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第1話 始まりのグルメ

——世界は、終わった。


20年前、無数の隕石が降り注ぎ、人類の文明は崩壊した。

だが、本当の恐怖は、その後に訪れた。


隕石に付着していた未知のウイルスが拡散し、感染者は次々とゾンビへと変貌した。

噛まれた者は、血肉を求める異形の存在となり、瞬く間に世界は死者で溢れた。


政府は機能を失い、軍も壊滅。

水も食料も枯渇し、生き残った人々は、ゾンビと飢えに怯えながら逃げ惑うしかなかった。


——それから20年。


かつての日常は跡形もなく消え去り、人々は小さな集落を作り、細々と生き延びている。

しかし、この世界で最も恐ろしいのは、ゾンビではない。


食料を巡る、生存者同士の争い。


奪う者、奪われる者。

それは、もはや「人間同士の戦争」だった。


そんな世界を、旅する男がいた。


宮山優馬みややま ゆうま、26歳。

生き残るための知識と技術を独学で身につけ、各地を転々としながら食材を探し求めている。


ゾンビの徘徊する街で、廃墟となった店を巡りながら、

彼は、食べるために狩りをし、時に人を助け、時に人と争う。


それでも、優馬は食べることを諦めない。

どんな世界になっても、たとえ明日死ぬとしても——"美味い飯を食いたい" からだ。


これは、終末世界を旅する男の、生きるための「グルメ」記録である。

20年前のあの日——空から無数の隕石が降り注ぎ、世界は一瞬にして崩壊した。爆音と共に大地が揺れ、建物は崩れ去り、文明の灯は消えた。だが、本当の恐怖はその後だった。


隕石には未知のウイルスが付着していた。それは大気中に拡散し、人々を蝕み、やがて血肉を求める異形の怪物——ゾンビへと変貌させていった。


政府は混乱し、軍は制圧を試みたが、感染は瞬く間に広がり、世界は壊滅した。水も食料も枯渇し、生き残った人々はゾンビと飢えに怯えながら逃げ惑うことしかできなかった。


そして現在——滅びの大地を旅する一人の男がいた。


彼の名は宮山優馬みややま ゆうま。26歳。かつては何の変哲もない少年だったが、この20年でサバイバルのすべてを学び、生きるために戦い続けてきた。


「さて……今日も食材探しだな。」


瓦礫の上に腰を下ろし、優馬はボロボロの地図を広げた。今、彼が目指すのはかつての物流倉庫。そこにまだ、使える物資が残っているかもしれない——。


優馬は立ち上がり、リュックの紐を締め直した。食糧の残りはわずか。今日の探索が成功しなければ、しばらくは厳しい状況が続く。


「運がよければ、塩か調味料の類が見つかるかもしれない……」


終末世界では、調味料ひとつが食事の質を大きく左右する。塩や香辛料は保存がきくが、20年も経てばほとんどが失われ、貴重品となっていた。


優馬は崩れたビルの影を縫うように歩きながら、周囲を警戒する。ゾンビの姿は見えないが、だからといって安心はできない。


「音と血の匂いに反応する……奴らが潜んでいる可能性は高いな」


静寂に包まれた街の中を慎重に進みながら、優馬は物流倉庫を目指した。


倉庫へと続く道は、崩壊した建物と瓦礫で埋もれていた。優馬は足元に注意を払いながら進むが、突如として乾いた音が響く——。


カラ…カラ…


「……?」


足を止め、音の方向に目を向ける。風か、それとも——


次の瞬間、崩れかけた建物の隙間から何かが飛び出した。


「くそっ!」


優馬は瞬時に身を引いた。現れたのは、朽ち果てた服をまとったゾンビ。動きは鈍いが、音に反応してこちらへ向かってくる。


「こんなところにいたのか……」


周囲を確認すると、さらに数体のゾンビがゆっくりと近づいてくる。


「ここで騒ぎを起こすのはまずい……静かに抜けるか。」


優馬は息をひそめ、倉庫への別のルートを探し始めた。



倉庫内は暗闇に包まれていた。天井の崩れた隙間からわずかに光が差し込み、埃が舞っている。


優馬は慎重に進みながら、物資が残っている可能性の高い場所を探した。棚やコンテナはほとんど空だが、時折、古びた缶詰や乾燥食品が見つかる。


「……お、これは使えそうだ。」


彼は埃まみれの段ボールを開け、缶詰のラベルを確認する。


「20年もののサバ缶か……腐ってなければいいが。」


慎重に缶を振ると、中身はまだ液体のままだ。保存状態がよければ、まだ食べられる可能性がある。


しかし、その時——


カチャ……


遠くで何かが動いた。優馬は瞬時に息をひそめ、ナイフを握りしめる。


「……誰かいるのか?」


それはゾンビか、それとも生存者か——。倉庫の奥から、静かに足音が近づいてきた。


倉庫内は静寂に包まれていた。しかし、その静けさが逆に不気味だ。

優馬はナイフを構えたまま、物音のした方向へと慎重に目を向ける。


「……風か?」


だが、すぐにそれが違うと悟った。


ギシ……ギシ……


足音だ。しかも、ゾンビ特有の重たく引きずるようなものではない。

人間の、それも慎重に歩を進める者の足音。


(生存者か……?)


