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砂漠の聖都  作者: 神代奈々
第1章 オアシスの街ワーフ
10/18

スパイスの値段


 店の中は、暗かった。

 ところどころに灯りがともっているだけだ。

 

 店内はさほど広くない。

 壁には棚がたくさんあり、その棚すべてに様々なものが置いてある。

  

 入った正面に、広いカウンターがある。

 その向こうに、小柄な男がひとり、座っていた。

 砂漠の国特有の被り物を被っている。

 

  

「こちらへどうぞ。売りたいものがあると? 」

 

 男は、この店の店主らしい。

 店主に促され、アリフを先頭に、三人はカウンターの前までそろそろと近づいた。

 

 

「…これを」

 

 アリフの心臓が、はち切れそうに鳴っていた。

 じっとりと汗ばむ手で、スパイスの袋をカウンターに置いた。

 

 

「拝見しよう」

 

 店主は袋を手に取り、開いて中身を確認している。


  

「スパイス、ですな。かなり良い品のようだ」

 

「…い、いくらになる? 」

 

 

 アリフが聞くと、店主はふむ、と首を傾げた。

 

 

「これを売って、金がほしいんだね。もちろん買い取ることはできる。

 ただ、見たところ君たちはまだ子供だ。

 どんな訳があるのか、話してはくれないか? 力になれるかもしれない」

 

 

 アリフは答えるのをためらった。

 するとムクワブが、後ろから口を挟んだ。

 

 

「こ、こいつ、親に家を追い出されて…。

 行くところがないから、一晩だけでも宿に泊まる金がいるんだ…」

 

 

 ムクワブの答えに、店主はまた、ふむ、と首を傾げた。



「なるほど。先ほども言ったように、買い取ることはできる。

 ただ、この時間に子どもがひとりで宿屋に行き、すんなりと泊めてくれるだろうか?」

 

 

 アリフははっとした。

 

 

 

 ——その通りだ。

 

 子どもがひとりで宿屋に泊まるなんてできない。

 宿の人から警吏に通報されて、家に連れ戻されるだけだ。

 そう、おじさんのところへ…。

 

 

 

 ……無理だ。

 

 

 そう思ったアリフは、スパイスの袋を取り戻そうと、カウンターの上に手を伸ばした。

 

 アリフの手が袋にかかった時、店主の手もスパイスの袋をぐっと掴んだ。

 

 

 

「まあ待ちなさい。力になれるかもと言っただろう?

 君は家に帰れないんだね。だったらいいところに案内しよう」

  

 

 ……いいところだって?

 

 

 腹の底がざわついた。

 

 逃げなくちゃ、と袋を引っ張ったが、店主は離さない。

 

 

 

「なに、変なところじゃない。この街の大聖堂だ。

 聖堂が、困った人や迷った人を、無条件で受け入れてくれるのは知っているだろう? 」


 人の好さそうな笑みを浮かべて、店主は言った。


 

「私は大聖堂の人と知り合いだから、話もしてあげよう。けして君の損になることはない。

 神はいつも、私たちを見守ってくださっているからね」

 



(……神?)

 

 

「神さまなんて…」

 

 いるもんか。

 

 

 と、アリフは言葉を続けることができなかった。

 

 優し気な店主の眼差しの奥に、有無を言わせない鋭さが見えたからだ。

 


  

「どうだね? 」

 

「アリフ…」

 

 

 後ろでサリーフたちが心配そうに様子を見ている。

 こいつらも、親が心配しているだろう。もう家に帰らないと。

 

 ……そもそも俺には選択肢がない。

 

 

 アリフは、ぎこちなく頷いた。

 

 すると店主は穏やかな微笑みを浮かべ、スパイスの袋からそっと手を離した。

 

 

 

「それでは、あまり遅くならないうちに行きましょう。

 その子たちは、うちの者が送っていくから、安心しなさい」 

 

 いかつい男が店主の言葉にうなずいて、サリーフとムクワブを見た。

 

 

 

「ア、アリフ…」

 

 サリーフたちは不安そうな顔をしている。

 

 

 

「大丈夫だ。ここまで、ありがとな」

 

 

 アリフは不安を押し殺し、平静を装って声を絞り出した。


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