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「ごちそうさまでした」
レクリエールは、汚れた手を布巾で拭き、皿を台所へ運んだ。シンクに置いて、水を流して軽く汚れを落とす。ブドウを食べ終えたエキシトの分の皿も、レクリエールが片付けてくれた。
「今晩だけですよ。明日からは、一緒に生きて下さいね?」
(一緒に生きる?)
大袈裟だと思いながらも、エキシトは「あぁ」と短く返事をした。レクリエールは満足そうに微笑み、そのまま洗い物をはじめた。奥からは、水色と白のボーダーラインの入った寝間着や、薄紫色の寝間着を持ったクーパーがうろうろしている。執事は席を立つと、クーパーの居る方へと向かって歩いて行った。
「疲れていませんか?」
洗い物をしながら、レクリエールが話しかけて来る。背丈が一五〇もなさそうなほど小さなレクリエールには、シンクの高さが合わないようだ。ちょっとした踏み台に乗って、泡を流していく。
「少し。だが、仮眠したおかげで、今はそれほどきつくはない」
「そうですか。東の料理、お口に合いましたか?」
「少し濃いな」
「そうなんですか? 西の料理は、もう少し薄味なんですね」
「あぁ」
全体的に濃いと感じた。だが、パンは東のパンの方が美味いと思った。エキシトは、ゆっくり立ち上がり、レクリエールの方に向かう。殆ど洗い終わった後で、特に手伝えることもなさそうだ。
「執事はどこへ?」
「お風呂の支度です。今日のお風呂当番は、デリスさんなんですよ」
「当番制なのか?」
「はい。今日の料理は、私が担当しました。ですので、美味しそうに召しあがられているエキシト様を見て、少し安心しました」
「そうか。美味かった」
「ふふ、ありがとうございます」
「……お前は、嫌ではないのか?」
「何がですの?」
エキシトの心の中には、何だかつっかえるような、モヤのようなものが浮かび上がっていた。それが何なのか、エキシトはおおよその検討はついている。
「東の人間は、西の人間を嫌っているはずだ。俺のような人間と結婚など、本来なら毛嫌いするところだろう」
「エキシト様は、私との結婚。そこまで嫌なのですか?」
「……そうだな」
エキシトはレクリエールの後ろに立ち、視線を床に落としながら呟いた。
「俺は、人付き合いが苦手でな。結婚なんて、誰ともするつもりはなかった」
「そうでしたか……」
(嫌な思いをさせているな)
エキシトは謝罪しようと口を開いた。その僅かな瞬間に、レクリエールが言葉を被せる。
「それなら、私がエキシト様の初めてのお相手となれるよう、努力いたしますわ」
「……は?」
皿を綺麗に洗い終えたレクリエールは水を止めて布巾で手の水気を拭った。白のエプロン姿なのは、洋服が汚れないようにするためだろう。まるで下女……よく言ってメイドのような恰好をしたレクリエールは、腕まくりをして右手をグッと曲げてみせた。力こぶを見せるような仕草だが、その二の腕にそれはない。色白で華奢な小枝のような腕が見えただけだった。
「お任せください。私、努力することは苦手ではないのです。エキシト様に相応しい下女になれるよう、努力いたしますわ」
「下女……ではないのだろう?」
「エキシト様には、私は下女のように見えるのでしょう? それならそれで、私は構わないのです。私が東地区代表姫君として選ばれただけで、それは誇りなのです」
「……何故、父上がお前を選んだのかを、俺は知らないんだ」
「あら、領主様が直接選んでくださったのですか?」
「そうだ」
失望すると思った。エキシトには、何の主体性もなく、今もただ嫌々ティレンス家に居るだけなのだ。そんな惨めな男を誰が好むものか。エキシトは我ながら情けないとも感じていた。こんな自分は、らしくなくて好きじゃない。そうも感じ取る。しばしの間、沈黙が続いた。