ここに他の生存者がいる可能性はある。しかし、それが敵か味方かはわからない。

この世界では、生き残っている者が必ずしも善人とは限らないのだ。


優馬は息を殺しながら、音のする方向へ静かに身を移した。

倉庫の奥、崩れた棚の影に、何者かの姿がぼんやりと見えた——。


優馬はナイフを構えたまま、ゆっくりと距離を詰めた。

崩れた棚の影にいるのは、一人の男だった。


痩せこけた身体、ボロボロの服。

しかし、目は鋭く、手にはナタのような刃物を握っている。


「……おい、そっちの奴」


低い声が倉庫内に響く。

相手もこちらに気づいたようだ。


優馬はすぐに攻撃せず、慎重に構えながら問いかけた。


「生存者か?」


男は少し間を置き、警戒するように言葉を返す。


「……お前こそ、何者だ?」


この状況で迂闊に動けば、戦闘になる可能性が高い。

優馬は無駄な争いを避けるため、冷静に答えた。


「俺は食料を探してるだけです、争うつもりはない」


男はじっと優馬を見つめた後、一歩後ずさった。

その動きに敵意はないが、油断もできない。


「あなたもそうなんじゃないですか?」


優馬が問いかけると、男は一瞬躊躇い、低く呟いた。


「……ああ」


互いにナイフとナタを持ったまま、静かに見つめ合う。

この場がどう転ぶかは、次の一手にかかっていた——。


倉庫内の静寂の中、二人はじっと相手を見つめていた。

どちらも武器を構えたまま、わずかに体を低くし、相手の出方を探っている。


優馬はゆっくりと息を吸い込み、冷静に言葉を選んだ。


「食料を探してるだけなら、争う必要はないでしょ?」


男は優馬の言葉に反応しなかった。

だが、その手に握られたナタがわずかに震えているのを優馬は見逃さなかった。


(この人……飢えてるな)


