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時は武器と武器により争い、政略により国土を広めようとしていた頃。西のベスティス、東のクリティファ領域といえば、世界中誰もが知る情報戦の最中だった。どちらかに傾けば、世界情勢は大きくひっくり返るだろうと、かたずを飲む事態。
その中で、西のベスティス内の『サイ』地区の領主の息子「エキシト」は嘆息を漏らしていた。明らかに機嫌の悪そうな彼に近づこうとする物好きは居ない。
「さぁさぁ、お決まりになりましたか? エキシト様」
「……」
いや、物好きがひとりだけ居た。やけにきらびやかな服装を好んで着る真っ白な髪の執事は、この領家に仕える男の一人。白髪なのは、年老いたからのものではなく、アルビノという特殊な性質からのものだった。そのせいで、これまでの人生は苦労して来たらしい。それをここの領主に拾われたことで、執事は領主に絶対的信仰心を抱くこととなった。それは、その領主の息子、エキシトに対しても変わらない。
「放っておいてくれないか」
切れ長の目は二重で、睫毛が長い。黙っていると美人で、誰もが溜息を吐きたくなるほどの麗しさ。黒髪はこの西国では珍しく、赤い瞳はとても異質だ。それでも怖がられないのは、領主の人柄からかもしれない。息子と領主の性質は、少々異なるものだった。
「なんで俺が、東の姫と政略婚をしなければならないんだ?」
「もちろん。あなた様が誰よりも相応しいと、西の議会で結論づけられたからですよ。あぁ、なんて素晴らしいこと」
「どこが。面倒ごとを押し付けられただけじゃないか」
「いいえ! とんでもない!」
執事、ゼシカは嬉々とした目でエキシトを見つめた。彼が心から喜んでいる様子は、嫌々ながらもエキシトも感じ取っていた。だから余計に面倒臭くなる。
「西と東、どちらかが倒れれば世界に大きな影響を与える……そこで! 我らが西国は、西も東も倒れない道を模索したのではないですか!」
「西と東が、手を結ぶ……」
「そうです!」
ガシ! すごい勢いでエキシトの手をゼシカは掴んだ。あまりの勢いと顔の近さ。普通なら驚くところだが、エキシトにとってはもはやこれも慣れたこと。ただ、いつも以上にゼシカのテンションは高いとも言えた。
「ゼシカ。どれも却下だ」
「な……」
タン。テーブルに叩きつけたのは何十枚もある所謂お見合い写真だった。どれもよく撮れた写真ばかりだ。口紅厚く、赤色の唇が白い肌に際立っている姫君の数々。ピンク色のドレスを身に纏い、可愛らしくこちらに向かって微笑む姫。ある一枚には、シックに黒のドレスを身に纏い、黒い白のツバの広い帽子をすっぽり被った二十代後半に見える落ち着いた姫。とにかく、そこにあるのは東の国の姫君の写真の他ならなかった。
「皆、素敵な姫君ばかりですよ。あぁ、忌々しい東の地の女性ということで、嫌悪感が先走ってしまうのは分からないでもないのですが……」
西は東を嫌い、東は西を嫌う。それは、世界情勢上仕方のないことだった。ただ、エキシト的にはそういう感情で彼女たちを机に叩きだしたのではない。
面倒なのだ。
「この方なんてどうです? 有名な学校を出ていますよ。西よりの領地というのも好条件かと」
「口紅の色が好みじゃない」
「……では、こちらの姫君は?」
「学が薄っぺらい」
「……それでは、こちらの姫君なんていかがでしょう?」
「もういいだろう?」
エキシトは左手でさらっとテーブルを撫で、机に置いた写真の全てを床に落とした。ひらひらと散る写真を前に、ゼシカはアワアワと口を動かし、慌てて床に膝を着いては写真を拾い上げて行った。その様子を、実につまらなそうにエキシトは尻目で見つめた。
エキシトは、才色兼備。全てが備わっているように思われた。実際、銃の腕も剣の腕も立ち、軍人としても一流だ。有名な大学を出ており、教養も申し分ない。容姿も端麗、引く手あまたと思われるが……ただひとつ、エキシトには欠点があった。物事に興味を抱かないということだ。恋愛にも、政治にも特別関心はなく、言われるがまま動く駒のような男だった。
だからこそ、西の政府もエキシトならば東の国の姫との結婚を、快諾するだろうと図り領主に命じてきたのだった。それなのに、いざエキシトに話をすると、返って来る答えはいずれも「NO」である。ゼシカはこの事態を前に、焦りを感じていた。
「他に、好きな女性でもいらっしゃるのですか?」
「別に」
「それなら、何故そこまで意固地になって拒むのですか。悪い話ではありませんよ? 領主様の株だって上がります」
「そうだな」
「でしたら!」
「却下だ」
長い睫毛の下から赤い目を光らせ、エキシトはスッと椅子から立ち上がった。ためらいもなく、ゼシカが拾っている途中の写真を踏みつけ、この部屋から出て行こうとする。
「お待ちください、エキシト様!」
「やぁ、エキシト」
「…………」
部屋の中に入って来たのは、エキシトの世話役レティーだった。オレンジの髪に青い瞳。西国でもオレンジの髪は珍しい。派手好きで染めているものと思われる。レティーは目を細め、にこやかにエキシトを見やった。
「そろそろ我儘もやめて、決めてくれないかな。どの姫君を嫁にもらうのか」
「レティー……」
あからさまに嫌そうな顔をして、エキシトはレティーを見た。物腰やわらかく、誰に対しても好感を抱かせるレティーの存在を、エキシトは苦手としていた。理由は幾つか考えられるのだが、どれも噂話程度。何故避けているのか、本心は知らない。
「領主様の為なんだ。キミも、分かっているだろう?」
「レティーの仰る通りです。そうですよ、エキシト様。これは、領主様の為。国の為でもあるのです!」
(国がよければ、俺の意思はどうだっていいってか……まぁ、そりゃあそうだな)
内心で毒づくが、もう逃げられないだろうとエキシトは更に大きな溜息を吐いた。
「さぁ、どの姫君にしようか? なんなら、ダーツで決めたっていい。東の姫君ならば、誰だっていいのだから」
「……知らないからな」
何を、とは言わなかった。