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第4話 一杯の信頼

村井がナタを構え、ゾンビの群れを睨む。

優馬もナイフを握りしめ、周囲を見渡す。


「……くそ、どうする……」


逃げ道はない。

戦うにしても、数が多すぎる。


ゾンビたちは、ギギギと歯を鳴らしながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。


バンッ!!


突然、破裂音が響いた。


それは、まるで爆竹のような大きな音。

乾いた木々の間に反響し、ゾンビたちが一斉にそちらを向いた。


「……何だ?」


村井が驚いたように呟く。


「誰かが、囮をやってる……?」


優馬がそう言った直後——


「あんたたち、何してんの! 早く走って!!」


鋭く通る声が、遠くの木陰から響いた。


「……っ!」


「この先に廃寺がある! そこまで走れ! 追いつくから!」


女性の声。

しかし、姿は見えない。


村井と優馬は、一瞬だけ顔を見合わせた。


「……信じるしかねぇな!」


「行きましょう!」


二人は焚き火を蹴り飛ばし、一気に駆け出した。


バンッバンッ……!!


後方では、ゾンビたちが爆裂音の方向へと流れていく。

その隙を突いて、優馬と村井は必死に森の奥へ走る。


(誰なんだ、あの声は……?)




優馬と村井は、森の中を全力で駆け抜けていた。

後方では、ゾンビたちのうめき声がまだ微かに聞こえる。


遠くで再び爆裂音が響く。

あの囮をやってくれている女性がまだ引きつけているのだろう。


「はぁはぁ……くそっ」


村井が息を切らしながら走る。


「ここから少し先に……朽ちた廃寺があるって!」


「そんなもんで、本当に逃げ切れんのか?」


「少なくとも、そこに防壁があるなら! 逃げ場のない森の中よりマシですよ!」


村井は舌打ちしながらも、優馬の判断に従い、さらにペースを上げた。


やがて木々の間から、黒ずんだ屋根が見え始める。

崩れかけた廃寺が、霧の中に静かに佇んでいた——。


優馬と村井は、荒れ果てた廃寺の入り口へと駆け込んだ。


ガラガラ…


崩れかけた扉を押し開けると、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。

埃の匂いと、長年放置された木材のかび臭い香りが鼻を突いた。


「……随分と荒れてんな」


村井が息を整えながら辺りを見渡す。


寺の本堂は朽ち果て、天井の一部が崩落していた。

しかし、床や柱はまだギリギリの形を保っており、雨風はしのげそうだ。


優馬は慎重に足を踏み入れた。


「……ここ、避難所として使われてたみたいですね」


「なんで分かる?」


優馬は手元のライトを灯し、床に目を凝らした。


古びた寝袋に炭の跡...。それに食べた後の缶詰。

「焚き火の跡……食事の痕跡もある。

でも、最近まで人がいた形跡はほとんどないですね。」


「じゃあ、ここにいた奴らもどっかへ避難したってことか?」


「おそらく。烈火の襲撃後、生き残った人たちがここを拠点にした可能性があります。」


そんな時、村井が壁に彫られた文字を見つけた。

「南へ進め?……南、か。なんか意味あんのか?」


「……分かりません。でも、ここにいた誰かが、避難のルートを示したのかもしれませんね。」


優馬が呟いたその時——


パキ…


背後で、枯れ枝を踏む音がした。


優馬と村井は即座に身構え、それぞれナイフとナタを手に取った。


本堂の入り口——暗がりの中から、ゆっくりと人影が現れる。


「おっと、そんな怖い顔しないでよ」


軽い調子の声。


現れたのは、一人の若い女性だった。

ショートカットの髪が乱れ、頬には泥がついている。

ボロボロのリュックを背負い、肩からはライフルがぶら下がっていた。


「ふぅ……あぶなかった〜!」


彼女は息を整えながら、にっこりと笑った。


「ちゃんと逃げれたんだ。意外と足は速いね、あんたたち」


村井がナタを構えたまま、鋭い視線を向ける。


「……誰だ?」


「新田夏希。

 元・大沢の集落の住人ってとこかな?」


優馬は警戒を解かず、慎重に問う。


「さっきの……囮をやってくれたのは、あなたですね?」


「そ。あんたたち、めちゃくちゃ危なかったじゃん。

 だから、ちょ〜っと手助けしてあげたってわけ」


軽い口調だが、目は全く笑っていない。

むしろ、こちらを値踏みするような視線を向けていた。


「……信用していいのか?」


村井が低く呟く。


「それはこっちのセリフだよ、おじさん」


夏希は肩をすくめ、腰のナイフの柄を軽くトントンと叩く。


「ま、すぐに刺す気はないから安心してよ。

 とりあえずさ——」


彼女はポケットから小さな缶詰を取り出し、指で弾くように放った。


カコン。


缶詰は床を転がり、優馬の足元に止まる。


「これ、さっきの集落で拾った。

しばらく食べてなかったから、お腹空いちゃってさ」


彼女はにやりと笑う。


「……ご飯にしない?」


夏希が床に転がした缶詰を優馬が目にした瞬間——


「あ!」


彼の顔がパッと明るくなった。


「これはひよこ豆の缶詰……いいですね!」


村井が呆れたように眉をひそめる。


「いや、お前さっきスープ食ったばっかだろ」


「食べましたよ。でもいいじゃないですか!これはいいもの作れますよ!」


優馬は小さなスキレットを手に取り、にやりと笑った。


「助けてもらったお礼に、これで一品作ります!」


夏希が意外そうに目を丸くする。


「いいの? じゃあ、お願いしよっかな」


「任せてください。ネズミ肉も余ってますし!」


優馬はひよこ豆の缶詰を開けながら目を輝かせた。


「これはいい……! ひよこ豆は栄養価が高くて、スパイスと相性抜群なんですよ!」


夏希はスキレットを持ち上げる優馬を見て、思わず吹き出した。


「ちょっと、あんた嬉しそうすぎじゃない?」


「だって、食事は楽しむものですから!」


「ゾンビだらけのこの世界で、そんなこと言うやつ初めて見たよ」


優馬はすでに料理モードに入っていた。

彼は手早く焚き火を整え、火を安定させる。


「よし、まずはネズミ肉を使います」


(調理開始!)


