1-13
翌朝。
AM9時。
「…………!」
エキシトは焦った。光がキラキラと差し込み、眩しいと目を開けた瞬間に、「寝坊した」という事実に直面する。時計を見ると、既に九時を回っているのだ。明け方冷えて来て布団をすっぽり被っていたのだが、陽の光で温もりを取り戻し、寝返りを打ったところで夢から覚めた。
「しまった! 寝すぎた!」
目覚まし時計を持ってくるべきだったと、エキシトは後悔しつつ、クーパーのだぼだぼ寝間着を脱ぎ、自身のシャツとズボンに穿き替え、急いで居間へと向かった。ダッダッダと床を蹴る。
居間にはレクリエールとデリスの姿があった。クーパーは居ない。
「おはようございます、エキシト様」
「……」
デリスから、やや冷たい視線を送られた気がするが、とりあえず気にしないことにする。優しく挨拶をしてくれたレクリエールを見て、エキシトは咳払いをした。
「……すまない、寝すぎた」
「お寝坊さんですね」
小さな身体のレクリエールは、ぴょんと椅子から下りるとエキシトが座れるようにと椅子を後ろに引いた。促され、エキシトはそこに座る。とりあえず、気まずい。デリスの右隣に座った。
「クーパー殿は?」
「お父様は、今日は役所で会議です。もう、出かけてしまいましたよ」
「……俺は」
「?」
「悪くない」
「ふふ。責めてなどいませんわ。朝食、冷めてしまいましたから、温めますね」
「……」
ふいっと顔を背けた。一日経つと、いつもの横柄な態度も出始めてしまう。適応能力が半端ない。軽く嘆息をついてから、左手で頬杖をつき、デリスからの視線を物理的に遮断することに成功した。テーブルに置いてあった新聞を右手で握り、片手で広げて読んでみる。当然だが、東の国の文字で書かれていた。読みづらさはあるが、新聞だ。崩した文体でもないため、読めないことはない。
(……ん?)
一面の下の方に小さく、自分のことが書いてあるとエキシトは気づいた。
(西の領家の嫡男、東国領家に売り渡される……なんだ、この書き方は)
これでは、身売りにあったみたいではないか。写真はついておらず、ティレンス家とも書かれていないため、誰がどこへ移動してきたのかはここからでは分からない。
(東は、やはり西をよくは思っていないか)
それは西も同じこと。悪く書くのも仕方がない。理解は出来るが、面白くないのも事実。エキシトは余計に態度が悪くなってしまう。今度こそ、「俺は悪くない」だ。もし詰められたら、「悪いのは全て、この新聞だ」と言い捨てるつもりでいる。
「お目覚めのコーヒーはいかがです?」
レクリエールは鍋を火にかけながら、ティーカップとボトルをテーブルに持ってきた。新聞からちらっと視線を移し、すぐにまた目を伏せて新聞文字を注視する。
「もらおう」
「はい」
トポトポ。ティーカップに注がれていく。濃いブラウンのコーヒーからは、湯気が立ち昇っていた。
「どうぞ」
(ここはもう、俺の家でもあるんだ。レクリエールに気を遣う必要もない)
エキシトは偉ぶっていた。姿勢を正さないままで、ティーカップを持ち口に運ぶ。昨日から飲みたかったコーヒーだ。ほろ苦い刺激が丁度いい。渋い味が脳を刺激する。あぁ、心地いい。
「いい度胸ですね」
「どうも」
デリスだ。売られた喧嘩は買うタイプだが、エキシトはどうもデリスには勝てない気がして、聞き流すことにした。
デリスとしては、主であるレクリエールが雑に扱われていることを見過ごせなかった。しかし、エキシトのことも邪険には出来ないのだろう。声を荒げたりなどはしない。……かえってそれが、怖いのだが。
「あらあら。仲がよろしいですわね」
レクリエールだけが、のほほんとしていた。レクリエールの周りを、常に黄色い蝶々がとんでいるような、やわらかな空気が取り巻いている。
「どこがだ」
「えぇ」
バチバチ……ふたりの視線がぶつかったところで火花が散った……気がした。レクリエールはくすくす笑いながら目を細めた。
「ほら、そんなところが仲良しさんですわ」
嬉しそうに微笑みながら、鍋からスープをよそい、テーブルに並べる。いつの間に焼いていたのか。オーブンがチンと鳴り、パンが焼けた。
「……食べなければ死ぬ。だから、食べる」
「何の宣言ですか」
「あらあら。デリスさん、あまりエキシト様を苛めないでくださいね?」
「苛められてなどいない!」
「苛めてなどおりません」
「ふふ」
大きく溜息を吐くと、隣でデリスが軽く溜息を吐いた。その光景に驚いたのは、他でもない。エキシトだった。
(こいつ! 今、溜息をついたな!?)
俺さま的なエキシトにとって、執事は身分の下の人間。下女と同等。その執事から悪態を吐かれ、内心でムカッとした熱いものが込み上げてきたのを実感した。一気に交感神経が刺激され、アドレナリンが放出される。やや暑いと感じて来たのは、そのせいだ。
「お祈りを、お願いしますね。エキシト様」
「……」
レクリエールに促され、エキシトは渋々手を組んだ。そのあたりは従った方がいいだろうと、大人の対応を取った。レクリエールも満足そうに笑い、椅子に座った。




