スパイスの値段
店の中は、暗かった。
ところどころに灯りがともっているだけだ。
店内はさほど広くない。
壁には棚がたくさんあり、その棚すべてに様々なものが置いてある。
入った正面に、広いカウンターがある。
その向こうに、小柄な男がひとり、座っていた。
砂漠の国特有の被り物を被っている。
「こちらへどうぞ。売りたいものがあると? 」
男は、この店の店主らしい。
店主に促され、アリフを先頭に、三人はカウンターの前までそろそろと近づいた。
「…これを」
アリフの心臓が、はち切れそうに鳴っていた。
じっとりと汗ばむ手で、スパイスの袋をカウンターに置いた。
「拝見しよう」
店主は袋を手に取り、開いて中身を確認している。
「スパイス、ですな。かなり良い品のようだ」
「…い、いくらになる? 」
アリフが聞くと、店主はふむ、と首を傾げた。
「これを売って、金がほしいんだね。もちろん買い取ることはできる。
ただ、見たところ君たちはまだ子供だ。
どんな訳があるのか、話してはくれないか? 力になれるかもしれない」
アリフは答えるのをためらった。
するとムクワブが、後ろから口を挟んだ。
「こ、こいつ、親に家を追い出されて…。
行くところがないから、一晩だけでも宿に泊まる金がいるんだ…」
ムクワブの答えに、店主はまた、ふむ、と首を傾げた。
「なるほど。先ほども言ったように、買い取ることはできる。
ただ、この時間に子どもがひとりで宿屋に行き、すんなりと泊めてくれるだろうか?」
アリフははっとした。
——その通りだ。
子どもがひとりで宿屋に泊まるなんてできない。
宿の人から警吏に通報されて、家に連れ戻されるだけだ。
そう、おじさんのところへ…。
……無理だ。
そう思ったアリフは、スパイスの袋を取り戻そうと、カウンターの上に手を伸ばした。
アリフの手が袋にかかった時、店主の手もスパイスの袋をぐっと掴んだ。
「まあ待ちなさい。力になれるかもと言っただろう?
君は家に帰れないんだね。だったらいいところに案内しよう」
……いいところだって?
腹の底がざわついた。
逃げなくちゃ、と袋を引っ張ったが、店主は離さない。
「なに、変なところじゃない。この街の大聖堂だ。
聖堂が、困った人や迷った人を、無条件で受け入れてくれるのは知っているだろう? 」
人の好さそうな笑みを浮かべて、店主は言った。
「私は大聖堂の人と知り合いだから、話もしてあげよう。けして君の損になることはない。
神はいつも、私たちを見守ってくださっているからね」
(……神?)
「神さまなんて…」
いるもんか。
と、アリフは言葉を続けることができなかった。
優し気な店主の眼差しの奥に、有無を言わせない鋭さが見えたからだ。
「どうだね? 」
「アリフ…」
後ろでサリーフたちが心配そうに様子を見ている。
こいつらも、親が心配しているだろう。もう家に帰らないと。
……そもそも俺には選択肢がない。
アリフは、ぎこちなく頷いた。
すると店主は穏やかな微笑みを浮かべ、スパイスの袋からそっと手を離した。
「それでは、あまり遅くならないうちに行きましょう。
その子たちは、うちの者が送っていくから、安心しなさい」
いかつい男が店主の言葉にうなずいて、サリーフとムクワブを見た。
「ア、アリフ…」
サリーフたちは不安そうな顔をしている。
「大丈夫だ。ここまで、ありがとな」
アリフは不安を押し殺し、平静を装って声を絞り出した。




