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 外へ出ると、早速北風がぴゅーと吹き、寒さが身体を凍えさせた。ここが異国の地であることを、嫌でも痛感させられる。クーパーのコートを借りてきたからまだ寒さにも耐えられるが、この地域の冬は雪が厳しいのだろうか。

 世間話でもすればいいものを、エキシトは仏頂面を変えることなく、先をてててと歩くレクリエールの後ろ一メートル下がったところをついて回った。


「エキシト様。まずは靴屋さんでもよろしいでしょうか?」

「なんだっていい」

「それでは、靴屋をご案内しますわ。この街随一の腕を持つ、こだわり強い靴屋さんですの」

「へぇ」

 生半可な返事になるのは、大して興味を惹かれないからだ。靴の良しあしなんてわかりゃしない。履ければいい。そんなエキシトの顔を見上げながらも、レクリエールは笑顔を絶やさなかった。


「ふふ。お気に入りの靴に出会えるといいですわね」

「そうだな」

「茶色の靴もあると思いますよ」

「別に、国の色にこだわりは持っていない。だいたい、俺を売りに出した国だぞ? 顔を立ててやる義理もない」

「私は、エキシト様と出会えてよかったとお思っておりますの」

「?」


 それは奇妙なことを言う。エキシトは「分からない」という顔をして反応を示したが、レクリエールはスルーした。それほど大きくない領家のしかも次女。貰い手がなかったのだろうか。

 たいていの領家が長女を推してきていたはずだ。あえて次女であるレクリエールを父親が選んだことにも、意味はあったのだろうか。次に会う機会があるのかどうかすら分からないが、機会が与えられるのであれば、問い詰めてやろうとエキシトは心に決める。

 砂利道に足を取られながら、なんとか歩く。せめてアスファルトを敷いて欲しいところだ。

 橙色の造りの門構えが多い中、店先に靴が並んだ小さな古民家があった。木造づくりにオレンジの屋根。看板は小さく「靴」とだけ書いてある。シンプルこそ分かりやすい。


「ここですわ」

「レクリエールお嬢ちゃん。今日は早くから買い物かえ?」

「おじさま、こんにちは。今日は私の婚約者様の靴を見に来ましたの」

「婚約者?」

 

 中からは、腰を曲げた白髪の老人がひとり出てきた。右手に杖をつき、よいしょと椅子に座る。店が一望できる、店先の真ん中に陣取っている。これでは、客が見て回るには少々狭い。脚が悪いのだろうか。腰が悪いのだろうか。


「見ない顔だのう」

「西国からいらっしゃった、エキシト様です」

「西国……新聞に載っておったあれか」

「新聞の書き方には、棘がありましたけど。私たちは円満に、夫婦になりたいと思っておりますの」

「おい、勝手に話を進めるな」

「あらあら、私としたことが……すみません、エキシト様」

「……」


 レクリエールを謝らせたことが、失策だったらしい。老人はじろりと厳しい目つきでエキシトを見た。こんな老いぼれた老人にすごまれたところで萎縮するエキスとではないが、これからこの街で暮らしていくにあたり、友好関係は築いておいて損は無い。要らぬ争いは避けたいところだった。


「エキシト様は、私たちにあわせて東の国の言葉を使ってくださるんですよ。とってもお優しい方だと思いますわ」

「西の田舎っぺ言葉は、恥ずかしくて使えないんじゃあないのかえ?」

「なんだと、貴様」

「エキシト様、落ち着いてください。おじいちゃんも、落ち着いてくださいな。まだ、西と東は戦争はしていないのですから。それに、エキシト様はわざわざ来てくださったのですよ? 感謝しなければなりませんわ」

「まぁ、せいぜい耐え忍ぶことだのう」

「おじいちゃん、エキシト様にスニーカーをひとつ買いたいのですが。サイズありますか?」

「坊、お前さん。サイズは幾つだ」

(坊?)


 ひっかかりながらも、これ以上いがみ合っていても埒が明かないと、エキシトも大人の対応を取った。だが、はっきり言って「俺が何をした!?」と、怒りのボルテージは口元ギリギリのところまで溢れかえっている。止めを刺される前に、この靴屋から離れるべきだと考えた。それがきっと、良策だ。


「二十八センチだ」

「無駄にでかいのう」

「……無いのか、あるのかどっちだ」

「無ければつくる。じゃが、ちょうどサイズがいいのがある……これじゃな」


 出されたスニーカーは、やや埃を被っていた。誰も買い手がつかなかったのか。しかし、エアーもしっかり入っていて、質はよさそうだ。


「履いてみるかえ?」

「あんたがいいならな」

「わしゃあ靴屋だ。西の奴に売るつもりはなかったが、レクリエールお嬢ちゃんの伴侶になる予定となる男とあれば、無視はできんからのう」

「あぁ、そうかい」

「ほれ」


 ぽいっと投げ飛ばされ、奥の方に収納してあったスニーカーは宙を舞い、エキシトの腕の中にすっぽり埋まった。黒いため、埃が余計に目立つのがたまに傷だが、悪くない。腰を下ろしてスニーカーを試着してみると、履き心地もすこぶるよかった。悔しいが、靴職人としての腕は確かなようだ。


「どうでしょう? エキシト様」

「これを買わせてもらう」

「お会計は私がしますので。エキシト様は、下がっていてくださいね」

「……本当にいいのか?」

「えぇ、もちろんです。衣装一式そろえるくらいのお金は、お父様から預かっていますわ」

「はい、袋に入れておいたよう」

「ありがとうございます、おじいちゃん。お身体お気を付けくださいね」

「お嬢ちゃんは優しいねぇ。おい、そこのお前」

「……はぁ?」

「お嬢ちゃんを泣かせるようなことをしたら、このじぃが黙っておらんからな」

「……くだらない」

「本気じゃぞ」

「はいはい」


 これ以上相手にするつもりもなく、エキシトは、手のひらをひらひらと振って、靴屋を後にした。


「早速履き替えた方がよろしいのではないかしら。この辺りはずっと、凸凹道ですの」

「そうみたいだな。履き替えよう」

「あそこのベンチに腰掛けましょう?」


 そう言って案内されたのは、小さな噴水公園の中にあるベンチだった。円形の噴水を取り囲むように六つのベンチが用意されていた。噴水の上には、時計台が置かれている。きっと、噴水が吹きだしたら綺麗なのだろうな。

 エキシトはそんなことを思いながら、買ったばかりの黒のスニーカーを履き、今まで履いていた革靴を、代わりにスニーカーを入れてもらっていた袋にしまった。



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