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「美味かった」
「ふふ、よかったです」
「食べた皿くらい、ご自身で下げてください」
「……っ」
思わず舌打ちするほど、食事を終えるまでの短い時間で、エキシトとデリスの雰囲気は悪くなってしまった。けれども、レクリエールはそれを悪いとも感じていないのか、言及することはなかった。ただ笑い、皿を下げるエキシトの様子を見守っている。
(皿なんて、下げたことないぞ……何をやらせやがる、このクソ執事)
「……」
すました顔でコーヒーをすするデリスを尻目に、エキシトはたった今食べ終わった皿を流しまで運んだ。苛立ちから少々雑に置いてしまい、ガチャンという大きな音が上がった。それでも「まぁ、いいか」とエキシトは台所から離れようとした……その時だった。
「自分の物くらい洗ってください」
「…………」
デリスに言われると、腹が立つ。エキシトは、自分自身を落ち着かせようと必死だ。一度ワシャワシャと髪を掻き乱し、襟元を緩めて「ふー」っと息を吐き、蛇口をひねる。水を出すと、皿に激しくぶつかり水が自身のシャツをびたびたに濡らした。
「……っ!」
反射的に一歩後退する。蛇口からは勢いよく水が出たままだ。床に飛び散る水で、辺りはびしょ濡れだ。
「あらあら」
レクリエールが立ち上がり、エキシトの隣に来た。まずは冷静に蛇口をひねって水を止める。慣れた手つきで布巾を手に取りエキシトの服を拭き、床に膝を着いて拭きはじめた。エキシトは呆然と立ち尽くし、されるがままだ。これでは、どっちが子どもだか分からない。
「お水はもう少し弱めにだしてくださいね。飛び跳ねてしまいますよ」
くすくすと笑い、乾いたハンカチをエキシトに渡すと、隣に並んでレクリエールはスポンジを手に取った。洗剤をスポンジに一滴、二滴たらして皿をこする。次第に泡立って汚れは落ちた。そこで水を少量出して泡を洗い流す。洗った皿は、シンクの隣にあるトレーに並べた。
「洗ったお皿は、こちらで乾かします。覚えてくださいね?」
「……あぁ」
レクリエールから言われるのは、まだそこまで腹立たしくはなかった。渡された白のハンカチでシャツを拭き、手を拭きながらエキシトは応えた。とりあえず隣に並んで、レクリエールの手元を見る。ネイル遊びもしていない、切りそろえられた荒れた爪が見えた。洗剤で手先が荒れるのかもしれない。
「さて、少し食休みされますか? それから、街に出かけましょう?」
「……街には、歩いていくのか?」
「えぇ、この街の中を散策しようと思っておりますので。遠くの街も、いずれはご案内しますわ」
「そうか」
内心、「助かった」とエキシトは思った。車で出かけるとなると、この執事が運転手となるはずだ。なるべく執事とは距離を置きたいと思ったのだ。だが、いくら距離を置こうとしても、デリスはこの家の執事。離れることは不可能だろう。それこそ、デリスをクビにするという話が出ない限り。
時計を見ると、既に十時は回っていた。店は開店しはじめる頃合いだ。エキシトに続いて、レクリエールも時計を見た。
「時間的にも丁度いいですね。エキシト様、十時半になりましたら出かけましょうか。お金は、お父様から預かっていますから、それを使わせていただきましょう?」
「金か……」
自由に使える金を、エキシトもある程度は用意してきた。わざわざ銀行で東の金に両替し、財布に忍ばせている。小切手という手もある。
クーパーが用意してくれたというのであれば、ご厚意に預かるべきかと、そのことはまだ口に出さないでおいた。昨日、レクリエールにチップを渡している時点で、いくらかは所持していることを、レクリエールは知っているはず。だが、まぁいいとエキシトは黙った。
「コーヒー、おかわりいれますね。エキシト様、お席にどうぞ」
「いや、部屋で待たせてもらう」
「? そうですか? お部屋にコーヒー、お持ちしましょうか?」
「自分で持って行く。ここは、何でも自分でこなすのが好きらしいからな?」
厭味な言い回しであえて言い放ったのは、デリスに向けての言葉だった。デリスは、ずずっとわざと音を立ててコーヒーをすする。その光景を、レクリエールはくすくす笑いながら見守った。
「そうですか。それでは、これを」
カフェセットをエキシトに渡すと、レクリエールは席に座った。レクリエールもまだコーヒーを飲んでいる途中だった。エキシトはティーカップとケトルを持って、自室に移動した。少しでもひとりで居る時間が欲しかった。




