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9◆それぞれの幼馴染

「なんでお前ら一緒にいるんだ?」

「アンタこそなんでここにいるのよ」


どこかが騒がしいとは思っていたが、それがまさか自分の連れと知り合いとは思っておらず、流架は従業員控室で占いの待機列を捌いていた。


「すぐステージか?」

「そ、急いでるの」

「終わったら来てくんねえか?」

「いいけど…この子、流架の知り合いだったの」


ヒビキは康を見て聞く。思い出す限り、流架が誰かと一緒に旅をしているのを見るのは初めてのことだ。


「流架の知り合いっていうか、世話になってる」

「そう、じゃあ流架とまだいるわね。お礼がしたいの」

「別に何もしてねえよ」

「そんなこと言わないで。じゃああとで。眠くなったらそこのソファで寝ちゃいなさいよ」


ヒビキは軽く手を振ると舞台出演者用の控室へと小走りに去って行った。夜遅くなるからと配慮のために言ったようだが、どうもやはり康のことは実年齢より下に思っているらしい。しかしそれならお言葉に甘えようとも思う。


「なに、なんかあったの?」

「いや…流架、俺寝てていい?」

「いいぜ、しばらく終わりそうにねえや」


大きな店なので従業員も多く、占い師が来ていると聞きつけやってきた者もいる。全て終えるには時間が掛かりそうだ。

康はスプリングが歪んだ古いソファに寝っ転がり目を瞑るとすぐに眠ってしまった。見知らぬ場所で気丈に振舞ってはいるが、やはり疲れているのである。


***


「バッカお前そういうのは相手にすんなって言ってんだろ!」

「相手になんかしてないわよ!怒鳴ってやったって言ってるじゃない!」

「それが相手にしてんだよ!」


流架とヒビキが言い合う声で寝入っていた康が目を覚ました。先ほどのヒビキはステージ衣装のタイトなドレスを着て長い髪を下ろしていたが、仕事が終わった彼女はTシャツにジーンズといういで立ちだ。髪は束ねて後ろ頭にまとめている。


「終わったのか?」

「おはよーさん、遅くなっちまったな。行こうぜ」


控室に掛けてある時計を見れば日が変わって少し経つ。店はまだまだ賑わっており、招き入れてくれた静江はフロアに出ている。控室で休憩をしていた従業員に流架が「静江ちゃんによろしく」と言い、三人は店を後にした。

人で混み合う大通りから小道に入り、一旦駐輪場へ行く。ヒビキの移動は自転車なのだ。


「今日ってあの倉庫に泊まらせてもらえんのか?」

「そ。あそこはヒビキが借りてる物置兼練習場」

「まったく厚かましい男が一日に二人も来るなんてね」


ヒビキが駐輪場からスポーツタイプの自転車を引いてやってきた。商売道具一式はリュックに全て入れてある。


「それじゃこれ鍵。明日の朝行くわ、その子に助けてもらっちゃったから朝ごはんは私にご馳走させて」

「お、康でかしたぞ」


流架が康の肩を勢いよく叩くが、音は大きいが衝撃は小さい。倉庫街とは別方向に自転車を走らせていくヒビキを見送ってから二人は歩き出した。


「こんな夜中に一人で帰して良かったのか?」

「あいつの泊ってる野営場はすぐそこだよ」

「野営場?」


野営場と聞くと昨日のキャンプサイトのようなものを思い浮かべたが、ここでは旅人が使うような簡易的な宿も野営場と呼ぶらしい。元は野営をしていた所なのだろう。ヒビキは華門柱かもんちゅうにある女性専用野営場のベッドを一か月単位で借りている。そうするとこの辺りで部屋を借りるよりも安いのだ。二階建てベッドの一つとロッカーが専用で借りられ、シャワーや台所は共用だ。


「最初はあいつあのボロ倉庫に住んでたんだけど、さすがに治安も悪けりゃ倉庫は暮らすための設備なんて整ってねえからな。その点俺ちゃんは暮らしのアイテムは全部持って歩いてるから快適ってわけ」

「なるほど」


倉庫は港のすぐ近くで夜になると真っ暗だ。たしかにこれなら繁華街の方がまだ安全かもしれない。流架は鍵を開き中に入ると、勝手知ったるという様子で電源を入れる。錆び付いた鉄骨の柱にひび割れたコンクリートの床。入って来た扉の向かい側の壁には大きなシャッターが下りているので、そちらが搬入口なのだろう。その手前にはヒビキの私物が入った箱がいくつか置いてあるが、多くは服のようだ。その他にも大きな荷物に布が掛けてあり、野営場に持ち込めない物は全てここに置いてあるのだろう。

入って来たドアのすぐ横にはプレハブがあり、中を覗くと畳張りになっていた。


「この中に住んでたのか?」

「そ。だから布団もあるぜ」


そう言って流架はタロットカードをシャッフルし一枚引く。


「お、いいねえ皇帝正位置!悪いもん寄ってこないように頼むわ」


カードを掲げて光を放つ。バリケードの内側でオカシや人が入り込めないような結界を張るには許可がいるが、お守り的に場を作る程度なら取り締まりの範囲外だ。

すみの方にはシャワーブースもあるが脱衣所はない。そういう細かい所で暮らすには不便ではあるが、旅の途中の寝泊りには便利である。シャワーを浴びて、康は二日ぶりに着替える。古道具屋で買ったタンクトップと、表通りの店で流架が丈夫さで選んだジーンズだ。色が推し球団のチームカラーと似ていて康は気に入っている。


「久しぶりの布団だぜー!」


流架の方もシャワーの後に楽な恰好に着替え、敷いておいた布団に飛び込んだ。布団は二組あるので一人ずつのびのび寝られる。


「ヒビキって人、流架の恋人?」

「ぜんっぜん違う」


康の質問に被せるように返事が来る。


「孤児って言っただろ、同じ施設にいたんだあいつ。だから兄妹みてえなもんかな」

「へー」

「本名は響子っていうんだけど、芸名のヒビキで呼べってうっせーんだわ」


流架は親がわからない孤児なので苗字はないが、ヒビキの方は親と死別の身元が分かる孤児なので苗字があるという。同じ時期に施設に入り、同じ時期に出たので同期と言ってもいいかもしれない。


「幼馴染か」


そう言って康が思い出すのは隣の家に住むおりのことだ。小さい時に隣の新築の家に越してきて、以来ずっと何かと一緒にいた。何故かというと織がいつも康に引っ付いていたからだ。


(俺が死んでぎゃんぎゃん泣いてるのかな)


いつも康に危ないことはするなと言っていて、喧嘩して怪我をしたのがバレた時にはぎゃん泣きで怒られた。そのあとに親にも怒られるのでこんな時の説教タイムは長い。死んだときの光景は酷いものだったが、そこに織がいなくて良かったと康は思う。


(泣き虫だったからな)


織も親も友達も、俺が死んでどうしてるだろう。康がそんな風に思っても確認する術はないのだが。ここがあの世なのかは解らないが、どうも道案内は無いようなので自分でどうするかを考えなくてはいけないようだ。


(どうすっかな)


布団に入り、真っ暗になった倉庫でしばし思案するが何も思い浮かばない。だったら考えていても仕方ないので康は寝ることにした。さっきも寝ていたが目を瞑るとすぐに眠りに落ちる。康はいつでも眠れないということがない。

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