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第6話 焚き火の宴

夕暮れが近づくと、森の中に長い影が落ち始めた。

焚き火の温もりがまだ残る中、夏希はスリングショットを手に、軽くゴムを引きながら感触を確かめていた。


「……さてと、そろそろ獲物を探しに行こうか」


彼女は軽快な足取りで立ち上がると、周囲の木々に目を向ける。


「夏希さん、それ得意なんですね?」


優馬は彼女の手元を見ながら、思わず尋ねた。

スリングショットを扱う仕草に、まったく迷いがない。


「ん? まあね。暇な時によく遊んでたんだ」


夏希は軽く笑うが、その目は真剣だった。


「遊びでここまで慣れるものなんですか?」


「さあね。でも、今の世界じゃ、こういうのが役に立つってこと」


彼女はゴムを引き、狙いを定める。


カサリ——


かすかな音がして、木の上の枝が揺れた。


夏希は一瞬だけ息を止め、静かにスリングショットを構える。

ゴムを目いっぱい引き、次の瞬間——


ピシッ!


乾いた音とともに、小さな影が枝から落ちた。


「……一発?」


優馬が驚いて呟くと、夏希はニヤリと微笑む。


「まあ、ね」


彼女は枝の下に近づき、倒れたムクドリを拾い上げた。

即死している。頭に正確に命中した証拠だった。


村井が苦笑しながら腕を組む。


「……すげえな。狩人ってのは、女でも関係ねぇんだな」


夏希は肩をすくめ、「これくらい普通」と言わんばかりの顔をしている。


「よし、もう少し狩ってくる。あんたたちも食材探し頼むよ」


そう言って、彼女は再び森の奥へと歩いていった。


夏希が再び森の奥へ向かうのを見送り、優馬と村井もそれぞれ食材を探し始める。


「さて、俺らは山菜でも見つけるか」


村井がそう言いながら、木々の隙間を歩く。


優馬は地面を注意深く見ながら、草木の間を進んだ。

こういう時、幼い頃に読んだ**「サバイバル本」**の知識が活きる。


「……ノビル、ツクシ、ヨモギか」


優馬は土の中から細長いノビルを引き抜き、手のひらに乗せる。

「これは、ちょっとネギっぽい香りがありますね。肉料理と合わせると美味しいです」


「ほう、そりゃ期待できそうだな」


村井は興味深そうに頷いた。


優馬がさらに草むらを探していると、ふと村井が軽く笑った。


「それにしても、優馬は山菜にも詳しいんだな?」


「子どもの頃から、食べられるものを知らないと生きていけなかったので」


優馬は淡々と答えながら、湿った地面の端に生えている葉を摘み取る。


「……クレソン。これもいけますね」


川辺や湿った場所に生えるこの野草は、さっぱりとした風味で肉の脂っこさを中和する効果がある。


「へぇ、野草もちゃんと料理に使えるんだな」


「ええ。昔はこういうの、ちょっとした高級料理にも使われてたみたいです」


優馬はクレソンを摘み取りながら、昔のことを想像してみた。


かつては、こうした野草も普通に市場で売られ、洒落たレストランでサラダに添えられていたんだろう。

今では、そんな贅沢な食べ方は望むべくもない。


「でも、今の俺たちにとっては貴重な食料です」


「なるほどな。お前、どこでそんなこと覚えたんだ?」


「サバイバルブックや野草図鑑なんかは、読み漁りました。

 子どもでも仕事をしないと生きていけない世界だったので」


優馬は小さく笑いながら、採った野草を袋に詰めた。


村井はしばらく黙っていたが、やがて深く頷いた。


「……なるほどな。お前らには学校なんて無かったもんな。ずっと大人たちと生活してきたんだったな。」

「妙に冷静なわけだ」


「慣れましたから」


「慣れなくていいもんだろ」


村井が苦笑するのを見て、優馬も少しだけ肩をすくめる。


「さて、そろそろ夏希さんの方はどうですかね?」


村井と共に、再び焚き火の場所へと戻る。


すると——


「よっ、戻ったよ」


