムクワブもいる。
「サッド!」
「アリフ! よかった無事で」
サッドはアリフを抱きしめた。
「今朝、ワーフに戻って、ブルガの家を訪ねたんだ。
そしたら家に人が集まっていて、何かと思ったら、大聖堂の使いが来ていた。
ブルガに、アリフを大聖堂で預かるって話をしてた」
「あ……」
アリフは、ダールが言っていたことを思い出した。
「どういうことかと、俺も話に入ろうとしたら、サリーフとムクワブから呼ばれたんだ。
それで、昨夜のことを聞いたよ」
「アリフ…無事でよかったよ」
サリーフが泣きそうな顔で言った。
「お前らも、大丈夫だったんだな」
アリフもほっとした。
サッドが声をひそめた。
「ところで、どうしてアリフが、大聖堂に入ることになったんだ? 」
「俺は一晩、大聖堂に泊めてもらったら、サッドのところへ行くつもりだったんだ。
ここへ連れてきてくれた質屋の店主にも、そう話した。
だから店主も、ナギにそう話をしたと思ってた」
「ブルガの家に来た大聖堂の使いの話はこうだ。
子ども、つまりアリフが、勉強したいけど学校へ行けない。
だから大聖堂に入りたいと言って、やって来た」
「じゃあ、質屋の店主が、大聖堂にそう伝えたってことか?」
「アリフはそんなこと言ってないよな」
「ああ、一言も言ってない」
「質屋の店主が、アリフを大聖堂に入れたかったってことか?」
「なんなんだ? その店主は…」
アリフは昨夜の店主を思い出した。
あの迫力は、思い出してもなんだかゾッとする。
「アリフ。ブルガからも、何があったのか、少し話を聞いたよ」
「……」
アリフも、あの時のことを思い出して、下を向いた。
「……でもな、アリフ。これは、アリフにとって、チャンスなんじゃないか? 」
「チャンス…って? 何が? 」
「大聖堂に入ることだよ」
「え」
思いもがけないサッドの言葉に、衝撃を受けた。
「お前、字を習いたがってただろう?
大聖堂に入れば、字だけじゃなくて、いろんなことを学べる」
「……そ、そうだけど」
「俺は、15の時にブルガのところを飛び出して、キャラバンに入れてもらった。
でも、学がないことで、馬鹿にされたり苦労したこと沢山あった」
それは知ってる。
何度かサッドから話を聞いた。
「でも、お前は違う。
お前はこうして、学問を学べるチャンスを手に入れたんだ。
きっと、俺が知らないことも、沢山学ぶことができる」
サッドの言葉を聞きながら、アリフはさっきのダールの言葉を思い出していた。
——でも、サッドは……
サッドだけは、俺と一緒にいることを選んでくれると思ったのに……。
「アリフ、大聖堂で学ぶことは、絶対にお前のためになる。
……それに、俺のためにもなるんだ」
「え…?」
「お前がいろんなことを大聖堂で学ぶだろ。それから俺のキャラバンに入る。
そしたらお前の知識が、きっと俺の商売にだって役に立つ」
「あ……」
「俺は商売をしながら、少しずつ本とか読んで学んでいった。
でも、ひとりで勉強できることには限りがある。
この大聖堂なら、自分が知りたいことのほかにも、いろんなことを知ることができる。そうだろ? 」
アリフはうつむき、膝の上でぎゅっと拳を握った。
……わかってる。
どちらを選んだほうがいいかなんて。
でも、それでも……
サッドと一緒にいたかった。
アリフの目に涙があふれてきた。
口をキュッと結んで、その涙をこらえた。
「お前がキャラバンに入ったら、俺はお前に、キャラバンのことを教える。
……代わりにお前は、お前が学んだことを俺に教えるんだ」
サッドの声が、心なしか震えていた。
アリフのこらえきれない涙が、握った拳にぽたぽたと落ちた。
こらえながら嗚咽を飲みこんだアリフは、なんとか声を出した。
「わ、わかったよ…」
はあ、と大きく息を吐き出した。
右腕で、涙も鼻水もぐいっとぬぐった。
そして大きく息を吸った。
「しょーがねーなあ…。そこまで言うんなら、しばらくここで勉強してやるよ。
うんと賢くなって、しこたま稼がせてやっから、待ってろよ!」
「…ああ! 」
サッドはホッとした顔をした。
だが、その目は少し潤んでいた。
「頼んだぞ。待ってるからな」
サッドは、アリフの泣き顔を隠すように、ぎゅっと抱きしめた。




