夜の大聖堂
聖堂は、サラダール国のどの都市にもある。
信仰だけでなく、集会や街の規律、共同体の中心を担う場所だ。
ワーフの街にも、大小いくつか存在している。
その中でも、大聖堂は、ワーフの街すべての聖堂を統括している。
のみならず、サラダール国内においても、代表的な大聖堂のひとつに挙げられている。
サリーフとムクワブは、いかつい男が送っていった。
一方アリフは黙々と、店主のあとについて、街中を歩いていた。
体つきは小柄な店主だが、足並みはけっこう早い。
ほとんど足音も立てず、無駄のない足さばきだった。
先ほどの目つきの凄みといい、アリフにはこの店主が不気味で恐ろしく感じられた。
大聖堂に着いた。
この時間なら当然のことで、門はすでに閉まっていた。
「こっちだ」
店主は門を通り過ぎ、大聖堂をぐるりと囲んでいる塀沿いに、ずんずん進んでいく。
やがてその塀に、扉がひとつ見えてきた。
店主はその扉を、コツコツとノックした。
「誰だ」
扉の向こうから声がした。
「ごめんくださいませ。質屋でございます。迷い子をひとり、連れてきました」
店主が丁寧な口調で言った。
扉につけられている小窓がスッと開き、中から確認をしたらしい。
扉がカチャリと開けられた。
「入れ。ついてこい」
その人に言われるまま、アリフは店主と一緒についていった。
警備担当の人なのだろう。
手に、背の高さより少し短いくらいの、棒のようなものを持っている。
「ここで待て」
庭に面した回廊を少し歩いてから、小さな小部屋に案内された。
店主とともに椅子に座って待っていると、やがて僧とおぼしき人がやってきた。
「これは、ナギ・アフダ。お久しゅうございます」
店主は立ち上がり、挨拶した。
「ガルバダか。今日はその子が…? 」
「はい。詳しく事情をお話いたします」
そう言うと、店主はナギと一緒に小部屋を出ていった。
取り残されたアリフは、ただ、ぼーっと待っていた。
すると、さっきの警備の人が、椀をひとつ持ってきて、アリフの前に置いた。
中には粥が入っていた。
「食べていい」
と言われたけど、警戒するような目でじっと警備の人を見てしまった。
「大丈夫だ。ここは大聖堂だぞ。
迷い子が来たときはいつも出すように、ナギから言われてるんだよ」
警戒を解くように、少しくだけた口調で話し始めた。
「あの質屋の店主はな、時々お前みたいに、事情がある子を連れてくるんだ。
話しを聞いてから、親もとへ帰せるようなら帰すし、しばらく大聖堂で預かったりする。 そのまま大聖堂で、勉強や修行をするナリドやナリダになる子もいる」
ふーん…とアリフはただ話を聞いていた。
「とりあえず、腹が減ってちゃ何もできない。食える時に食っとけよ」
警備の人の話でなんとなく様子がわかった。
アリフは少しほっとして、粥をすすった。
アリフが粥を食べ終わるころ、さっきのナギが、店主と一緒に戻ってきた。
「それでは私は、これにて失礼いたします」
店主が慇懃に挨拶をした。
「ご苦労だった」
「よろしくお願いいたします。
…ところで、大聖堂長さまはお元気でいらっしゃいますか? 」
「大聖堂長さまのことは、お前が気にすることではない」
「失礼いたしました」
店主は神妙な様子で深々と礼をし、そのまま去っていった。
アリフは、そんな店主の態度に、ひどく違和感を覚えた。
質屋や先ほどまでの店主の態度と、まるで別人のように見えたからだ。
あれほど迫力に満ちていた店主の姿が、今は小さく、しおれて見える。
どちらが本当の姿なんだ。
それとも——どちらも、本当なのか。
店主が見せた姿の違いが、アリフを再びぞくっと震わせた。
「ついてきなさい」
ナギに言われて、アリフはまた、回廊を歩いて行った。
ある部屋の前まで来て、ナギは足を止めた。
「今晩はこの部屋で寝なさい。扉を入ってすぐ左にあるベッドが空いてます」
そう言いながらナギはアリフに毛布を渡し、行ってしまった。
(何かよくわからないけど、とりあえず今夜の宿は確保できたってことか)
アリフは、ふぅ、とため息をついた。
粥も食べさせてもらったし、寝床もある。
とりあえず寝て、明日になったらサッドも戻ってくるだろうから、会いにいけばいい。
アリフは目の前の部屋の扉をそっと開いて中に入った。
中は暗くてほとんど何も見えなかったが、何人かが寝ている気配が感じられた。
ナギが言ったベッドを見つけて探ってみると、確かに誰も使っていない。
そのままベッドにもぐりこみ、毛布にくるまった。
粥のおかげで温まったお腹のせいもあり、そのまま寝てしまった。




