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「今日はこんなところでよろしいかしら」
「そうだな」
「少し、歩きませんか? あ、あそこのクレープ。美味しいんですよ。一緒に食べましょう?」
「……お前は、何の抵抗もないのか?」
「はい?」
立ち止まったレクリエールに、エキシトは後ろから言葉を続ける。
「どう見たって、西と東は仲が悪い。仲が悪く忌み嫌われている西国の俺と結婚して、奇異な目で見られるようになるかもしれないのだぞ」
「そんなこと、ないと思いますけど……たとえそうだとしても、私は自分で結婚を決めました。西国のエキシト様との結婚を、です」
(写真も何も見ていなかった俺とは覚悟も違うということか)
エキシトはしばし黙った。その様子を見て、レクリエールはてててと歩み寄って来る。背丈の小さなレクリエールは、エキシトの顔を覗きこもうと少し背伸びをした。顔の距離が近づき、エキシトは一歩後ずさる。
「お疲れですか? エキシト様。椅子に座っていてください。私、クレープ買ってきますわ」
「別に、疲れてなど」
「それなら、一緒に参りましょう?」
「……はぁ」
自分と結婚して、何の得がある?
エキシトは、頭が痛くなるのを自覚していた。
エキシトは傲慢に見えて、根は優しいところがある。自分が邪険にされるのはまだ構わないが、それに付き合わせることは気が引けるのだ。
レクリエールはエキシトの思いやりも届かず、てててとクレープ屋に向かって歩き出していた。仕方なしにエキシトもその後に続く。黒髪に紅の瞳は、金髪の多い東の国ではとても目立った。異質な自分の見た目を呪った。帽子でも持ってこればよかったと、エキシトは内心で舌打ちする。
「エキシト様。何味がよろしいですか?」
「何でもいい」
「そう言われましても……では、私のおススメでよろしいですか?」
「あぁ」
ぶっきらぼうに応えても、レクエールは嫌な顔ひとつしなかった。
(俺は悪くないからな!)
エキシトは、胸が痛むのを自覚しながら、何度も自分自身に「自分は悪くない」と暗示をかけた。そうでもしなければ、心臓がつぶされてしまいそうになったのだ。領主のわがまま息子であったはずなのに、ここまで気を遣うことになろうとは。エキシトは人生どこで間違ったのかと嘆息も出てしまう。
「バナナチョコクレープと、マンゴーホイップクレープをひとつずつ、お願いします」
「あら、レクリエールちゃん。今日はお休みかい?」
「はい。数日バイトをお休みいただきましたの。私、結婚することになりまして」
「そうなのかい? それはおめでとう!」
キッチンカーの店主は恰幅のいい女性だった。四十代半ばから後半くらいの人のよさそうな人だ。店主はレクリエールの後ろに立つエキシトに気づき、ちらっと視線を送った。
「黒髪とは珍しい。レクリエールちゃん。まさか、異国の人との結婚かい?」
「えぇ。エキシト様は西国の領家のご子息様ですの」
「西……ねぇ」
「……」
どうしてもそこが気になるらしい。だれもエキシトを、「エキシト」個人としては見ず、「西国の男」として判別をする。色眼鏡を通してみれば、真実なんて見えやしない。歪んだ色で見られるエキシトは、敵対視されてばかりだ。
エキシトは、それだけではなく店主とレクリエールのやり取りが気になった。
(バイト……?)
エキシトはレクリエールに視線を落とした。その視線に気づいたのか、レクリエールは顔をあげてにこりと微笑む。ただ、何故視線が合ったのかは理解していない様子だ。
「お前はバイトをしているのか?」
「えぇ、もちろんですわ。自分のお小遣いくらい、自分で稼がなければ。誰だってそうでしょう?」
「いや、俺は働いたことなどない」
「え?」
心底意外そうな顔をして、声が零れた。大きな瞳をぱちくりとさせると、きょとんと首を傾げた。
「それでは、お小遣いはどうされていたのですか? 昨日、私はチップまでいただいてしまいましたわ」
「金は親からもらっていた」
「あらあら」
レクリエールは、まるでエキシトを子ども扱いするように、エキシトの頭に手を伸ばした。背伸びをしてなんとか手を届かせると、エキシトの美しい黒髪をさらさらと撫でた。何事かとエキシトはその手を咄嗟に振り払った。今度はレクリエールがびっくりした顔をする。しかし、すぐに自分の行動がエキシトに対して失礼だったと察し、頭を下げ手を下ろした。
「エキシト様は、身の回りのことは執事に任せ、金銭は領主様に頼られていたのですね。それが西では普通のことなのですか?」
「西どころか、東の大概のところだってそうだろう。お前が可笑しいんだ」
「ちょっとアンタ、レクリエールちゃんに向かってなんてことを言うんだい。レクリエールちゃんは、この街の自慢の娘だよ? 侮辱するなら、あたしが許さないさね」
「……勝手にしろ」
「メフィナさん。私は大丈夫ですから。エキシト様を悪く言わないであげてください。見ず知らずの土地に婚儀を結びに来てくださったのですから。歓迎しましょう?」
「西のスパイだったらどうするんだい? レクリエールちゃんを良いようにして、西国へ連れ帰る……なんてこともありえるさ」
「そんなことないですよ」
レクリエールは、ぱたぱたと手を仰いだ。そのままエキシトの顔を見ると、大層不機嫌そうな顔があるものだから、「困った」と眉をハの字にし、てへと笑った。
「とにかく、大丈夫ですから。まずは信じることから始めましょう? メフィナさん。クレープふたつ、お願いします」
「……本当に、大丈夫なんだろうね?」
「えぇ」
「……」
エキシトは黙っていた。街の人間にどう思われようが構わない。だが、このままで西と東の友好関係が築けるとは到底思えなかった。全ては机上の空論。西と東を無理やり結婚させたところで、不仲が解消されることなどなかったのかもしれない。
(俺は、判断を誤ったのかもしれないな)
エキシトは目を細め、俯いた。