夏希が手にもう一羽のムクドリをぶら下げて帰ってきた。


「……流石ですね」


優馬は苦笑しながら、彼女のスリングショットの腕前に感心した。


「でしょ?」


夏希は得意げに笑うと、ムクドリを地面に置いた。



「では、これをさばきますか」

優馬は仕留めたムクドリを慎重に手に取った。

小さな鳥だが、適切に処理すれば、立派なごちそうになる。


「村井さん、羽をむしるの手伝ってもらえますか?」


「おう、任せろ」


村井は鳥の足を押さえ、手慣れた様子で羽をむしり始める。

その動作を見て、優馬が少し驚いた顔をする。


「……村井さん、意外と慣れてるんですね」


「昔、大工の手伝いしてた時に、猟師仲間と飲むことがあってな。

 その時に仕込みを手伝わされたことがある」


村井はそう言いながら、器用に羽をむしる。


「へぇ、大工やってたのに、こんなこともできるんですか」


「まぁな。手先が器用なのは職業柄よ」


「なるほど……助かります」


優馬も隣で手を動かし、もう一羽の羽を丁寧にむしっていく。


夏希はその様子を見ながら、スリングショットを手入れしていたが、やがて小さく笑った。


「優馬、思ったより器用だね。料理人?」


「本の知識です。料理は一人で行動するようになってから覚えました。今の世界じゃ、食材の調達から自分でやらないといけませんから」


優馬は羽をむしり終えたムクドリを確認し、ナイフを手に取った。


「じゃあ、次は内臓を処理します」


彼は鳥の腹に小さく切れ込みを入れ、丁寧に内臓を取り出す。

この作業を雑にすると、肉に臭みが残る。


「肝は使えますが、腸は臭みがあるので捨てます。

 心臓も食べられますが、小さいので焼き鳥にするには微妙ですね」


「ほぉ……」


村井が感心したように頷く。


「こういうの、苦手じゃないの?」


夏希が興味深そうに聞くと、優馬は手を止めずに答えた。


「最初は慣れませんでしたよ。でも、食べるためにはやるしかないので」


彼は手際よく内臓を分け終えると、綺麗に洗い流す。


「よし、調理に入りましょう!」


優馬は羽を取り除いたムクドリの肉を水でさっと洗い、余計な血を落とす。

臭みを抑えるために、ノビルとクレソンを刻んで下味に使うことにした。


「こういう小さな鳥は、シンプルに炭火で焼くのが一番美味しいんです」


そう言いながら、優馬はムクドリの肉に細かく刻んだノビルをすり込み、軽く塩を振る。


「このノビルがネギの代わりになります。焼くと香ばしくて、肉の旨味を引き立てるんですよ」


村井が焚き火の端に炭を寄せて熾火を作る。


「よし、火加減はいい感じだ」


「ありがとうございます。じゃあ、串を作りましょうか」


優馬は手頃な木の枝を選び、ナイフで先端を削る。

小さな鳥の丸焼きにするには、串を通してじっくり焼くのが最適だ。


夏希が興味津々で覗き込む。


「そのまま串焼きにするんだ?」


「ええ。丸ごと焼いたほうが、旨味が閉じ込められて美味しいんです」


優馬はムクドリを串に刺し、炭火の上に慎重にかざした。


ジュゥ……


皮が炭火の熱を受け、じわじわと脂がにじみ出てくる。

その香ばしい匂いが、焚き火の周囲に広がった。


「うわ……めっちゃいい匂い!」


夏希が思わず鼻をくんくんとさせる。


「火が強すぎると焦げるので、じっくり回しながら焼きます」


優馬は串を少しずつ回しながら、均等に火が入るように調整する。


村井がワインを片手に、じっとその様子を見つめていた。


「いいもんだな……こうやって、焚き火で焼き鳥ってのもよ」


「ですね。こういう時間があると、生きてる実感が湧きます」


しばらくして、皮がパリッと焼き上がり、肉汁がじんわりと染み出してきた。


「そろそろいい頃合いですね」


優馬は串を火から外し、少しだけ寝かせる。

「焼きたてすぐに食べるより、少し落ち着かせたほうが、肉汁が均等に行き渡るんですよ」


「なるほど……」


夏希と村井が息を呑んで、炭火焼きムクドリを見つめる。