1. ネズミ肉の下処理

優馬は残っていたネズミ肉をカットし、火で軽く炙った。

脂がじゅわっと溶け、香ばしい匂いが立ち昇る。


「こうすることで、臭みが消えて旨味が凝縮するんです」


「……へぇ、ちゃんと考えてるんだな」


夏希が興味深そうに覗き込む。


2. ひよこ豆と炒める

スキレットに少量の油を垂らし、ひよこ豆を投入。


(ジュワァァ……!)


軽く揚げ焼きにすることで、表面がカリッと香ばしくなっていく。


「このひよこ豆、噛むとホクホクして美味しいんですよ」


3. スパイスと野草を加える

優馬は刻んだノビルとヨモギを加え、

さらに少量の塩と胡椒を振った。


「お、いい匂いになってきたな……」


村井も腕を組みながら、料理の様子を見つめる。


(パチパチ……ジュワッ……)


焚き火の音とともに、スパイスの香りが漂い始める。


4. 仕上げ!

「最後に、じっくり火を通して……」


スキレットを火から下ろし、全体を馴染ませた後、優馬は満足そうに頷いた。


「完成です! ひよこ豆とネズミ肉のスパイス炒め!」



優馬がスキレットを夏希の前に差し出す。


「どうぞ、お召し上がりください」


夏希は木のスプーンで一口すくい、ひよこ豆とネズミ肉を口に運ぶ。


カリッ…ホクホク…


スパイスの香りとネズミ肉の旨味が絶妙に絡み合う。


「……うん? ……あれ、意外と……」


もう一口。


「……めっちゃ美味しいじゃん!」


優馬は満足げに微笑んだ。


「よかったです。食べることは、生きることですから」


「なんか……あんた変わってるね」



優馬は満足そうに微笑み、スキレットの中のひよこ豆とネズミ肉を見つめる。

料理の香ばしい匂いが、焚き火の周りに広がっていた。


ふと、自分の胃の奥から小さな空腹感が湧いてくる。


「……僕も食べていいですか?」


そう言って、優馬はスプーンを取り出し、ひよこ豆を一粒口に運ぶ。


カリッ……ホクホク……


スパイスの香りがふわりと広がり、噛めば噛むほど豆の優しい甘みが口の中に広がる。


「……うん、やっぱりいい出来ですね」


夏希が笑いながら頷く。


「でしょ? なんかさ、あんた料理してるときすごく楽しそうだよね」


「そうですか?」


「うん、なんかこう……生き生きしてるっていうか」


そんな会話を交わしていると、

焚き火の向こう側で腕を組んでいた村井が、じっとスキレットを見つめていた。


そして、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


「……おい」


「なんですか?」


「……やっぱり俺にも少しくれ」


村井はぶっきらぼうにそう言いながら、手を差し出した。


夏希がニヤッと笑う。


「最初はいらないとか言ってたのに〜?」


「うるせえ。腹が減ると考えも変わるんだよ」


優馬はくすっと笑い、スキレットの中身を分けた。


「せっかくですから、一緒に食べましょう」



村井がスキレットの中身を口に運び、満足そうに噛みしめていると——


「そうだ!」


夏希が突然、何かを思い出したように声を上げた。


「……何だよ、急に」


優馬と村井が振り向くと、夏希はリュックをゴソゴソと漁り始める。


「ふふふ……あたし、いいもの持ってんだよね〜♪」


そう言って、彼女はリュックから一本の瓶を取り出し、「じゃーん!」と得意げに掲げた。


それは、埃をかぶったガラス瓶——ワインだった。


村井が目を丸くする。


「……おい、それ……!」


「この前ね、埋まってる瓶を見つけたんだ。

 古い建物の裏の地面を掘ったら出てきてさ、たぶん誰かが保存してたんだと思う」


夏希はニヤリと笑い、瓶のラベルを指で軽くなぞる。


「ちょうどこの料理に合いそうじゃない? せっかくだし、飲まない?」


村井は一瞬驚いた表情をした後、ガハハと大笑いした。


「はははははっ!!」


優馬が不思議そうに見つめる中、村井は夏希の肩をバンバンと叩く。


「お前……いい奴だな!!」


「……単純ですね?」


優馬が冷静に突っ込むと、村井は満面の笑みで答えた。


「いいか、優馬。"酒をくれるやつは一番信用できる"って昔から決まってんだ!」


「いや、それ初めて聞きましたけど……」


「細かいことはいいんだよ! ほら、飲もうぜ!」


村井はさっそくコップを探し始め、夏希は満足そうにワインの栓を抜く準備をしていた。


優馬は軽くため息をつきながら、

「これはこれでいい雰囲気になってるのかもな……」と思った。

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