この世界では、長く食料を手にできなければ、判断力は鈍り、

精神も不安定になる。


優馬はリュックを少し持ち上げ、相手に見せるようにした。


「俺も食料を探しに来た。あなたと同じだ。

ここにまだ残ってる物資を探して、うまく分け合えないですか?」


男は眉をひそめた。


「……分け合う?そんなことができると思うのか?」


「できるかどうかじゃない。そうしたほうが生き延びる確率が高いって話です」


男はしばらく考えるように目を伏せたが、やがてナタをゆっくりと下げた。

だが、その目の奥にはまだ警戒が宿っていた。


「……お前、名前は?」


「宮山優馬。あなたは?」


男は少しだけ口元を歪め、短く答えた。


「……村井だ」


ようやく、二人の間の緊張が少しだけ和らいだ。


優馬は慎重にナイフを下げ、相手を観察した。

村井も完全に武器を下ろしたわけではないが、敵意は薄れている。


「村井さん、ここに何か食べれるものは?」


優馬が探るように聞くと、村井は乾いた笑いを漏らした。


「まともなもんなんてほとんどねぇよ。缶詰が少し残ってただけだ」


そう言いながら、彼は傍に転がった小さな段ボールを指差した。

優馬が近づいて覗き込むと、中には古びた缶詰が二つと、賞味期限切れの乾パンが入っていた。


「これだけか……」


「文句言うなら自分で探せよ」


村井がぶっきらぼうに言うが、その声には苛立ちよりも疲労がにじんでいた。

彼も長い間、ろくな食事を取れていないのだろう。


優馬は短く息を吐き、段ボールから缶詰を取り上げると、慎重にラベルを確認した。


「……ミートソースか」


保存食としてはありがたいが、そのまま食べるには味気ない。

できれば、火を使って温め、何か他の食材と組み合わせたいところだ。


優馬はちらりと村井を見る。


「この倉庫の奥、まだ漁ってない場所はありますか?」


村井はしばらく考えた後、顎で奥の棚を示した。


「そこは見てねぇ。崩れてて行くのが面倒だった」


優馬は小さく頷き、ゆっくりと倉庫の奥へ向かった。

村井は警戒しながらも、それ以上は何も言わず、静かに彼の後を追った——。



優馬は倉庫の奥へと足を踏み入れた。

天井が崩れ落ち、棚は傾き、足元には瓦礫と埃が積もっている。


「ここはまだ誰も手をつけてないんだな……」


後ろを振り返ると、村井も慎重な足取りでついてきた。

彼は無言で辺りを見回しながら、警戒を怠っていない。


「村井さん、こっちの棚、まだ開けられそうだ」


優馬は比較的状態の良いスチールラックに目をつけ、

慎重に埃を払いながら扉を開けた。


ガチャ……ギギィ……


長年放置されていたせいで、蝶番が錆びついている。

だが、扉の奥には埃まみれの箱がいくつも積まれていた。


優馬は箱を一つ取り出し、慎重に開ける。


「……ダメだ。中身は全部カビだ」


封が甘かったのか、粉類はすでにダメになっていた。

次の箱を開けるが、中にはボロボロになった紙パックが詰まっているだけ。


「こんなもんか……」


諦めかけたその時——棚の隙間に、小さな金属製の保存缶が目に入った。

優馬はそれを引っ張り出し、ラベルを確認する。


「……乾燥スープの素?」


缶の表面は埃まみれだが、しっかりと密閉されている。

これならまだ使えるかもしれない。


「なんか見つかったか?」


村井が近づき、缶を覗き込む。

優馬は缶を軽く振りながら、慎重に言った。


「スープの素だ。粉末状ならまだ使える可能性はある」


「それだけか?」


「いや、もうちょい探してみます」


優馬は崩れた棚の奥へ手を伸ばし、何かないか探る。

すると、指先に冷たい金属の感触があった。


「……ん?」


慎重に引きずり出すと、それは保存瓶に入った塩だった。

多少湿気を含んでいるかもしれないが、まだ使えそうだ。


「塩か……これは助かるな」


村井が小さく呟く。


「まぁ、贅沢は言えない。とりあえず、これを持って出よう」


優馬はスープの素と塩をリュックに詰め、倉庫を後にした。

パスタのような主食は手に入らなかったが、

今ある食材を活かして、少しでもまともな食事を作るしかない——。



優馬と村井は倉庫の奥で手に入れた塩とスープの素をリュックに詰め、慎重に外へ向かった。

外にはゾンビがいるかもしれない。慎重に行動するしかない。


「……静かに行きましょう」


優馬が小声で囁くと、村井も無言で頷いた。

だが、扉に手をかけた瞬間——


バァンッ!!


突然、倉庫の入り口が大きく揺れ、外から重い衝撃音が響いた。


「……っ、まずい!」


扉越しに聞こえるのは、ゾンビのうめき声。

外にいた奴らが、音を聞きつけて集まってきたのだ。


ガンッ……ガンッ……!!


鈍い音とともに、扉が揺さぶられる。

このままでは、時間の問題で突破される。


「どうする、宮山」


村井がナタを構えながら低く唸る。

優馬は一瞬思考を巡らせたが、すぐに選択肢は一つしかないと悟った。


「別の出口を探す。ここを突破するのは無理だ」


二人は倉庫内を駆け抜け、裏口がないか探し始める。


しかし、そこで優馬の足が何か硬いものにぶつかった。


「……ん?」


床に積もった埃を払い、瓦礫をどかすと、そこに古びた鉄の取っ手が隠れていた。


「……これ、地下の収納か?」


「そんなもんがあったのか?」


村井が怪訝そうに覗き込む。


「この造りなら、何かしらの備蓄が隠されててもおかしくない……開けます!」


優馬は取っ手を掴み、力を込めて引き上げた。


ギギギ……バンッ!


床下収納の蓋が開き、そこには埃まみれの補給用コンテナが眠っていた。

優馬は急いで中を確認する。


「……これは!」


乾燥パスタが数束と、さらに密閉された缶入りの保存食品がいくつか入っていた。

これだけあれば、まともな食事が作れる。


しかし、安堵する暇もなかった。


「おい、急げ!」


村井が叫ぶと同時に、扉が吹き飛んだ。

ゾンビが倉庫の中へと雪崩れ込んできたのだ——!


ガシャァァン!!


