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6◆詐欺師の才能

工業地帯は鯨洋けいようという街にあり、工業地帯と商業地帯でそれぞれにバリケードを張っている。その間にある「鯨洋臨海危機区けいようりんかいききく」を通れば車でならものの10分程度で行き来ができ、定期バスも運行している。危機区のレベル設定も1と低い。


鯨洋けいように着いたのは昼食時で、訪ねるのに忙しい時間は避けようとまずは流架と康も昼食をとることにした。工業地帯の食事は安くて盛りがいいのだが、荒くれの流れ者も多くいるので商業地帯の店に入る。大通りから奥に入ったところにある、客より商売人がよく使う定食屋だ。


「おひさし~、おねーさん鯖みそ定食2つ頼むわ」

「あら流架ちゃんご無沙汰ね!あんた、鯖定2つ!」


流架はおねーさんと呼ぶが、子供3人を育て上げた年齢の女性である。奥にいる店の主人に注文を伝え、二人に水を出す。どうやら飲食店で水が出てくる文化は日本と同じらしい。


「康、鯖食える?」

「食える。大抵なんでも食う」


注文してから流架は聞く。もし食べれないと言われても流架が鯖を二つ食べるだけなのだが。もっと安い定食もあるのだが、この店に来たからには鯖の味噌煮を食べないとと思っている。流架は旅する先で美味いものを食うのが好きなのだ。


「めっちゃくちゃうめえ」

「だろ~」


流架は味のわかるやつだと満足げに頷く。綺麗な店ではないが鯖みその味は間違いないのだ。


「ところでおねーさん、この辺で旅の道具揃えたいんだけど、どっか安い店ある?」

「店出て、左にずーっと行ったら古道具屋があるよ。美術品からヤカンまで何でも売ってるから見てみれば?」

「助かる!あんがと、また来るわ」


流架と店のおねーさんとのやり取りを見て、康は感心して唸る。行く先々でこうやって情報収集をするわけだ。


「じゃ、出発しようぜ康」


工業地帯はすぐそこだ。


***


「あん?これどこの金だ?」

「日本っていう架空の国の金」


昼食時の忙しさが終わり、飲み屋の親父は四人掛けの席に座り煙草を吹かしていた。流架に見せられた札を手にしてみたが、古い金ではなく見知らぬ紙切れだ。


「お呼びじゃねえなあ」

「そこをなんとか」

「他を当たれ」


店主は流架に札を突っ返して広げてあった新聞に目をやる。話は終わりということだ。


「ちぇー。なー誰か興味ない?架空の国の金!」


流架が店内で昼から飲んだくれている客に向かって札を振りながら言う。声を掛けてはいるが、今ここには安酒で延々居座るような客しかいないので期待はしていない。


「見せてみい」

「へいまいど。こちら日本の五千円札になりやす」

「日本とはなんのこっちゃ」

「ほら、康」

「俺が住んでる国。あとこれ、電波入んねーけどスマホ」


一人でちびちび飲んでいた頭につるりと髪のない親父に康は日本について話す。改めて「日本とは」と説明するのも困難だが、取りあえず自分の住んでいた場所の住所、現在の首相の名前、中学生の中で流行っている漫画やドラマ、スマホの使い方なんかを取りとめもなく話してみた。時々質問がくるので、それに返事をする。他の客は康たちには興味もなく好きに酒を飲んでいる。


「お前さん、いい詐欺師になれるのぉー」


髪のない親父は嬉しそうに言う。質問に対して適当に濁すことなく、はっきりと訳の分からない内容を答えてくるのが実に良いとのことだ。


「ん、そう?」

「んで、日本円とやらがこれか。立派な印刷じゃ、透かしまで入っとるじゃないか。いやぁ手が込んでる。気に入った、気に入ったぞ!日本円はどれだけあるんだ?」

「7623円」

「よし、それ全部2万完でどうじゃ?」

「2万完!?よし売った!」


即決したのは流架である。恐らくこんな金を買い取ってくれるもの好きは他にはいない。しかも2万完なんて自分がレベルの低い危機区に同行した時くらいの稼ぎである。


「よしじゃあほれ、2万完」

「ありがとうございます!ほら康、買い出し行くぞ!」


相手の気が変わってやっぱり返せと言われても困るので、流架は康の腕を引っ張り早々と店を出て行った。


「やったぜ康!これでまずはいるもん揃えようぜ」


康は流架に渡された日帰札をまじまじ見る。日本の札よりもちょっとペラい感じがするし、触り心地も違う。本当に違う国にいるのだとしみじみ思う。


「あ、流架。俺お前に金払うよ。たぶんお前に依頼する普通の時には足りねえと思うけど」


バイクに乗り込む前に康は言う。熱源を入れモーター音が響くバイクに跨りながら流架は考える。


「じゃあこっからの食費とか、移動に金がいる時は自分の分出してくれ。あとはいいや」

「いや、でも」

「その代わり、もしどっかでお前みたいな奴がいれば助けてやんな」


自分に返ってこなくても、その手がどこかへ巡り巡って行けばいい。流架はそう言っているのだと康は理解した。


「そっか…わかった、そうする。ありがとう流架。俺やっぱ最初に会ったのがあんたでよかった」

「褒めても何も出ねーよ」


にやりと笑った流架の後ろに乗り込んで、再び二人は商業地区へ戻っていく。金ができたから必要なものの買い出しだ。

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