「では、いただきましょうか」


優馬は慎重に串を手に取り、炭火で焼き上げたムクドリの香ばしい皮をそっと裂いた。

ジュワッ と閉じ込められていた肉汁が染み出し、ノビルとクレソンの香りがふわりと広がる。


「……これは、絶対にうまい!」


村井がごくりと唾を飲み込み、夏希も目を輝かせる。


「いただきます」


優馬は串を持ち、肉の一部をかじった。


——パリッ。


外は香ばしく、皮の旨味がギュッと凝縮されている。

中の肉は柔らかく、ほんのりとした甘みと野性味が口の中に広がる。


「……っ!」


思わず目を見開く。


「これは……うまい」


肉の味を引き立てるのは、わずかにまぶした塩と、ノビルの風味。

じっくり焼いたことで、余計な水分が飛び、旨味だけが凝縮されていた。


「ちょっと!私も食べる!」


夏希が素早く自分の串を取り、一口かじる。


「——っ!なにこれ、美味しすぎる!」


皮のパリッとした食感と、噛むたびに溢れる濃厚な旨味に、彼女は思わず笑みを浮かべた。


「うわ、これヤバいね!今まで食べた焼き鳥の中で、一番美味しいかも!」


「そうですね、食材はシンプルですが、焼き加減が大事です」


優馬はそう言いながら、じっくりと焼き加減を見極めた甲斐があったことに満足する。


村井も無言で串をかじり、目を閉じて味わっていた。


「……」


「……村井さん?」


「……これは、酒がほしい」


彼はそう言って、ため息交じりに呟いた。


「ワイン、もうちょい残しておくべきだったな……」


「ははっ、それは確かに」


優馬が苦笑しながら答えると、夏希も楽しそうに笑う。


「でも、こういうシンプルな食事が一番いいのかもね」


彼女は最後のひと口をゆっくり噛み締めながら、焚き火を見つめた。


「そういえば、さっき取ってきたキノコや山菜、スープにしないか?」


村井が手元の袋を指差す。


「それ、いいですね」


優馬は残っていたキノコ、ノビル、クレソンを取り出し、手早く刻み始める。


「キノコはスープにすると旨味が出るので、これを活かしましょう」


焚き火のそばで鍋に水を入れ、煮立たせる。

そこにキノコと刻んだノビルを入れ、じっくり煮込む。


ふわりと、香ばしいキノコの香りが広がった。


「……いい匂い」


夏希が鼻をくんくんさせる。


「山菜も加えて、少しだけ塩を入れます。

 このスープの決め手は、キノコの出汁ですね」


優馬は味見をし、最後にノビルを散らした。


「よし、できました」


各自のコップにスープを注ぐ。

焚き火の温もりとともに、温かな湯気が立ち上る。


「じゃあ、いただきます」


ゴクリ——


「……っ! これ、旨!」


夏希が目を輝かせる。


「うまみがしっかり出てるな……」


村井も感心しながらスープをすすった。


「キノコの出汁がしっかり出てて、ノビルの香りがアクセントになってますね」


優馬は満足そうに頷いた。


「こういう素朴なスープこそ、体に沁みますよ」


焚き火の炎がゆらゆらと揺れる。


——そんな穏やかな時間が、長く続けばいいのに。


しかし、次の瞬間。


「……?」


優馬がふと、違和感を覚えた。


——音が、ない。


さっきまで聞こえていた虫の声や、夜の動物の気配が、すっかり消えている。


まるで、この森全体が息を潜めているようだった。


「……なんか、静かすぎませんか?」


優馬の言葉に、村井と夏希も動きを止める。


「……ああ、確かに」


村井が低く呟いた。


「おかしいな……普通なら、もう少し夜の音がするはずだ」


焚き火のパチパチという音だけが、やけに耳に響く。


すると——


カサ……カサ……


遠くの草むらが、不自然に揺れた。


風じゃない。

何かが、こちらを窺っている——


夏希はそっとスリングショットに手を伸ばした。

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