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日が暮れて、窓から差し込む光も消えると、部屋は真っ暗。厚着もしていなかったエキシトは、ぶるっと身体を震わせて、目を覚ました。どれほどの時間眠っていたのか。時計を見ようと部屋をよく見渡す。掛け時計があった。時間は九時十分を示している。
(もうそんな時間か)
意識すると腹が減るものだ。まだ、今日は水しか口にしていなかった。夕飯は自分の分も用意されているのだろうか? そんなことを考えながら、ベッドから身体を起こす。ギシギシとマットレスが音を立て、エキシトの身体を押し上げた。
「……本当に、来たんだな。東に」
時間が経つにつれ、少しずつ実感が湧いてくる。電車に揺られ車に乗っている間は、それほど意識はしていなかったが、真っ暗になり部屋の中を照らすのがぼんやりとした月明かりのみとなった今、肌寒さと共にエキシトはどこか心細さを感じていることを自覚した。
エキシトの家は賑やかだった。レティーが煩くて、ゼンカが騒がしく。変人の父に囲まれて、毎日が宴会のように過ぎていった。それをやかましいとしか思っていなかったエキシトだが、いざ遠ざかってみると心寂しいものがあると、振り返る。
(俺は、あの家に甘えていたんだな)
まだ東に来て半日も経っていないというのに、もうホームシックか。情けなく思い髪の毛をワシャワシャト掻き毟った。黒く艶のある髪が数本抜けた。紅色の瞳は今、どんな影を帯びているのだろう。鏡はあるが、暗くて自分で確認できないことは幸いだった。
それにしても、腹は減った。部屋を出てレクリエールを呼べば、パンくらい用意してくれそうだが。早速頼るのもなんだか気が引ける。エキシトは「はぁ」とまた、溜息を吐いた。
コンコン。不意にノックの音が鳴る。
「エキシト様」
部屋の外から聞こえてきたのは、鈴の音のような少女の声。レクリエールのものだった。ベッドから立ち上がり、エキシトはドアノブを回し、扉を開く。
「まだ、眠っていらっしゃいましたか?」
「いや、起きたところだ。何か用か?」
「そろそろお腹が空いて来たのではないかしらと思いまして。夕食の準備、整いましたよ」
「夕飯……」
「あら? 西の方は、夕食を食べる習慣はないのでしょうか?」
「あ、いや……ちょうど腹が減ったところだったのでな」
すると、レクリエールは嬉しそうに笑みを浮かべた。ぱっと花が咲いたように目を輝かせる。
「それはよかったです! さぁ、こちらへ。一緒にお食事にしましょう?」
エキシトは不思議に思った。もう九時を回っているというのに、まだレクリエールたちは食事をとっていなかったというのか? 夕食が遅い家もあるとは思うが、遅すぎるような気もする。聞いてもいいものなのか、戸惑いを覚え言葉を呑みこむ。
「エキシト様?」
「……クーパー殿も、まだ夕飯は食べていないのか?」
「えぇ、お父様もまだ。だって、お客様を差し置いてさっさと夕食を済ませる程、私たち、薄情ではありませんよ?」
「そういう意味合いではないのだが……そうか。わざわざ待っていてくれたのか」
フルフルと首を左右に振り、レクリエールはふふっと笑う。
「初日くらい、おもてなしをさせてください。さぁ、参りましょう」
「あぁ」
エキシトはアタッシュケースをベッドに乗せたまま、レクリエールの後に続いた。部屋に鍵はついてない様子だ。鍵は後から付けてもらいたいが、とりあえずはおもてなしを甘んじて受けようと決め、部屋を後にする。
(初日くらい……)
やや引っかかる言葉だった。明日からはどんな日常が待っているというのだろう。不安を抱きながらも、レクリエールに続いて居間へと移動する。気にしすぎもよくない。異国の地へ来て、神経質になっているのは否めない。きっと、何が起きたとしても、何も起きなかったにしても、エキシトは疲労感を覚えるのだ。