5◆安全地帯での流儀
工業地帯へ行くのに危機区を走ると決めたが、昨日のような悪路ではなく整備された道を行く。港や倉庫から出発した大きなトラックも同じ方向へ向いてたくさん走っている中、流架のバイクは合間を縫ってすいすい進む。
一旦休憩と入った場所は、道路の傍らの開けた場所で、木の高い所に縄を縛り付けぐるりと囲んである所だった。
「ここって何?」
「安全地帯。ほら、あの縄で結界が張ってあるんだよ。縄の内側ならオカシは入って来れねえ」
ここはトラッカーや旅人の休憩ポイントとして丁度いいらしく、自然発生的にできた安全地帯だ。国や自治体が整備している安全地帯の休憩所はもう少しきちんとした結界が張ってあるらしい。
「よし、結界の強化は俺の仕事だな」
バイクを止めて結界を確認した流架は、胸ポケットからタロットカードを取り出しシャッフルする。
「さて、何が出るかな~うりゃ!ソード10の正位置、試合終了戦意喪失!」
引いたタロットに力を込めると光が拡散され、頭上より遥か高く結んである縄に到達すると、強く輝いた縄から剣のような光の筋が地面に向けて放たれ消えた。まるでカードに描かれた絵のようだ。流架はオカシが入ってきたくなくなるような念を込めて結界を張ったのだ。
自然発生した安全地帯には管理する者がいない。だけど無いと困るので、利用者が手入れをして運用しているのだ。流架は能力者なので結界の強化をしたが、能力者じゃない者は少し掃除をしたり、草むしりをしたりと自分のできる範囲のことをしている。もちろん中には何もせずに使うだけの者もいるのだが。
「そんな奴はトラッカーや旅人の中で相手にされなくなっていく。危機区を自分で回るような仕事をしてたら命取りだぜ」
と、流架は言う。安全地帯は体を休めるだけではなく、そこで出会う人からの情報収集も大事だと上級旅人は理解している。
「その上級旅人ってのが俺ちゃん」
「コミュ障にはできねえな」
「なにそれ」
「あー、人見知り」
「そういう奴は俺に依頼すりゃいいの」
危機区を行き来するにはオカシへの対策が不可欠だ。トラックや危機区バスなどは車両自体が結界になっていて、もしレベル以上のオカシが出現しても、通報して退治屋がやってくるまで車両に閉じこもっていればいい。中には結界以上のオカシ対策が施されている車両もあるらしいが、流架はお目に掛かったことがない。
対策を施していない一般車両で危機区を行き来したい場合、能力者に同行を頼むのが一般的だ。そういったものは退治者紹介所を通して依頼できる。
「あれ、もしかして今俺って流架に有料のことさせてる…?」
「お、察しがいいね~。まあ今回はいいってことよ」
「すまねえ!」
ただ働きは不本意ではあるが、ちょうど実入りのいい仕事が終わった後で、ぽっかり時間が空いている。康が話すのは信じられない話ではあるが、正直な所これが与太話であっても流架は構わない。その程度には面白いと思っている。
結界の縄は緩やかに丘になった方にも張ってあり、そこを登っていくと湧水が流れていた。
「給水ポイントでもあるんだよねここ」
「すげえ、こういう場所のこと頭に入ってるのか?」
「全国津々浦々旅してりゃな」
上級旅人を自称するだけのことはある。小高い場所なので、危機区を遠くまで見渡すことができた。整備された広い道はトラックやバスなどの大型車が多い。バイクで走っているのは大抵が退治屋らしい。
「水筒買わねえとな。その前にまず金か」
流架は自分の水筒に水を汲みながら言う。康は言われて気付いたが、野営場に自動販売機は無かった。どうやら国民総マイボトルらしい。
「さて行くか。工業地帯まであと半分だぜ」
あと半分、ここまでと同じくらいの時間で着くのだとすると、ちょうど昼くらいだろう。時計など持っていないが、康は高くなっていく太陽の位置を見てそう思った。小学校の時にやった理科の授業がこんな時に役に立ち、真面目に授業を受けていてよかったと心底思ったのである。