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1-8

 大体の食事を終え、残りはフルーツのみとなった。ブドウだ。緑色の皮のブドウが何房かテーブルの真ん中に置かれていた。レクリエールはそこから小枝を千切って、自分の皿に持ってくる。クーパーは、

「エキシト様も、どうぞ。この地域で採れたブドウです」

「お口に合うとよいのですが」

 パクッとレクリエールは皮ごと食べた。はむはむと咀嚼する。見た所、渋みはなさそうだ。クーパーが注いでくれたワインも白ワインだった。この辺りでは、白いブドウが有名ということか。

「いただこう」

「あぁ、そうそう。エキシト様」

「? なんだ」

 小枝を千切って皿に置いたところで、クーパーに呼び止められる。エキシトは手を止め向かいに座っているクーパーの顔を見た。

「娘との婚儀は、近いうちにあげてもらおうと思っているのだが……明日からは、もう貴方のことを息子として接しようと考えているのですよ」

「それで構わない」

「だから、明日からは“様”付けはやめたいのだが、よろしいかな?」

(呼び方くらい、なんだって構わん)

 エキシトはこくりと頷いた。クーパーはにっこりと笑うと、満足げにワインをぐいっと飲み干した。

「それでこそ我が息子ですよ。良い縁談がまとまりそうで、嬉しい限りです」

(俺はただの、国の駒だがな……)

 ちらっと右隣を見た。右隣に座っているのはレクリエールだ。彼女も国のためにその身を売られた犠牲者とも言える。だが、土地を移って来たエキシト自身よりは境遇がマシかとも思うと、同情心も薄れた。

「ブドウをいただこう」

「えぇ、どうぞ。美味しいですよ」

 ふふっとレクリエールは笑った。こんな子どものようなレクリエールに、恋愛感情は抱けそうにもない。せいぜい芽生えても……年の離れた妹くらいにしか思えないだろう。子を授かれなどと言われたら、それは応えられそうにないと、エキシトは嫌なものを呑みこんだ。

 悪い人間ではない。この小さな家に居るのは、皆、良い人間だと思う。それでも、いがみ合って来た東の人間であることも違いない。すぐに警戒心を解くことは、難しそうだ。

「そういえば……レクリエールは次女と言っていたな。長女はどこに?」

「長女は吟遊詩人家でして。どこを歩いているのか、見当もつかないのですよ。はっはっは」

「つまり、行方不明と……?」

「お姉さまは、自由人なのです。でも、たまにお土産を持って、帰って来てくれますよ」

「ミスタリ―様は、西国の地も旅をしているそうです」

 執事だ。一緒に食事をするのも、西では考えられないことだった。思えば、こんな風に小さな食卓を囲んで家族で食事をすることは、今までになかったことだとエキシトは思い返した。毒見が確認した冷えた料理を、独りで食する。それが、エキシトの生き方だった。

 兄弟も居ない。エキシトは、ずっと独りだった。その分、レティーとゼシカが煩く賑わいを持たせてくれていたのだ。煩いばかりだと思っていたが、助けられていたのは自分だったと省みる。

「レクリエールは、姉が不在で寂しくはないのか?」

「私ですか? そうですね。お姉さまにはお姉さまの人生がありますから。それほど、寂しいと感じたことはありませんでした」

「そうか」

「ふふ、お優しいのですね」

「? 何が?」

「いえ、何でもありません」

 レクリエールは満足げにブドウを平らげた。エキシトも、ぱくりとブドウを口の中へほおばる。甘い。種もなく、食べやすい。歯ごたえは、思ったよりあった。皮はやや硬いが、皮まで甘くて美味いと思う。

「美味いな」

「よかったです」

「さて、私は寝間着を選んで来よう。エキシト様、ゆっくりとデザートを味わってくだされ」

「どうも」

 ぺこりと頭だけ下げた。

 案外、やっていけるかもしれない。なんとなしにエキシトは、そんな自信が込み上げてきた。

 この家が、東の一般的な家庭なのかは分からないが、この家なら、自分は生きていけるのではないか。そんな気がしたのだ。エキシトは「ふっ」と、息を吐いた。張り詰めていた物が、少しだけ抜けたように思える。

「明日からは、特別扱いは無しですよ。エキシト様」

 執事に言われ、エキシトは左横を見た。

「クーパー氏も言っていたな。具体的に、何が変わる? 俺は何をすればいい?」

「それは、明日になれば分かること。今は料理を楽しんでください」

「……隠し事をされているのか?」

「大したことではありません。ただ、普通に暮らしてもらう。それだけです」

「普通……か」

 我儘な息子として生きてきたエキシトに、務まるだろうか。やはり、不安が一掃された訳ではなかった。

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