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ドアを開けると、ひんやりとした廊下だった。温度差がある。思わずくらっときそうだった。
「お湯加減、いかがでしたか?」
出迎えてくれたのは、レクリエールだった。まだ寝ていなかったのかと、少々驚く。レクリエールは居間でひとり、お茶を飲んでいた。ティーカップには、赤っぽい茶が注がれている。香りは甘い。
「あぁ、少し熱かったが……寒い日には、ちょうどいいな」
「それならよかったです」
「お前は入らないのか?」
「えぇ、後で入ります。次は、デリスさんの番ですので」
「!? 執事が主より先に入るのか!?」
「え?」
レクリエールはきょとんとした顔で、エキシトを見た。エキシトは驚きのあまり、目を見開いていた。
「主も何も、私たちは家族ですもの。今日は、最後にお父様が入ります。あ、最後にお風呂に入る方が、その日のお風呂掃除の当番ですわ。明日からはエキシト様も、同様ですよ?」
「お、俺も風呂掃除をするのか?」
「えぇ、もちろん。平等に家事を振り分けますから」
「……何の為の執事だ」
「むしろ、私たちのしないことまでしてくださるデリスさんが、一番休むべきだとは思いませんか?」
(思わないが……)
言いかけて、エキシトはそれは得策ではないと口をつぐんだ。「ううん」と咳払いをして、何とか誤魔化す。
「デリスさんを呼んで来ます。お湯が冷めないうちに、入っていただかないと」
時計を見ると、もう二十三時近い。夕飯が遅かった為、時間が押しているにしても、これではみんな、寝るのが深夜だ。明日は何時に起きるつもりでいるのだろうか。エキシトは時計をじっと見つめた。それに気づいたレクリエールは、ふふっと笑ってエキシトを見る。
「時間は気にしないでください。明日の朝くらいは、寝坊しても誰も何も言いませんわ。ちなみに私は、七時には起きるつもりでいます」
「まだ、風呂はこれからなんだろう? そんな早くに起きられるのか? というか、そんな早くに起きて、明日は何か特別なことでもあるのか?」
「いいえ。特には……あ! そうでした。明日はエキシト様の靴や服を見に、街へ出かけるのでしたね」
そうえ言えば、そんな話をしていたか。エキシトは思い返していた。
「だが、そんな朝早くに起きなくとも……」
「朝食の支度もしなければいけませんし」
「店は何時に開店するんだ?」
「十時くらいには、皆さま開けていますよ」
「そうか」
思ったよりゆっくりした時間だなと思った。エキシトは、湯船に浸かったことで疲れも出て、不意に欠伸をしてしまった。顔を見られないよう、咄嗟に手で口元を隠す。レクリエールはそれを見て、ハッとして席を立った。
「どうぞ、私に構わず寝てくださいね。今日は長旅でお疲れでしょうし。慣れない地ですしね。東と西では気候も違うのかもしれません。ゆっくり寝てください」
「……悪いが、そうさせてもらう」
「えぇ、ごゆっくり」
「……ひとつ、言っておく」
「はい」
エキシトは、半眼でレクリエールを睨んだ。ここでも、西の領家の嫡男としての威厳は保たなければならない。
「俺は、誰にも支配されない。俺の嫁になるというのであれば、俺に相応しい女になれ」
「はい」
「……」
即答された。しかも、微笑みながら。エキシトは調子を狂わされ、変な間をつくってから、すごすごと自室へ向かった。レクリエールはにっこりほほ笑んでその背中を見送り、デリスの部屋をノックしにエキシトの部屋とは反対側の部屋へと向かった。ノックされ呼ばれたデリスは、風呂の準備をして脱衣所に消えていく。レクリエールはそれを見守ってからまた居間に戻り、ひとりお茶をすすった。クーパーは、自室でテレビを見ており、時折家中にクーパーの笑い声が響いていた。
この日、ティレンス家から灯りが完全に消えたのは、日付が変わってからしばらくしてのことだった。