扉が吹き飛び、複数のゾンビが倉庫内へと侵入してきた。

その数、ざっと5体。


「クソッ!」


優馬はパスタの束と缶詰をリュックに押し込みながら、ナイフを構える。

村井もナタを握りしめ、背後を固めた。


グオォォ……


ゾンビたちはゆっくりと、しかし確実に二人へと向かってくる。

狭い倉庫内での戦闘は不利。しかも、ここは行き止まりだ。


「村井さん、どうする?」


「どうするもクソもねぇ……選択肢は二つだ」


村井が低く呟く。


「このままこいつらを倒して脱出するか……

 もしくは俺が時間を稼ぐから、お前だけ逃げるか」


「……いや」


優馬は即座に拒否した。


「どっちも生き残る方法を考える」


「そんな方法があれば苦労しねぇよ」


村井は笑ったが、その目は真剣だった。


しかし——


優馬はすでに次の手を考えていた。


(ゾンビの習性……音に反応する……なら)


彼は倉庫の壁を見渡し、古びた金属棚に目をつけた。

その上には、崩れかけた鉄パイプが不安定に積まれている。


(あれを落とせば……!)


「村井さん、あのパイプを狙う!」


「……は?」


優馬はすぐに下にあった瓦礫を掴み、思い切り投げつけた。


カァァァン!!


金属音が倉庫内に響き渡り、それと同時に鉄パイプが崩れ落ちる。


ドシャァァァァン!!!


派手な音と共に、鉄パイプがゾンビのすぐそばに落下した。

ゾンビたちは一斉に音の方向へ顔を向ける。


「……おお、マジか」


村井が驚いたように呟く。

ゾンビは完全に注意を音の発生源へ向け、

二人には一瞬の隙が生まれた。


「今だ!走ります!!」


「言われなくても分かってる!」


二人は全力で駆け出した。

ゾンビの横をすり抜け、崩れた倉庫の側壁の隙間へと飛び込む。


(あと少し——!)


しかし、その瞬間——


村井が足を滑らせ、転倒した。


「チッ、クソッ!」


背後から、ゾンビのうめき声が迫る。

優馬はすぐに引き返し、村井の腕を掴んだ。


「……!?」


村井は驚いた顔をしたが、優馬は構わず叫ぶ。


「立って!行きましょう!!」


「……お前、何で……」


「話は後だ!今は生き延びることだけ考えろ!」


村井は一瞬だけ逡巡したが、すぐに立ち上がると、

二人は一気に倉庫の外へと駆け抜けた——!



二人は倉庫の側壁の隙間から外へと飛び出した。


ゴオォォ……!


