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砂漠の聖都  作者: 神代奈々
第1章 オアシスの街ワーフ
13/18

ダールとの再会


  

 食事が終わった。

 片付け当番がテーブルを拭いたり、調理場で食器を洗ったりする。

 

 休み時間を挟んでから、ナギたちによる授業が始まるらしい。


 

 

「さっきはびっくりしたよ。大聖堂に来たばかりで、まだ知らなかったんだな」

 

 さっきの子がアリフに話しかけてきた。

  

 

「ああ。昨夜ここに連れてこられただけだからな」

 

「そうか。僕はマシュア。君は? 」

 

「俺はアリフ」

 

「そうか。アリフ、よろしくな」

 

「ああ…。でも、よろしくって言ったって、俺は一晩泊めてもらっただけだから」

 

「え、そうなのか? 」

 

 

 聖堂や大聖堂では、孤児や身寄りのない子を引き取っている。

 聖堂内の仕事や勉強を教えたりしながら育てている。

 

 家庭の事情によっては、子どもを聖堂に預けることで、勉強をさせたり教養を身につけさせたりもする。

 

 

 聖堂で育った子の多くは、祭事や神事に携わる司祭職についたり、聖堂で働いて子どもたちに教育をするナギやナダになったりする。


 学んだことを活かして商人になる者もいるし、騎士団に入ることもある。

 

 

 

「失礼。ちょっといいかな」

 

 顎鬚を生やし、紫色の縁取りのある被り物を被った男が声をかけた。

 

 

「あ、ダール様」

 

 マシュアはさっと礼をした。

 

 

「ちょっとこちらの少年に話があるのだが、いいだろうか? 」

 

「はい。では僕は失礼いたします」

 

 

 マシュアはもう一度さっと頭を下げると、行ってしまった。

 

 

  

 

(なんだ? このおじさん。どっかで…)

 

「やあ。私のことを覚えているかな。君が靴を売ってくれようとした者だよ」

 

 

 ——ああ……。


「……あの時の、おじさんか」


 

 歩きながら、本を夢中になって読んでたっけ。



「字が読めないのかい」 


 同時にアリフはあの言葉を思い出し、苦い気分になった。

 

 

「おじさん、大聖堂の人だったのか」

 

 アリフは横を向いたまま言った。 

 


「ああ、実はそうなんだ。君も大聖堂に入ったんだね」

 

「いや、俺は一晩泊めてもらっただけで、もう少ししたら行くから」

 

 サッドのところへ。

 

 

 

 昨日サリーフとムクワブに聞いた話だと、サッドは今日にはワーフに帰ってくるはずだ。

 いつ帰るかはわからないけど、宿で待ってたら会えるだろう。

 


 ダールは首をかしげた。 


「おかしいな…。ナギに尋ねたら、君は大聖堂に入ることになってるようだよ。君のおじさんには、すでに了承をもらったと」

 

 

「え…?」

 

 

 なんだそれ?

 どういうことだ?



 困惑しているアリフを見て、ダールは言った。

 

 

「ちょっとゆっくり話をしようか。ついてきてくれ」

 



ダールについていきながら、アリフはずっと考えていた。

 

 

俺が大聖堂に入る?

おじさんにはもう伝えてある…、ってどういうことだ?


おじさんのところを出るのはいいけど、俺はサッドと一緒に…。

 

 

「着いたよ。どうぞ」

 


 二階の、回廊に面した部屋に案内された。

 

 

 奥行きの長い部屋だった。


 入ってみると、両側の壁はすべて造りつけの本棚で、隙間なく本が並んでいる。

 本と本の隙間にさえも、本や紙の束がこれでもかと押し込められていた。


 お世辞にも整理整頓されているとは言えない。

 

 部屋にはテーブルも置いてあったが、その上にも本や紙が積まれていた。

 

 


「散らかっていてすまないね。奥へいこう」



(ホントだな…)

 

 思いつつアリフは、詰め込まれた本たちが気になって仕方なかった。

 

 

(すごい。こんなにたくさんの本があるんだな)

 


 何が書いてあるんだろう?

 ああ、字が読めたらいいのに…。


 

 そんなアリフを、ダールは優しい目で見ていた。


 

「本が好きかい? 」


 ダールに聞かれて、アリフはハッとした。

 


 

 好きだ。

 

 ——でも、俺は字が読めない。

 

 

 

 アリフは答えられずに、目を伏せた。


 

 

「ほら。この本、見てみよう」


 ダールは棚から一冊の本を取り出した。

 そして奥にある続き部屋へ行き、アリフに手招きした。

 

 そこには大きな机があり、その上に書類や紙やペンなどの事務用品が置いてあった。

 おそらくダールの仕事机なのだろう。

 

 仕事机の前には、来客用の丸いテーブルと、3つの椅子がある。

 


 アリフとダールはその椅子に座った。

 ダールがテーブルの上で、本を開いた。

 


(わ……きれいだ) 

 

 

 そのページには、美しい絵が描いてあった。

 藍色の空に星がまたたき、羽をつけた人が光の中を降りてきている。

 

 大きく描かれた絵のページの端のほうに、少しだけ文字が書いてあった。

 

 

「絵が中心に描かれている本もたくさんある。美しいだろう? 」

 

 

 アリフはこくんと頷いた。


 でも…。

 

 

 やっぱり字も読みたい。

 

 

 

「字を読んでみたい?」

 

 

 アリフの心を見透かしたかのように、ダールが尋ねた。

 

 アリフはハッと顔を上げると、ダールを見て力強くうなずいた。




「この大聖堂にいて勉強すれば、字が読めるようになる。でも君は、この大聖堂にはいたくないのかな? 」

 

「それは…。だって、俺、サッドのキャラバンに入るって決めてたし…」


「キャラバンか…。君は商人になりたいの? 」

 

「え…」

  

 

 商人? 俺は、商人になりたいのか? 

 

 

 俺がキャラバンに入りたかったのは、おじさんのところを出たかったから。

 それに、サッドと一緒にいたいから。

 

 だから商人になるしかないと思ってた。


 


「商人になるにしても、読み書き算術は必要だろう。

 字が読めるようになるためには、字を知ることだ。

 字を知れば、本も読める。本が読めれば、本に書いてあることを知ることができる」



 アリフはダールの言葉に聞き入った。

 難しいけど、聞き逃しちゃいけない気がした。

 


「知ることは、力だ。

 自分で学び、身に着けた力は、ほかに何をなくしても、君からなくなることはない」

 


「……」

 

 

「そんな力を身につけたら、今のまま商人になるよりも、もっと力のある商人になれるのではないだろうかな?」


  

 

 その時、部屋に近づいてくる足音があった。

 足音が止まり、ダールの部屋の扉がノックされた。

 


「失礼いたします。ダール様」

 

「どうした? 」 

 

「この少年に、面会人が来ています。商人がひとりと、子どもがふたりです」 

 

 


 商人?!

 

 もしかして、サッド?


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