ダールとの再会
食事が終わった。
片付け当番がテーブルを拭いたり、調理場で食器を洗ったりする。
休み時間を挟んでから、ナギたちによる授業が始まるらしい。
「さっきはびっくりしたよ。大聖堂に来たばかりで、まだ知らなかったんだな」
さっきの子がアリフに話しかけてきた。
「ああ。昨夜ここに連れてこられただけだからな」
「そうか。僕はマシュア。君は? 」
「俺はアリフ」
「そうか。アリフ、よろしくな」
「ああ…。でも、よろしくって言ったって、俺は一晩泊めてもらっただけだから」
「え、そうなのか? 」
聖堂や大聖堂では、孤児や身寄りのない子を引き取っている。
聖堂内の仕事や勉強を教えたりしながら育てている。
家庭の事情によっては、子どもを聖堂に預けることで、勉強をさせたり教養を身につけさせたりもする。
聖堂で育った子の多くは、祭事や神事に携わる司祭職についたり、聖堂で働いて子どもたちに教育をするナギやナダになったりする。
学んだことを活かして商人になる者もいるし、騎士団に入ることもある。
「失礼。ちょっといいかな」
顎鬚を生やし、紫色の縁取りのある被り物を被った男が声をかけた。
「あ、ダール様」
マシュアはさっと礼をした。
「ちょっとこちらの少年に話があるのだが、いいだろうか? 」
「はい。では僕は失礼いたします」
マシュアはもう一度さっと頭を下げると、行ってしまった。
(なんだ? このおじさん。どっかで…)
「やあ。私のことを覚えているかな。君が靴を売ってくれようとした者だよ」
——ああ……。
「……あの時の、おじさんか」
歩きながら、本を夢中になって読んでたっけ。
「字が読めないのかい」
同時にアリフはあの言葉を思い出し、苦い気分になった。
「おじさん、大聖堂の人だったのか」
アリフは横を向いたまま言った。
「ああ、実はそうなんだ。君も大聖堂に入ったんだね」
「いや、俺は一晩泊めてもらっただけで、もう少ししたら行くから」
サッドのところへ。
昨日サリーフとムクワブに聞いた話だと、サッドは今日にはワーフに帰ってくるはずだ。
いつ帰るかはわからないけど、宿で待ってたら会えるだろう。
ダールは首をかしげた。
「おかしいな…。ナギに尋ねたら、君は大聖堂に入ることになってるようだよ。君のおじさんには、すでに了承をもらったと」
「え…?」
なんだそれ?
どういうことだ?
困惑しているアリフを見て、ダールは言った。
「ちょっとゆっくり話をしようか。ついてきてくれ」
ダールについていきながら、アリフはずっと考えていた。
俺が大聖堂に入る?
おじさんにはもう伝えてある…、ってどういうことだ?
おじさんのところを出るのはいいけど、俺はサッドと一緒に…。
「着いたよ。どうぞ」
二階の、回廊に面した部屋に案内された。
奥行きの長い部屋だった。
入ってみると、両側の壁はすべて造りつけの本棚で、隙間なく本が並んでいる。
本と本の隙間にさえも、本や紙の束がこれでもかと押し込められていた。
お世辞にも整理整頓されているとは言えない。
部屋にはテーブルも置いてあったが、その上にも本や紙が積まれていた。
「散らかっていてすまないね。奥へいこう」
(ホントだな…)
思いつつアリフは、詰め込まれた本たちが気になって仕方なかった。
(すごい。こんなにたくさんの本があるんだな)
何が書いてあるんだろう?
ああ、字が読めたらいいのに…。
そんなアリフを、ダールは優しい目で見ていた。
「本が好きかい? 」
ダールに聞かれて、アリフはハッとした。
好きだ。
——でも、俺は字が読めない。
アリフは答えられずに、目を伏せた。
「ほら。この本、見てみよう」
ダールは棚から一冊の本を取り出した。
そして奥にある続き部屋へ行き、アリフに手招きした。
そこには大きな机があり、その上に書類や紙やペンなどの事務用品が置いてあった。
おそらくダールの仕事机なのだろう。
仕事机の前には、来客用の丸いテーブルと、3つの椅子がある。
アリフとダールはその椅子に座った。
ダールがテーブルの上で、本を開いた。
(わ……きれいだ)
そのページには、美しい絵が描いてあった。
藍色の空に星がまたたき、羽をつけた人が光の中を降りてきている。
大きく描かれた絵のページの端のほうに、少しだけ文字が書いてあった。
「絵が中心に描かれている本もたくさんある。美しいだろう? 」
アリフはこくんと頷いた。
でも…。
やっぱり字も読みたい。
「字を読んでみたい?」
アリフの心を見透かしたかのように、ダールが尋ねた。
アリフはハッと顔を上げると、ダールを見て力強くうなずいた。
「この大聖堂にいて勉強すれば、字が読めるようになる。でも君は、この大聖堂にはいたくないのかな? 」
「それは…。だって、俺、サッドのキャラバンに入るって決めてたし…」
「キャラバンか…。君は商人になりたいの? 」
「え…」
商人? 俺は、商人になりたいのか?
俺がキャラバンに入りたかったのは、おじさんのところを出たかったから。
それに、サッドと一緒にいたいから。
だから商人になるしかないと思ってた。
「商人になるにしても、読み書き算術は必要だろう。
字が読めるようになるためには、字を知ることだ。
字を知れば、本も読める。本が読めれば、本に書いてあることを知ることができる」
アリフはダールの言葉に聞き入った。
難しいけど、聞き逃しちゃいけない気がした。
「知ることは、力だ。
自分で学び、身に着けた力は、ほかに何をなくしても、君からなくなることはない」
「……」
「そんな力を身につけたら、今のまま商人になるよりも、もっと力のある商人になれるのではないだろうかな?」
その時、部屋に近づいてくる足音があった。
足音が止まり、ダールの部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。ダール様」
「どうした? 」
「この少年に、面会人が来ています。商人がひとりと、子どもがふたりです」
商人?!
もしかして、サッド?




