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その間に、店主メフィナはクレープ生地を焼いていく。手慣れた手つきで生地を丸く薄く焼き、トッピングをしていく。
「はいよ、チョコバナナとマンゴーさね」
「ありがとうございます、メフィナさん」
「レクリエールちゃん。何かあったらすぐにあたしのところへ逃げ込むんだよ。あんなひょろい男、あたしがやっつけてあげるさね」
「ふふ、その心配は要りませんわ。でも、ありがとうございます。さぁ、エキシト様。行きましょう?」
「……あぁ」
レクリエールの後ろに続いて、噴水前のベンチまで来た。腰を下ろすと、レクリエールはふたつのクレープをエキシトに差し出した。くりっとした青い色の瞳にエキシトが映る。
「バナナとマンゴー。どちらがお好きですか?」
「……バナナ」
「では、こちらをどうぞ」
「……」
黙って受け取り、レクリエールを見ていた。レクリエールは、紙をピリピリと破いて、クレープをあむりと口の中にほおばっていく。小さな口を大きく開け、かぶりついていくその様子は、姫君には似つかわしくない。どう見ても、レクリエールは平民の下女だった。
(俺は、騙されているのか?)
そんな気さえしてしまう。だが、レクリエールがこの街で愛されていることだけは確かなことだと実感した一日でもある。いや、エキシトが西の人間でなければ、ここまで邪険にもされなかったかもしれない。流れる血は赤くても、お互い警戒心は強かった。
エキシトも、喜んで東に来た訳ではない。命令に従ったまでのこと。婚儀が破綻となれば、西へ帰るだけだが、それでは父親の顔に泥を塗ることになる。それは、自分自身の矜持が許さなかった。だから黙って従う道を、エキシトは選んだのだ。エリート階級を歩んで来たエキシトにとって、これはミッションのひとつ。結婚する気などさらさらなかったが、それも返って幸いしたのかもしれない。このミッションが上手くいけば、父の顔を立てることになる。
ただ、未だに理解できないのは何故結婚相手にこの下女のような風貌の少女を選んだのかというところだ。何か狙いがあるはずなのだが、今のところ答えは見えていない。永遠に西へ帰れない訳でもないと思うので、帰省出来るタイミングがあれば、直接問いただしたいとエキシトは考えていた。
「エキシト様。クレープは初めてですか?」
なかなか口を付けないエキシトを見て、隣に座っていたレクリエールは優しい笑みを浮かべていた。本当に少女だ。自分はロリコンでもないと内心で呟きながら応える。
「いや、西にもクレープぐらいある」
「そうでしたか。西の文化というものも、興味がありますわ」
「そうなのか?」
「あら、エキシト様は東の文化に興味は抱かれませんか?」
「俺は別に」
「そうですか。それでしたら、私がゆっくりご案内していきますから。新しい発見が出来るとよいのですが」
「期待はしていない」
「あらあら」
ツンと冷たい態度を取るが、レクリエールは何故かめげる様子を見せなかった。エキシトのことを子ども扱いでもしている様子で、くすくす笑っている。エキシトとしては面白くない。段々腹が立ってきて、ストレスから甘い物が食べたくなった。右手に渡されたクレープにがぶりと食らいつく。生クリームがはみ出て口の右端についてしまった。
「クリーム、ついていますわ」
レクリエールが手を伸ばして来たのを見て、反射的にエキシトは左手でその手を叩いてしまった。咄嗟のこととはいえ、女に手を出したのは後味が悪い。でも、謝ることが出来なかった。プライドが邪魔をするのだ。
「自分で取れる」
「ふふ、そうですわね」
レクリエールは気にしていない様子だ。エキシトは咳払いをして場を誤魔化し、そっぽを向いてクレープを無心で食べた。そのため、あまり味は分からなかった。
食べ終えたところで、レクリエールは口元をハンカチで拭き綺麗にし、ゆっくりと立ち上がる。エキシトは立ち上がったレクリエールと視線を合わせ、睨んだ。
「おい、女」
「はい、なんでしょう?」
「俺は、お前の婿になる訳じゃない。東へ来たからといって、俺の全てをお前にくれてやるつもりはない」
「えぇ」
「西と東の争いが落ち着いたら、西へ帰る」
「そのときは、別れる……ということですか?」
「そうだ」
ベンチに両手を掛け、足を組んで偉そうに座る。男としての威厳を見せるために、でかい態度を取った。
「俺を支配できるものは、俺だけだ」
「私はエキシト様を支配したいなんて思っていませんわ。ただ……」
「?」
レクリエールは両手を後手組んで、にこりと微笑む。そのまま、エキシトの目を覗き込んで楽しそうに笑った。
「一緒に居る間は、エキシト様に笑っていて欲しいと思います」
「俺は笑わない」
「確かに、笑顔は苦手そうですね」
くすくすっと笑って、レクリエールは楽しそうだ。エキシトは嘆息まじりに嘆いた。
「俺をからかうな」
「本当のこと……ではありませんか?」
「……」
クシャクシャっと頭を掻いた。どうもレクリエールと一緒だと調子が狂う。自分の思うようにいかない時間に戸惑いと違和感を覚えながら、エキシトもベンチから立ち上がった。
「帰りましょう」
「ふん」
「服も試着してみてくださいな」
「お前に言われなくとも」
「そうですわね」
何だかんだ、仲良くやれそうな二人に見える……ということを、遠くで見つめる影は思った。双眼鏡をしまうと、影はふっとその場から消えた。