背後では、ゾンビたちがようやくこちらへ気づき、ゆっくりと向かってくる。

だが、優馬と村井はすでに距離を取っていた。


「走ります!」


優馬が先導し、崩れた廃ビルの影へと駆け込む。

村井も少し遅れながら、必死に走った。


「……ハァ、ハァ……クソ、久々に全力で走った……!」


「立ち止まってる暇はないです。もう少し先まで行きましょう


二人は息を切らしながら、瓦礫の中を縫うように走り続けた。

幸い、ゾンビたちは素早くは動けない。

一定の距離を取れば、振り切ることができるはずだ。


——やがて、二人は古びたガレージにたどり着いた。


「……ここなら、一旦休めそうです」


優馬は慎重に周囲を確認しながら、ガレージの扉を開けた。

中にはボロボロの車の残骸や、朽ちた工具が散乱している。


「ゾンビの気配はないな……」


二人はようやく安堵し、その場に腰を下ろした。


ドサッ……


村井は背中を預けるように座り込み、大きく息を吐く。


「……助かったな」


「ギリギリだったけど」


優馬もリュックを下ろし、ようやく呼吸を整える。

それから、慎重にリュックの中を確認した。


「パスタ、塩、スープの素、ミートソース、サバ缶……ちゃんと持ってるな」


村井がそれを見て、ぼそりと呟く。


「よくあの状況で食材を持ち帰れたな……」


「食い物は命より大事だから」


優馬は冗談めかして言ったが、その目は真剣だった。

この世界では、食事を楽しむことこそ生きること。

だからこそ、食材を無駄にするわけにはいかない。


「さて……今日もちゃんとした飯を作れそうだ」


そう言うと、優馬は静かに火を起こし始めた——。



焚き火の炎が、ゆっくりと揺れている。

優馬はリュックから食材を取り出し、料理に取り掛かった。


「サバ缶、ミートソース、パスタ……」


村井が、それを見て目を細める。


「……本当に、こんな時代にパスタを食うことになるとはな」


「せっかく生き延びたんです。食わなきゃ意味がない」


優馬は昨日手に入れた野鳥の肉を取り出し、串に刺すと、焚き火の上でじっくり炙り始めた。


パチパチ……ジュワッ……


皮が焦げ、脂がじんわりと染み出す。

その香ばしい香りに、村井が無意識に喉を鳴らす。

「その肉と何だ?」


「鴨肉です!昨日獲りました」

と優馬は得意げに答えた。


「これは期待できそうだな」


次に、優馬は少量の水をフライパンに入れ、乾燥パスタを蒸し焼きにする。


シュワァ……


少しずつ水を吸い、ほぐれていくパスタ。

塩をひとつまみ加え、ほんのりと味をつける。


「さて、ソースだな」


優馬はミートソース缶を開け、フライパンに流し込む。

そこへ、サバ缶の身と汁を加え、木の枝を使って軽くほぐしていく。


ジュワァァ……


サバの油とミートソースが混ざり合い、トマトの酸味と魚の旨味が一体化する。


「……いい匂いだ」


村井が、焚き火の炎を見つめながら呟く。


「仕上げだ」


優馬は、焼き上がった鴨肉の肉をスライスし、ソースに絡める。

さらに、摘んできた野蒜を刻み、最後に混ぜ込む。


ジュワッ……フワッ……


野草の香りが立ち上り、肉とソースのコクがさらに深まった。


「できた!!」


優馬は、香ばしく焼き目のついたパスタを皿に盛り、サバと野鳥のミートソースをたっぷりとかける。


「……こりゃ、贅沢すぎるな」


村井が思わず笑う。


「できました!鴨肉とサバのミートソース!」


優馬も満足そうに微笑みながら、フォーク代わりの木の枝でパスタを巻き取った。


「いただきます」


ズズ……ジュル……


優馬は熱々のパスタを口に運び、ゆっくりと噛み締める。

サバの旨味とミートソースの酸味、野鳥の香ばしさが絡み合い、奥深い味わいを作り出していた。

シンプルながら、今この世界で味わえる最高の一皿だ。


「……うまい、こんな美味いのは久しぶりだ!」


村井もパスタをすすり、しばし無言になる。

しっかりと咀嚼し、喉を鳴らして飲み込んだあと、

まるで忘れていた感覚を思い出したかのように、ポツリと呟いた。


「クソッ……こんな世界でも、ちゃんとした飯を食えるとはな」


「飯は生きるためのものですから?」


優馬は焚き火を見つめながら、微笑んだ。



「……お前は、どこを目指してるんだ?」


村井がパスタを食べながら尋ねる。


「妹を探してます」


優馬は、静かに答えた。


宮山凛みややま りん。20年前の災害で離れ離れになった。

 両親は死んだ。けど、妹の行方だけはわからないまま」


「それで……旅をしてるのか」


「生存者の情報を集めながら、各地を回ってます。

 どこかの集落にいるかもしれないから。と言っても俺のことは覚えてないでしょうけど......」


村井は焚き火の炎をじっと見つめ、低く呟く。


「……北にある“大沢の集落”にはもう何もないが、

 さらに先の“細竹の峠”には、生存者の拠点があるかもしれない」


優馬が目を上げる。


「本当ですか?」


「確証はない。だが、あの辺りは地形的に防衛しやすい。

 もし生き残ってる連中がいるなら、そこに集まってる可能性が高い」


「……なるほど」


優馬はパスタの最後の一口を食べながら、ゆっくりと考える。


この世界では、確かな情報などない。

だが、手がかりがあるなら、動くしかない。



焚き火の炎が静かに揺れる中、優馬は空になった皿を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「……行くよ」


村井がじっと優馬を見つめる。


「どこへ?」


「妹を探しに。そして、生き残るだけの世界じゃなく、ちゃんと"生きる"ために。」


村井はその言葉を聞き、少し驚いたように目を細めた。


「"ちゃんと生きる"……か。そんな贅沢なこと、この世界でできるのか?」


優馬はカモ肉の脂が染み込んだ指を舐め取りながら、焚き火の炎をじっと見つめる。


「さあ。でも、ただゾンビから逃げ、腐った缶詰を食いながら死ぬのを待つだけの人生は、まっぴらごめんです。」


「……なるほどな」


村井は少しだけ笑った。


「なら、俺も付き合ってやるよ」


「え??」


「どうせこのままじゃ生きられねぇしな。うまい飯も食えそうだし!それに……」


村井は、ナタを握りしめながら続けた。


「俺も、復讐したい連中がいる。」


焚き火の炎が、闇夜に淡く映える。


(妹はどこにいるのか。

 生存者の集まる場所に、何があるのか。

 そして、この世界で、"本当に生きる" とは何なのか——)


優馬は自分の旅の目的を、改めて心に刻み込んだ。


「よし、じゃあ明日、出発しましょう」


そう言うと、優馬は焚き火の火を少し強め、背中を伸ばした。

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