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「さて、今度はシャツを見に行きましょう」
「店は遠いのか?」
「ファーファスの街は、とても小さいですから。どの店もそれほど時間はかかりませんわ」
「そうか」
「あそこの建物の一階です」
レクリエールが指を差したのは、三階建ての建物だった。コンクリート固めの建物で、一階には服屋が入っているようだ。二階はカフェ、三階はオフィスといったところか。
「こんにちは、おじさま」
「やぁ、おはよう。レクリエールお嬢ちゃん。今日もかわいいねぇ」
「ふふ、ありがとうございます」
「そちらは?」
「私の婚約者、エキシト様です」
「婚約!? お嬢ちゃん、結婚するのかい!?」
「えぇ。私ももう、十八ですから」
(十八だったのか)
エキシトは初めてレクリエールの年を知った。思ったよりは年だったが、自分よりもちょうど十も下ではないか。ロリコンの気質は全くもって無いぞと、嘆息が漏れる。店主は興味津々といった目で、エキシトを見た。
「見慣れない顔ですなぁ」
「エキシト様は、西国からいらっしゃったのです。まだ、昨日こちらへ来たばかりで。ですから、街を案内しているところです」
「……西?」
「何か?」
西と聞いたとたんに、店主の顔色がハッキリと変わったのが見て取れた。分かりやすいものだ。先ほどの靴屋といい、やはり東は西に対していいイメージを持っていないようだ。それは、西だって同じこと。咎めるつもりはない。ただ、いちいちこのくだりを見なければならないのは、少々面倒だとエキシトは感じていた。レクリエールがご丁寧にエキシトの紹介をするものだから、街の者に素性がばれてしまう。でもまぁ、黙っていてもいつかはバレることだろう。だとしたら、初めに種明かしをしておいた方が得策だとも考えられる。今、この一瞬を我慢すれば、次から言及されることはなくなるのだ。
レクリエールはひょいと店の中を覗きこんだ。
「殿方用の防寒着が欲しいのですが……どの辺りでしょうか」
「ファーファスの冬は厳しいですからなぁ。ペラペラな召し物では、寒くて耐えられまい」
「えぇ、そう思いましてこちらで購入しようと思いまして」
「お嬢ちゃんが言うなら、とっておきの服を用意しましょう」
「ありがとうございます」
「おい、あんた」
「何か?」
エキシトに近づいて来た店主は、ボソッとエキシトの耳元で呟いた。
「お嬢ちゃん泣かせるようなことをしてみろ。街の全員が敵になると思え」
「……ご忠告どうも」
赤い目でエキシトは睨んだ。その眼が気に入らないのか、店主も睨み返す。その光景を見ていないレクリエールは、るんるんとした陽気な顔を推して服を見て回っていた。子どものままごとのようにすら見える。
「エキシト様。これなんかどうです? 裏起毛で温かそうですわ」
「……」
店主にもう一度睨みを利かせてから、エキシトは中に入って行ったレクリエールの後を追った。後ろからレクリエールが見繕った服を受け取る。ボタンがない、すぽっと被るタイプの服だ。正直好みではないが、確かに温かそうではある。水色のトレーナーだが、自分には合わない気がする。
「お気に召しませんか?」
「いや、そういう訳では……」
「あそこのセーターも可愛らしいですね。エキシト様、いかがでしょう?」
「セーターか」
青と白の毛糸で織り込んだセーター。やはり、国のイメージカラーが「青」ということもあり、青色の商品が多く出回っているように感じられる。エキシト自身、青色を嫌ってはいないので、なんだって構わなかったが、あまり着てこなかった色だ。似合わない気がすることだけ、引っかかっていた。
「温かそうだな」
「そうですよね。どちらも購入しましょう?」
「そんな簡単に買っていいのか? 金はクーパー殿の物なのだろう?」
「お父様は、おもてなしの精神の塊ですもの。絶対喜びますわ」
「そうか?」
「えぇ、ですから気にしないでください」
「それなら、この二点をいただこう」
「ついでに、靴下も購入しておきましょう? 厚手の靴下、温かいですわ」
「すまないな」
「……本当にお嬢ちゃん、この人と結婚するのかい?」
「はい!」
「……そうかい」
何かまだ言いたそうな店主をよそに、レクリエールは靴下を見繕っていた。グレーの靴下と、白の靴下を手に持っている。
「これもお願いします」
「お嬢ちゃん。何かあったらすぐ言うんですよ? クーパーさんは甘いですからね。僕がガツンと言ってやりますから」
「ふふ、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ?」
レクリエールは、くるっと後ろを振り返り、エキシトを見た。幸せそうな笑みを浮かべながら、目を細める。
「エキシト様は、とても優しい方ですから」
「……お嬢ちゃんが言うなら、信じるけどもよ」
「異国の地で、大変な思いをしているのはエキシト様の方ですわ。これから、同じ街の人間として、仲良くしてくださいね」
「あぁ、わかったよ」
「ありがとうございます」
「お嬢ちゃん。コートもあるけど、どうだい?」
「あら、いいですわね。お願いします」
レクリエールは支払いを済ませると、紙袋に服と靴下を入れてもらった。その買い物袋をエキシトが受け取った。
「よろしく頼みますぜ、エキシト様?」
「……」
返事はしなかった。エキシトは、黙って店を後にする。慣れあうつもりは、なかった。仲良くならなくとも、生きていける。エキシトはそう考えていたのだ。




