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西と東を繋ぐ一本の線路があった。列車は一日三便。朝、昼、晩に一本ずつ出ている。これが、公の通路であるが、他にも荒野を歩けば国境を超えることは可能であった。ただ、敢えて乗り越えて行くような馬鹿は、そうそう居ない。特に今、戦火がくすぶっているような危険な状況下で、危ない橋を渡る人間は馬鹿だ。エキシトはそう思っている。
電車で切符を見せ、一等客室に陣取ったエキシトは、不本意ながらも東行の列車に乗った。乗客は殆ど居ないが、軍人が数名乗り合わせていた。エキシトの護衛もその中に含まれている。
(無用だと言ったのにな)
「エキシト様。何かありましたら、直ぐにお呼び下さい」
「……」
答えなかった。右手でピッと手払いをし、軍人を退ける。鬱陶しそうに目を伏せ、頬杖をついてはテーブルに用意してあった新聞に視線を向けた。文字は西の文字で書かれているため、東の国の者には読むことは不可能。国際語もあるが、この新聞社はかなり東を毛嫌いしていることで有名だ。東の者に情報を与えないよう、敢えて西の文字で書かれているように思える。
東に姫を貰いに行く……といっても、出向くのは西に住むエキシトの方だった。嫁ぐのはこれでは、男であるエキシトの方ではないかと、また当人から溜息が漏れた。
東の方にやや情勢が傾いている。そのため、東に媚びを売るために西から「最良物件」を贈ることを決めたのだろう。西の宰領から、「くれぐれも粗相の無いように」と念を押され、エキシトも下手な真似は出来ない。
(コーヒーが飲みたいな)
ルームサービスもあったが、また来るのは軍人だろう。あんなむさくるしい男達の顔をわざわざ見るのもなんだと思う。だが、少し気分も変えたく思い、立ち上がった。質は落ちるが、室内にも飲み物は用意されていた。瓶に入った水をコップに注ぐと、一口舐める。大丈夫。毒は盛られて無さそうだ。コップの三分の二の量まで水を注ぎ、席に戻る。客室の広さは畳八畳ほどある。
東の姫君の中で、誰がいいのかなんてエキシトに分かるはずも無かった。察するのも嫌になるエキシトは、誰かを選ぶことを放棄した。代わりに選んだのは領主だった。つまり、エキシトの父親である。実の親だ。エキシトのことも熟知していると思うが、領主はやや変癖のある男だと息子は睨んでいた。変なことに興味を惹かれ、首を突っ込むことがある。
「……嫌な予感がする」
列車が走りだして暫くし、東の空が近づくと、暗雲が立ち昇っている様子が視界に入った。
「……」
もう一度、新聞に視線を戻す。
「西の宰領は東に国交を求め交渉、……か」
口に水を含む。その記事の下には、小さく写真が嵌め込まれていた。あまりにも小さく、しかも後ろ姿。
「ぶーっ!!」
思わず口に含んだ水を吹きだした。礼服が台無しになる。水でびたびただ。
「な、なんだこの写真は……!」
そこに写っていたのは他でもない。レティーの後頭部だった。後ろ姿でもよく分かるオレンジの髪にハネたおかっぱ。襟足だけ長く三つ編みにしているそれは、レティーのものでしかなかった。いや、ただの後ろ姿でもない。よく見ると左腕に隠しながら右手でピースサインを決めている。
(使うにしても、他の写真は無かったのか……こんな馬鹿姿。よく新聞社も許したものだ)
これでは、レティーが東に嫁ぐような写真だが、実際はそうではない。エキシトは目立ちたい性格ではない為、写真が自分のものではなかったのはむしろ好都合。ただ、「エキシト」のものと誤解を受ける可能性がある写真を、このような茶化した写真にされたのは、少々面白くなかった。
吹きだした水が口元を滴れる。青のハンカチでそれを拭い、コホンと咳払いをする。だが、濡れた服からは無かったことには出来ない。今日は西の礼服を身に纏っていた。キャラメル色のスーツに、胸ポケットには青のハンカチーフ。シルクのシャツの上には、濃い茶色のベストを着込む。靴の色も茶色だ。つまり、西の主要カラーは「ブラウン」だった。
対する東は青をイメージカラーにしている。ポケットのハンカチを青にしたのは、東に敬意を表する意味合いがある。勿論、エキシトの計らいではなく、領主のものと推測される。あんな不真面目な写真でGOサインを出すのは、変な趣向を持つ領主のものだ。エキシトは信じて疑わなかった。礼儀を重んじる一面がありながら、何故こうもふざけた趣も持つのか。エキシトには理解が出来なかった。
(頭が痛くなる……)
窓に凭れかかり、額をガラスにくっつけると冷たさが伝わり少し気持ちよかった。
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