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1-3

 国境を越え、更にそこから二時間程走ったところで最初の東の駅に到着した。プォーと大きな汽笛が鳴る。それを合図にしてドアが開けられた。雨が降るのか、降ったのか。湿った土の匂いが鼻につく。エキシトは一歩、また一歩と階段を下り、初めての東の土地に足を踏み入れた。異国の地。話す言葉は東のもの。東国の言葉も大学で学んでいたエキシトには、そこまでの壁ではないが、それでも単身異国の地に送り込まれ、気負いがないと言えば嘘になる。

「エキシト様。護衛はここまでです」

「あぁ」

「御武運を」

「……」

 右手で敬礼する軍人を見て、軽く頷くとエキシトは歩き出す。駅のホームに、歓迎のムードは無かった。

 いや、何も無かった。迎えも追い返す者も居ない。一日に三本ではあるが、列車は出ているのだ。西の人間がここに居ても、想像していたよりは違和感はないのかもしれない。

(さて、姫の家まではタクシーを使うか)

「あのー」

「?」

 そこに居たのは、自分の身長の半分ほどしかない少女だった。白に近いブロンドの髪に青いくりくりの瞳を光らせ、エキシトを見ている。

「そのお洋服。西の方……ですよね?」

「あぁ、そうだが?」

「ティレンス家をお探しでしょう?」

「ティレンス……」

 選ばれた東の姫君の名は、確かレクリエール・ティレンス。年齢までは書かれていなかったが、確かにティレンス家で間違っていない。

「そうだが、もしや貴女は遣いの者か?」

「えぇ、そんなところです」

「そうか。それは助かる」

 タクシーは必要かもしれないが、家を探す必要は無くなった。手土産は領主に直接渡す方がいいだろうと、遣いには渡さなかった。だが、チップくらいは弾んでもいいだろう。東の紙幣も仕入れていたため、数枚折って下女に差し出した。

「取っておけ」

「あらあら。こんなにも……」

「主には言わなくていい。お前……貴女が受け取ればそれでいい」

「ふふ。お前でいいですよ」

「……口が悪くてすまないな」

「他国の言葉は、難しいですよね。私には西の言葉が分からないので。東の言葉で話していただけるだけで助かります」

「そうか」

 下女の言葉を素直に受け取った。

漆黒の髪が珍しいのか、下女はエキシトの髪に手を伸ばした。だが、背丈が違いすぎる。手が届く筈もない。ピョンピョン跳ねるその光景を、どう捉えて良いのか分からず、エキシトは真顔で考えた。結論は出ない。

「西の国の方は、髪色は茶系だとお聞きしていましたが。綺麗な黒ですね。それに……」

 続いて気になったのは、エキシトの瞳だ。どの国にも赤い瞳は居ないだろう。異端児の証とも言えるこの色を見て、嫌がる者もいるかもしれない。それだけが不安要素だとも、エキスとは思っていた。逆に言えば、それさえ凌げばこの任務とも言える婚儀は無事に終わると予測する。この下女の反応は、その足掛かりとも言えよう。

「とても綺麗。熟れた苺のような色ですね」

「……苺」

 ルビーだと宝石に例えられることはよくあるが、果物に例えられた経験はなく、エキシトは思わず面食らった。いつもの仏頂面が崩れ、呆気にとられた顔をする。その顔を見て、下女はふふっと嬉しそうに笑った。笑うと右下に小さなえくぼが出来、より幼さを際立たせる。

「可愛らしいお顔ですね」

「……」

「殿方に可愛いは褒め言葉じゃないかしら」

「……案内してもらってもいいか? 長旅で疲れている」

「あら、私としたことが。駅を出てすぐの所に、車を着けてあります。向かいましょう。お荷物は……」

「これだけだ」

 小さな黒い鞄がひとつ。それだけだった。中身は大したことは無い。一丁の銃のみ。身一つ守るために必要だと思ったこの銃は、幼い頃から共に生きてきた唯一の「仲間」でもある。心赦せるものは、この一つしかない。逆に、引っ越すにあたり荷物が少ないのは幸いか。

「お荷物、私が運びますわ」

「いや、結構。これは自分で運ぶのでお構いなく」

「そうですか? では、ご案内しますね」

 テテテ……と歩き出す歩幅は小さく、本当に子どもの足取りだ。東西では身長差もあるかもしれないが、それを計算に入れても小さい。十歳かそこらの年齢に見える。こんな幼子まで下女として働かせないといけないほど、東は貧しいのか。エキシトは初めて見る東の実状に、身を引き締める心境だ。

 駅の規模はバスが五台横づけしたらそれでいっぱいになる程度。ホームは一つしかない。赤レンガ造りの建物を出ると、外はコンクリートで固められた灰色の道路が続いている。冷気が肌に当たり、そろそろ雪でも降るのかとエキシトは上を見た。空は黒く厚い雲がかかっている。

「エキシト様。あそこにある茶色の車です」

「あえて茶色に?」

「エキシト様もハンカチーフを青にしてくださったのですよね。ありがとうございます」

「いや、別に」

 俺の意図ではないし……と、胸中で続ける。

 駅前のロータリーに茶色の四人乗り自動車が止まっていた。丸っこく小型の車は、高級車にはとても思えない。

(本当に姫君の家のものか?)

 当然ながら、エキシトは疑問に思った。小国の姫といえども、列記とした領家の姫君のはずである。それなのにこの規模の車で出迎えるとは……やはり、東の情勢は報道とは異なり、西以上に傾いているのではないかと憶測が捗る。

 案内され、茶色の車まで来ると運転席には年配の女性が乗っていた。女の運転手というのも珍しかった。執事も兼ねているのだろうか。きちんとした黒のタキシードを身に纏っている。白の手袋をはめ、ハンドルを握る。

「ようこそ、東へ」

 バックミラー越しで会話をする。エキシトは車高の低い青の車に乗り込むため、腰を曲げた。狭い。大人の男が乗るには、小さすぎる車の運転席後ろに乗りこむと、隣には下女が乗り込んだ。

「どうも」

 一応軽い挨拶はかわす。

「西の小エレフィシ国、領主の嫡男。エキシト・ヴィレンツだ」

「存じております。ヴィレンツ様、それではご案内します」

 執事の声は安定した伸びのあるアルト声。落ち着いた声は聞いていて心地よい。年は五十代ほどだと思う。目じりには薄いシワがある。

 時速五十キロで走り出した車内、エキシトは窓から外を見渡していた。ガタガタ道で車は跳ねる。映る景色は西とはやはり雰囲気が違った。着ているものは殆ど変わらないが、色合いや形が少々異なる。流行があるのだろう。文明に差はなさそうだった。

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