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「大好き……?」

「はい!」


 レクリエールは、目を細めて満面の笑みをエキシトに向けた。両手で手芸を持ってエキシトに見せる。やはり、どう見ても妖怪だ。


「私、エキシト様のその瞳。とても綺麗だと思うんです。大好きな苺にそっくりで」

「……苺が好きなのか?」

「そうなんです! 来世では、苺に生まれたいですわ」

「……叶うといいな」


 エキシトがそう答えると、どうやら満点の回答だったらしい。レクリエールはより一層嬉しそうに微笑んだ。そこまで無邪気な笑みを向けられては、しかめっ面なエキシトの顔面も、解れてしまう。レティーの茶目っ気とはまた違うかわいらしさが彼女にはあった。いや、単純に良い年した成人男性の茶目っ気に惹かれる趣味がないだけなのかもしれない。レクリエールはエキシトの世話役レティーとは違い、まだ幼女だ。子ども染みた思想も行動も許されていいだろう。


(いつから幼女趣味になったんだ、俺は)


 また、調子を狂わされている。エキシトはそれを自覚した。レクリエールを包むほんわかとした空気感は、苦手だが嫌いではなかった。自身でも気づいていないが、口元の端が上がり、仄かにだが笑みが浮かぶ。鏡で自分の顔を確認できたならば、驚いたことだろう。


「行って来る」

「えぇ、いってらっしゃいませ。楽しんできてくださいね」


 返事はしなかった。玄関ドアを開けて、外へ出る。太陽の日差しが温かかった。真南から少し傾きはじめている。

 クーパーの家から五分ほど歩いたところから、コンクリートで固められた道が始まる。カツン、カツンと靴音を鳴らし、辺りを視線だけで観察するように歩いた。街並みの屋根より更に上を見やると、時計塔もたしかにあった。時計塔の上からなら、この街を一望できそうだ。登れるものなら、のぼっておきたいとエキシトは考えた。この街を見下ろして、賊が潜めそうなところを把握しておこうと考えたのだ。


(今のところ、影の視線はないな……やはり、俺の気のせいだったのか?)


 一度目を閉じ、よく周りの空気や視線に意識を集中させる。ピンと糸が張り詰めたような空気を感じた。その糸は、ぶれることがない。


(いや、判断を下すのはまだ早い。もう少し、街を見てからでないと……)


 内ポケットに銃を忍ばせていることを、誰にも覚らせてはいけない。銃刀法違反で捕まるようなヘマをしては、西と東の友好条約取り付けも危うくなる。それこそ、何のためにわざわざ東に売られに来たのか、分からないものだ。だが、エキシトはそう簡単にはボロを出さない自信もあった。エキシトは文武共に長けた領家の嫡男だったからだ。


(何か問題があれば、父上の方から婚約破棄の要請もあるだろう。流石に、その判断も出来ないような無能ではなかろうに)


 基本、穏やかで能天気に見える父だが、西の領土のひとつを束ねる領主だ。その素質がなければ反乱の一つや二つ、既に起きていることだろう。それがなく、民も従っているということはそういうことだと、エキシトは判断していた。それに、レティーとは違い心配性な執事ゼシカも居る。ゼシカが居れば、まず間違った判断は下さないと、レティー以上の信頼は寄せていた。


「今度は独りかい?」

「……」


 話しかけてきたのは、先ほど中央広場のようなところに居た、キッチンカーのクレープ屋の女店主だ。車の外に出て、適当に並んで居た椅子を整頓させていたところを、エキシトが通りかかったらしい。エキシトは気にせず、素通りしようとした……が、ふと足を止める。


(そういえば、影の気配を感じたのはこの広場だったな……となると、ここをどこからか監視できる場所があるということか?)


 女店主、名は「メフィナ」と言ったか。メフィナは、紺色のエプロンを生クリームで汚しながら、手を布巾で綺麗にし、エキシトに続けて言葉をかける。


「レクリエールちゃんはどうしたさね」

「常にアイツと行動を共にするつもりはない」

「ほう? 結婚するんだろうに? 夫婦とは、常に一緒にいるものさね」

「俺たちは、ただの策略婚だ。時が来れば、すぐに西へ戻る」

「さぁて。そう簡単に行くさねぇ?」

「……どういう意味だ?」


 エキシトは辺りを見渡すのをやめ、メフィナの方に向き直った。恰幅がよく、背丈もある。エキシトよりも幾分か高い。本当に女性かと、疑いたくなるほどの存在感だ。腕は隆々とした筋肉が見える。


「東国と西国の仲を取り持つための策略婚……と言いたいんさね? わかるさ。でも、どうしてその相手がレクリエールちゃんのような小さな街の御嬢ちゃんなんさね?」

「そんなこと……俺が知るか」

「おやおや。そんなことも分からず来た、お坊ちゃんだったさね? それは失礼したさ」

(こいつ……!)


 内心で、沸々と怒りが生まれていた。右手拳をぐっと握り、それでも「冷静さを保て」と、自身を自制する。自制できなくては、一流の武官とは言えない。

 エキシトは、頭のどこかでは理解していた。これは、メフィナに試されているだけなのだということを、読んでいた。それ故に、挑発に乗ってはいけないと言い聞かせる。

 それを理解してしまえば、エキシトは流石だった。


「俺を挑発したところで、何も出ないぞ。悪いが、用があって出かけている。お前の相手をしている暇はない」

「ほう? まぁ、気を付けることさね。あたしはね、レクリエールちゃんが傷つく姿だけは、見たくないさ」

「……やけに、肩入れしているんだな」

「あの子を邪険にするような輩だったら、あたしは本気でアンタを潰すさ」

「策略婚とはいえ……婚約者である以上、俺はアイツに手を出しはしない」

「なら……」


 メフィナが言い終えるよりも先に、エキシトは言葉を滑らせた。低く、呻くように言葉を紡ぐ。その眼光は鋭く、赤い瞳が薄暗くぎらついた。


「だが、あくまでも俺は西の人間だ。その誇りを捨てるつもりはない。あの女よりも大切なのは、我が領土であり、我が祖国だ」

「……まぁ、どこの人間だってそうさね」


 やれやれと言わんばかりに、メフィナなかぶりを振った。一旦は話が着いたのだろう。エキシトは、改めてこの広場を見渡せる場所がどこかにないかを探すため、辺りをぐるっと見渡す。その様子を、メフィナは訝し気に観察していた。

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