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小一時間走ったところで、車は止まった。小国の姫君とのことだったが、あまりにも家が小さい。道中見てきたビルの方がずっと大きく立派で、栄えていたように思える。ここは一軒家。少々田舎にある領主の娘が選ばれたようだ。
(こんな辺鄙な村の娘で、東西の関係をよくするような経済効果があるとは、到底思えんな)
軽く嘆息しながらも、執事にドアを開けられエキシトは車から降りた。砂利道だ。革靴で歩くには、道が悪い。
「どうぞ、エキシト様」
下女が扉を開け、エキシトを招き入れた。オレンジ色の屋根に白色の壁。扉は木製で、外開きだった。
「どうも」
中に入れば、温かかった。外は冷えてきたが、中は十分に温められている。壁が分厚く、外からの熱を遮断し、暖炉で温めた熱を逃がさない構造だ。エキシトは家人を探してキョロキョロと首を振る。天井は切妻構造だ。
「ようこそいらっしゃいました、ヴィレンツ家のエキシト様」
小太りの男が一人、姿を見せた。白髪まじりの頭で、顔にはくっきりとほうれい線が浮かんでいる。目じりを下げた垂れ目で、そこからは青い目が見える。
「ティレンス領主か。世話になる。エキシト・ヴィレンツだ」
「クーパーです。我が娘との婚約、真に感謝いたします」
「……」
やや顔が引きつったのを自覚しながらも、頷いた。声に出して肯定しなかったのは、まだ認めたくないと悪あがきをしているのかもしれない。そんな子ども染みた自分を認めたくなく、エキシトはコホンと咳払いをして表情を取り戻す。といっても、つまらない仏頂面になるだけだ。
「娘はいかがでしたか?」
「……?」
「気に入っていただけていると嬉しいのですが。国が決めた婚儀。会ったことも無い娘との婚約には、やはり抵抗があったとは思います」
「まだ、娘に会っていないのだが?」
「はて?」
不思議そうな顔をしたのは、お互いだった。その後ろで、下女だけがにこやかに微笑んでいる。その後ろで執事は扉を閉め、手を身体の前で握っている。しかめっ面というか、表情があまりない。
「レク。ご挨拶していないのかな?」
クーパーの視線の先を追って後ろを振り返ると、そこには下女の姿があった。下女はクスクスッと笑ってから、ペコリと頭を下げた。
「申し遅れました、エキシト様。私はレクリエール・ティレンス。この家の次女です」
「…………は?」
「ふふ。お写真も見ていなかったのですね。ヴィレンス領主様は、何故私を選んでくださったのでしょう」
「この下女が、レクリエール姫なのか!?」
「下女……?」
クーパーに反芻され、ハッとしたエキシトは、すぐに訂正した。一方、下女と言われていたレクリエール自身は気にしている素振りはない。後ろの執事は表情をほぼ変えていないが、やや苦笑しているように見える。これはエキシトにっとて、初日から失敗したと舌打ちしたくなる出来事だ。なんとか堪えて嘆息だけ漏らした。それも態度が悪いことだとは、エキシトは自覚していない。
「この家には下女は居ないのですよ。ですから、私が下女のようなものでもあります。ですから、エキシト様の見解も、間違いではありませんよ」
「これ、レクよ。下女とは下働きの身分の低い女性だ。そのような存在であると公言するのはよくないぞ」
「えぇ、お父様。ですから、家には居ないのでしょう? それは、私の誇りでもありますわ」
ほわほわした雰囲気のティレンス家次女のレクリエール。レクリエールはふふっと笑いながらエキシトを見た。くりくりの青い目は、ガラス玉のように澄んだ輝きをしている。エキシトは下女にしか見えないその次女を見て嘆息を吐けば、よろっとバランスを崩した。おそらく疲れが出たのだろう。クーパーはすぐに気づき、エキシトを優しく迎え入れた。
「長旅で疲れたことでしょう。部屋をご用意しておきましたので。そちらで休んでください。夕食の準備が出来ましたら、御呼びしますよ」
「あぁ、そうしてもらえると助かる」
「レク。エキシト様をご案内して差し上げなさい」
「はい、お父様」
にこりと微笑むと、レクリエールは廊下をと歩いた。